東方九心猫   作:藍薔薇

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私達が八雲彩なんだ

 私は席に座ってお品書きを眺め、チラリと店長のほうを見遣る。以前阿求と来店した時には書かれていなかったホットケーキをミルクコーヒーと合わせて注文したのだが、まだ焼き上がっていないようである。まぁ、注文してから材料を混ぜ始めていたし、しょうがないですね。

 ホットケーキにはバターが乗せられ、その上に蜂蜜をかけてくれるようだが、料金を上乗せすればアイスクリンや季節の果実なんかも乗せてくれる。とりあえず、私は何となく美味しそうなのでアイスクリンを乗せてもらうことにした。まぁ、阿求との話題作りくらいにはなるだろう。

 え? そもそも喫茶店に来店した理由? 定期的に支給される金の消費のためだよ。それなりの値段だし、ちょうどいい。使わずに貯めていたらただの金属片と紙切れにしかならないからね。さっさと使って人間の里の経済を回してあげるのも仕事の内さ。多分。はぁ。

 ……さて、もうそろそろ諦めるか。いい加減、向かいの席にいる方の視線でお品書きに穴が開く気がしてならないんだ。

 

「で、何の用ですか、映姫」

「休暇で来てみれば貴女がいただけです」

「だったらどうして私の前に座るかな。他に空いてる席はいくらでもあるよ」

「ちょうど貴女と話しておきたいこともあったので、そのついでです」

「あっそ」

 

 私はお品書きを机の端に置き、映姫を見遣った。ジロリと睨み返されて思わず目を逸らしたくなったが、そうしたら何となく負けな気がして映姫の瞳を見詰めていく。勝てなきゃ価値なしだろーが。勝ち負けなんて関係ないんだよ。はぁ。

 ちなみに、映姫はお品書きを見ずにミルクコーヒーを注文していた。常連か。

 

「じゃあ、さっさと話してくださいよ。その話しておきたいこと、ってやつを」

「そうですね」

 

 映姫はそう言って頷き、改めて私を見詰めてきた。そんなに見詰めないでほしい。なんか気まずいから。はぁ。

 

「貴女は九つから一人に戻りました」

「戻ったね」

「貴女が罪だと言い張る力を使いました」

「使ったね」

「貴女は一人から九つに分かれました」

「分かれたね」

「案の定何もしなかった」

「そうだね」

 

 事実確認のように並べられていく言葉に対し、私は一つ一つ肯定しながら頷く。式神を勝手に引き抜いて一人に成って、ちょっと時を遡って都合のいいようになるようにしようとして、紫様の式神と成るために貼り直して九つに切り分けた。結局、私は何もしてない。好き放題色々仕出かしたくせに、その痕跡は存在しない。既になかったことになったのだから。

 けれど、案の定って言われるのはなんか癪だなぁ。相変わらず、知ったような口を利きやがる。いや、知っているんだった。はぁ。

 そんなことを思っていたところで、店長が私達の前にコーヒーとミルクを置き、それから私の前にホットケーキを置いてくれた。店長に一言礼を言ってからコーヒーにミルクを投入してゆっくりとかき混ぜておく。さて、この喫茶店のホットケーキはどんなものなのかな? 紫様が外の世界から勝手に拝借したであろうホットケーキミックスの袋に書かれたレシピ通りに作っていたのを内側から見ただけなので、どんな味なのかちょっとだけ楽しみではある。美味ければよかったと言えるし、不味ければそれもそれで話題としてはいい。まぁ、中途半端なのは止めてほしいかな。

 

「私としては、貴女にはそのまま一人でいてほしかったのですが」

「それは無理そうかな」

 

 コーヒーの上にミルクが乗ったまま混ぜても一向に混ざり合わないことに首を傾げながらそう言う映姫に、私はフォークをホットケーキに刺しながら答えた。

 九つにキッチリ切り分けられてから流れた時間が、私達に明確な個を形成してしまった。私達が似通っていたならまだしも、致命的に相反するのが多過ぎる。以前の映姫が言っていたように、あまりにも乖離し過ぎている。

 無理に一人に成らなくていいかな、と思ってしまった。私が思ったのか? 他のが思ったのか? いや、どれが思ったかなんてどうでもいい。私達は九ついて一人。それでいい。

 

「私達が八雲彩なんだ」

 

 私はナイフでホットケーキを九つに切り分けながらそう呟く。バターが多かったり少なかったり、蜂蜜が多かったり少なかったり、アイスクリンが乗ってたり乗ってなかったり、違うところを探せばいくらでもあるけれど、ホットケーキはホットケーキ。

 そうだ。私達は八雲彩。種族は化け猫であり、紫様の式神。他の化け猫と違うことがあって、内側がちょっと騒がしい。それでいいじゃないか。

 

「そうですか。はぁ、判決が面倒になりそうですね」

「あれ、魂が消えるとか言ってませんでしたか?」

「かもしれない、ですよ」

「ふぅん」

 

 まぁ、とりあえず生きたいと思っているのがいる間くらいは生きていようかな、くらいには思ってる。私としてはさっさと終わりにしたいのだが、残念ながらそうはいかないらしい。私が無理を言えば付いてきてくれるらしいけれど、所詮抜け殻でしかない私にはちょっと厳しそうだしね。

 そんなことを思いながら、ミルクコーヒーを口にする。……ミルクを入れたとはいえ、まだちょっと苦いなぁ。まぁ、世の中そんなもんだ。割り切るしかないかな。はぁ。


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