東方九心猫   作:藍薔薇

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手を伸ばしたい

 人間の里を当てもなく歩いていると、香ばしい匂いが漂ってくる。匂いのもとに目を向けてみれば、通りのお店に十数人の人間が並んでいた。あれは、焼き鳥屋さんかしら?

 私は念のため、被っている帽子を改めて目深に被る。それから、手持ちのお金を確認してから列の最後尾に並んだ。こうしてお店に並んでいる人間がこんなにいるのならば、きっと美味しい焼き鳥に違いありません。

 しばらく並んでいて、私の後ろに更なる列が出来た頃。ようやく焼き鳥屋さんのおばさんの前に着いた。恰幅のいいお顔をしていて、とても優しげな微笑みを浮かべています。

 

「あらお嬢ちゃん。いらっしゃい」

「すみません。焼き鳥を三本いただけませんか?」

「まあ、若い娘がそんなんじゃあ駄目よお? ほら、おばちゃんから一本オマケね!」

「本当ですか? ありがとう存じます」

「いいのいいの! たーんとお食べ!」

 

 そう言って快活に笑うおばさんにお金を手渡し、オマケの一本増えて四本になった焼き鳥が入った袋を受け取る。空いた手を振りながらお店を去り、早速一本頬張る。焼きたてで温かく、噛めば肉汁が染み出る。薄っすらと塗られたたれも相まってとても美味しい。思った通り、素晴らしい焼き鳥屋さんでしたね。

 お昼頃の人間の里はとても賑やかです。お仕事の休憩で私のように何か食べるものを注文していたり、何かを運ぶ大人の方々もいます。子供たちははしゃぎながら駆け回り、それと微笑ましげに見守る親と思われる方も。つい先日まで異常に長引いた冬があったことを感じさせないような、とてもよい活気が溢れているように感じます。

 

「……っ」

 

 そんな人間の里を眺めながら早々に一本食べ終えてしまい、続く手でが二本目に伸びようとした時、その声は聞こえてしまった。

 いてもたってもいられず、私は走り出した。急に走り出した私にそこら中から視線が集中してしまっていますが、そんなことは気にしていられません。あぁ、屋根を跳び越えることが許されればどれだけいいでしょう。そうすれば、こんな回り道なんてせずにすぐに駆けつけることが出来るのに。けれど、私が化け猫であることが人間の里で露呈してしまうのは、避けなくてはならないルールの一つ。どんなに辛くても、受け入れなくてはいけません。

 

「よっしゃあ! 当ったりぃーっ!」

「うっひょーっ! さっすがあ!」

「よーし! 次、俺の番ねっ!」

 

 いた。あそこだ。年端もいかない子供が三人で馬鹿みたいにはしゃいでいる。……実に楽しそうに笑っていやがる。

 そして、私はその声の主の元へ滑り込んだ。

 

「それっ!」

「痛っ」

 

 私は庇った。子供達が投げた石ころから、足元に倒れ伏している痩せっぽちで血が流れている猫を。私は思わず、その猫の頬に手を添えてしまう。……あぁ、可哀そうに。片目が潰れてしまっている。……痛かったでしょう? 後で裏路地に隠れてから癒してあげますから、今はもう少しだけ我慢して。

 ふと目に付いた血の付着した石ころを拾い上げ、私はゆっくりと立ち上がった。……えぇ、大丈夫。私は落ち着いていますとも。そして、青い顔をして私を見上げている三人の子供の前でしゃがみ込む。一番前にいたこの肩に手を乗せ、その額に拾っておいた石ころをコツリ、と当てた。

 

「ひっ」

「虐めは、駄目ですよ、僕達。痛いのは、嫌でしょう?」

「う、うん……っ」

「じゃあ、こんなことはもうしない。……ね?」

 

 コクコクと何度も頷く子供達に微笑み、私は肩から手を離した。大慌てで走り去っていく子供達を見送り、それから血塗れの猫の元へと戻る。

 力なく鳴いている猫を優しく抱え、私は揺らさないようにしながら路地裏へと急いだ。……大丈夫。その傷は私が塞いであげるから。その目もちゃんと治してあげるから。だから、もう安心していいの。

 人通りも人間の目もない路地裏に駆け込み、抱えていた猫をそっと下ろす。そして、目に付いた傷口に手を添えてすぐに癒していく。少しずつ傷が塞がっていくにつれ、鳴き声も徐々に元気になっていく。……よかった。ちゃんと、この子を救えたのね。

 

「ほら、お食べ」

 

 持っていた焼き鳥を串から外し、猫の口元においてあげる。すぐにかぶり付いた猫を見て、私は早く元気になってくれてよかった、とホッとした。

 焼き鳥が次々と口の中に消えていき、全部食べ切ってもさらに要求するように私を見上げながら鳴く。……もう、しょうがないわね。私はおばさんの優しさで充分だから、残りは全部貴女にあげる。すると、案の定ペロリと平らげてしまった。

 

「……よかった」

 

 痩せていた身体も心なしか少しだけふっくらしてきた気もする猫の頭を優しく撫でながら、私はこうして手を伸ばせたことを嬉しく思った。

 弱き者が助けを求めても誰も手を伸ばしてくれないことが日常で、下手すれば助けを求める声すらも封じられてしまう。傷付く者は目を背けられ、下手すればさらに虐げられてしまう。だから、私が手を伸ばしたい。余計なお節介でだとしても、この手を振り払われてもいいから、手の届く範囲で伸ばし続けたい。

 そうすることで、あの頃の私のように救われることがあるって信じているから。

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