紫に妖夢の手合わせをしてやれと命じられ、俺一つで手合わせしているのだが、呆れるほど綺麗な太刀筋だと感じた。攻撃せずに長いこと刀を避け続けているのだがあまりにも単調だ。きっとその太刀筋は相当速いのだろうが、超光速に慣れ切ってしまった俺からすれば随分とトロっちい。しかも、刀を振る前にどの軌道を通るのか分かってしまっては意味がない。……さて、もういいか。
左肩から右腰にかけての袈裟斬り。その前動作である刀の振り上げを見てからそう判断し、振り下ろされると共に幾重にも掛けた身体強化の妖術によって急加速し、一気に背後へと回り込む。妖夢の目は俺の姿を追えていたようだが、しかし刀を振り下ろしてしまった身体を止めて反撃するにはあまりにも遅過ぎる。
「ぐっ……」
ほぼ無防備の背中を蹴り付けたが、踏ん張った両脚で堪えられる。そして、衝撃と痛みに耐えた妖夢が振り向きざまに真一文字に刀を振るったが、それを見た俺は即座に身体を低くして躱した。そのまま両手を地に付けて猫本来の四足歩行を模した姿勢で駆け出し、妖夢の両脚の間をすり抜けると同時に腱を噛み千切った。
「痛……ッ!」
そのまま距離を取って口から肉片を吐き出し、重心のズレた妖夢を睨み付ける。腱が切れれば関節が簡単にぐらつき力を込めることが困難になるが、その程度ではまだ止まらない。片脚使えなくとも、もう片脚あるのだから。
しかし、妖夢の表情はあまり思わしくない。当然だ。見ていて感じていたが、妖夢の刀は基本的に人型を想定したものだ。それと多少は上にいるものを切り伏せることも可能なようだが、地を這うものに対したものはほとんどない。精々振り下ろすか、真下に突き刺すが、地面を斬りながら斬り上げる程度。振り下ろし、突き刺しは上から来る以上当たるまでが遅く、斬り上げはどうしても大振りだし前動作が分かりやすい。
四足歩行で駆け回って妖夢を撹乱しつつ、背後に回り込んでもう片脚の腱を爪で切り裂いた。歩くならまだしも、走ることは厳しく、強く踏み込むなんぞすれば容易に捻挫する。そんな状態で俺に刀を当てるのはほぼ不可能だ。
「……降参です」
「ふん」
敗北を悟った妖夢は刀を鞘に収めて両手を上げた。それを受けて俺はゆっくりと立ち上がる。そもそも、本気で斬るつもりなら超光速に至るかもう少し卑怯な手段を覚えてからにしな。例えば、降参だと言ったこの場で騙し討ちするくらいしろ。生き残れば勝利であり、死に晒せば敗北なのだから。
「強いですね、彩さんは」
「下らんな」
妖夢はそう言うが、俺は首を横に振る。今の俺では妖夢との手合わせで降参させることが出来ても、殺すのは非常に困難だ。殺さなければ、いつか次が来る。きっと策を講じるだろう。不意討ち、寝首を掻く、毒を盛る……。手段なんぞいくらでもある。
だから、敵は完全に殺し尽くす。そうすれば、少なくともその敵の次はない。究極、それを無限に積み上げていけば俺は安全だ。敵がいなければ、俺が殺されることは決してない。
しかし、そうも言ってられないこともある。殺しても次があることもある。俺達の『中心』によって至った『九心九尾』は、俺の考える安全とは相反している。一度殺せば済むはずのことを、延々と繰り返すなどあまりにも不毛だ。結果を覆す必要なんぞない。殺して終いだ。それだけでいい。
「……本当に、下らない」
ここでは殺しても幽霊として恨みを果たしに化けて出るかもしれないと思うと、殺して終いとはいかないかもしれないが。
だから、敵を殺すばかりの俺とは異なる考えを持つのがいることは構わん。真逆の思考、真逆の理想、真逆の行動。時には、敵を生かすことで生きることもある。
なぁ、俺達の『中心』。決めるのは貴様だ。殺すなら遠慮なぞいらん。俺がこの手を血で染めてやる。