東方九心猫   作:藍薔薇

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稗田家のお屋敷にお邪魔させてもらいませんか?

「てててーん。てててーん。てててーん。てん、てれーん!」

 

 表のは無邪気に即興であろう曲を口ずさみながら雪の中を歩いていく。それはそれは楽しそうなのだが、もしや紫様に命じられたことを忘れちゃあいないだろうか? ……いや、そもそも聞いているかどうかも怪しいよなぁ。だって、その瞬間が楽しければ全てよし、みたいな感じだもんなぁ……。

 まぁ、いいや。とりあえず、表は好き勝手にさせておこう。

 

『やる気があるの、集合』

『おう、どうした?』

『何かしら?』

『何でしょうか?』

『呼びましたか?』

 

 ふむ、五つか。まぁ、妥当な数だよなぁ。一つは紫様の命令を聞きたくないだろうし、一つは総じてどうでもいいと思ってるだろうし、一つは暴れたいだけだろうし。多分、ここでいくら話していても、余程のことがなければ入ってくることもなさそうだ。さっきから口を閉ざしてだんまりだし。

 

『冬が長引く異常気象。その原因の人物、あるいは原因を知っていそうな人物を挙げてみよう。私は氷精ね』

『あー……、確か冬の妖怪がいなかったか? そいつはどうよ?』

『逆に春告精がサボってる、なんてのはどう?』

『稗田の乙女に許可を貰い、書物で調べてみるのはどうでしょうか?』

『流石に氷の妖精さんがここまでのことが出来るとは思えないわ。私は、一度調べてからのほうがいいと思うの。考えなしに当たって間違いでした、じゃあ相手に悪いもの』

 

 むぅ、氷精は否定されてしまったか。まぁ、私もあの馬鹿にこんな高等技能が出来るとは思っちゃいなかったけどね。

 それ以外だと、冬の妖怪、春告精、稗田の乙女、と。

 

『一番近そうなのは?』

『現在、妖怪の山にいるようですね』

 

 言われてみて表を見てみると、いつの間にか山登りをしていた。こんな雪の中、よくもまぁ喜々として登ろうなんて思えるなぁ……。私は嫌だ。いつ吹雪くかも分からないし。

 というか、普通に吹雪いてきた。山の天気はすぐ変わる。今代わったら非常に寒そうだ。

 

『人里は離れてってるな。冬の妖怪ならいるか?』

『春告精は妖怪の山に消えるんでしょう? だったら、春告精もいなさそうね……』

『ここは一度代わっていただいて、人間の里の稗田家のお屋敷にお邪魔させてもらいませんか? やはり、この吹雪の中を何も知らないまま闇雲に動き続けると身体に悪いですし……』

 

 そんな会話を聞きながら、私は表の様子を確認し続けていた。吹雪の所為で視界がかなり悪くなってきているが、表のは妖怪の山の何処に向かっているのだろうか?

 

「くしゅっ!」

 

 ……あ、表のくしゃみした。寒そうに震え始めてる。結構暖かくしていたつもりだけど、この吹雪を防げるほどではなかったらしい。

 そこまで見たところで、私は表から内側に意識を向ける。……もう、あの考えなしには任せられない。

 

『……誰代わる?』

 

 とはいえ、この状況で誰が代わりたいと言うだろうか? ちなみに、私は嫌だ。寒いの嫌い。猫は炬燵で丸くなるんだよ! 私、化け猫だけど! 妖怪とはいえ、一応猫ですし?

 しばらく黙っていると、大きなため息が聞こえてきた。

 

『……しゃーない、俺が出てやる』

『よろしくお願いします。調べる時は代わってくださって結構ですよ』

『相分かった。そんときゃ頼むわ』

『いってらっしゃい。頑張って』

 

 うん、私も応援している。この吹雪の中でも率先して代わってくれる勇敢なのなんだから。私じゃあとても出来ないね。

 腕を大きく振る気分で見送り、表で好き勝手ふらついてたのを引っぺがされる様子を見守る。内側に投げ込まれ転がってきたのは若干ぶーたれているけれど、まぁ、よくあることだ。我慢してほしい。……まぁ、出来ないだろうけどさ!

 

「寒っ。……そんじゃま、急ぐとしますか」

 

 表のが積雪の中、ギシリと雪を強く踏み締める。両脚に力が込められていき、上半身が前に傾いていく。そろそろ倒れこんじゃうのではないか、と思った瞬間に後ろ脚を力強く蹴り出し、雪を撒き散らしながら颯爽と駆け出した。吹雪で視界が悪い中でも迫りくる樹々をスイスイ躱し続けながら、ぐんぐん山を下っていく。……おぉ、速い速い。

 一分足らずで妖怪の山を抜け、それからも雪が降る中をひたすら走り続けること数分間。門番の見えない場所から人里を囲う柵を跳び越え、そのまま着地。表を確認した感じ、誰も私を見てはいなさそう。そんなことを考えているうちに、表のはさっさか走り続けて稗田家の屋敷に到着した。

 屋敷の門の前に立つ見張りの人間が私に気付き、キッと睨み付けて警戒し始める。が、それも一瞬のことで、私が誰か気付いた瞬間に警戒を解いてくれた。

 

「おぉ、彩様ではありませんか。どうかなさいましたか?」

「急で悪いが、ちょいと調べ事だ。入らせてくれ」

「そうですかそうですか。では、ご案内しましょうか?」

「結構。俺に構うより、仕事を続けていてくれ」

「分かりました。それでは、どうぞ」

 

 仰々しく頭を下げる人間を見ていると、若干居た堪れなくなる。私、そんな偉くないのに。つまり、紫様の名前はそれだけの力がある、ということなのだ。式神を憑けてもらったことは後悔していないけれど、こうなるとなぁ……。はぁ。

 屋敷にお邪魔して廊下を歩いている最中、表のが内側に戻ってきた。

 

『ほら。そろそろ代われ』

『いいでしょう』

『おう。頼むわ』

 

 そう言い合って交代していく。そして、表のはきびきびとした足取りで歩き出した。

 さて、勇敢なのには労いの言葉を一つくらいあげたほうがいいよね?

 

『お疲れー』

『お疲れ様です』

『……おう』

 

 はっはっは、照れてやんの。

 

『寒くなかったかしら?』

『寒ぃに決まってんだろ。走ると雪が体中当たって尚更な』

『おっとこっまえー!』

『うっせぇ! そもそもあんなとこふらつきやがったのが悪ぃんだろうが!』

 

 無邪気な追い打ちに怒鳴る様を面白おかしく楽しんでいると、表のは既に調べ物を始めていた。ペラペラと本を捲るのが早いこと早いこと。過去の事象、様々な妖怪などについて書かれているものを読んでいることは分かるのだが、私ではその全容を読み切ることが出来そうにない。しかし、表のはちゃんと把握出来ているのだろう。

 

『ほぉ、冬の妖怪は霧の湖か。ついでに氷精にもちょっかい出すか?』

『いけませんよ。無実の者にけしかけるだなんて、よくもそんな酷いことを言えますね』

『あら、完全に零だと決めつける方が悪いでしょう? もしも、があるかもしれないわ』

『いやー、言った私が言うのもあれだけど零でしょ。……だって馬鹿だよ?』

『僕、ちるるんと遊びたいなー!』

『はいはい。それは調べ終わったらね』

 

 なんて無邪気なことを言うのに対して適当なことを返していると、突然何かが来た。表のも本から目を話し、軽く上を見上げている。これは、通信の前兆だ。もしや、紫様に何かあったのだろうか?

 

『彩。仕事で手一杯の私の代わりに、橙の様子を見て来てくれないか? 私はもう心配で心配で仕事の手が今にも止まりそうなんだ……ッ!』

 

 ……違った。ただののろけだった。

 というか、今から妖怪の山に向かえと? 少し早ければ二度手間にならずに済んだというのに……。あぁ、背後から鬱陶しい雰囲気が漂ってくる。振り向きたくない。絶対ドヤ顔浮かべてる……。

 別に断ってもいいかもしれないけれど、同じ紫様の式神でも私と藍ではどちらかと言えば藍の方が位が高い。多分。紫様に確認したことないから、実際のところ本当かどうか知らないけど。

 

「いいでしょう。調べ物は大体終わりましたから、これからすぐに向かいます」

『助かる。では、出来るだけ早く、かつ詳細に報告してくれ』

 

 さてどう返事しようか、と考えている内に、表のが早急に返事をしてしまった。あぁ、うん。行くんですね。はいはい、分かりましたよーだ。

 ……あぁ、ちょっぴり憂鬱だ。あんまり顔を合わせたくないんだよなぁ……。はぁ……。

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