了承した表のは内側に戻ることなく、そのまま妖怪の山へと向かっていく。別に脚が速いのと代わってくれてもいいと思うのだけど、了承したのだからと代わろうとしないのは真面目だなぁ、と少しばかり関心するところである。寒い中ご苦労。
『……はぁ』
『辛気臭いため息すんなよ。こっちまで滅入っちまうだろうが』
『まぁ、分からなくもないわ』
橙は妖怪の山の迷い家に住んでいる。種族は化け猫、あるいは猫又、時折藍の式神。つまり、式神の式神というわけである。きっと凄いことなんだろうけれど、私にはいまいちその凄さが分からない。別のなら一つくらいその凄さを理解しているのがいるかもしれないけれど、まぁ割とどうでもいい。
『誰が会いますか?』
『今表にいるのが顔合わせるだろ』
『藍さんへの通信は私が行いましょう』
『そう? なら、お願いしますね』
通信をしてくれるのはいいことだ。私のやることが減る。……まぁ、全くの零になると少しばかり不安になるのだけど。
表のは吹雪の中、ザクザクと妖怪の山を登っている。表のが普段より足取りが若干重いのは、吹雪の所為だけじゃないだろう。少なくとも、私は顔を合わせたくない。
『僕はだいだいと遊びたいけどなー』
『……よくもまぁ、そんなこと言えますね』
遊ぶ、なんて表現を悪意なしに使えるのは無邪気なのくらいだよ。悪意ありなら奥のほうで黙ってるのがよく使うけど。私はとてもではないが使えない。
……まぁ、橙と顔合わせするのはどうせ表のだ。その間、私はやれることをやろう。手持無沙汰だし。
『……ま、あれだ。結局、この異常気象の原因は誰か分かりましたか?』
『表のは何か気づいてそうだがなぁ……。ま、代わるのを待つか、それとも上がって訊くか?』
『えー、私は嫌だよ。寒いもん』
『それに、表には一つまででしょう?』
『んじゃ、待つしかねぇか』
表に出るのは原則一つまで。式神憑きで安定したとはいえ、私は好き好んで同じ轍を踏みたくはない。
表の様子を確認してみれば、そろそろ迷い家の結界に到達する頃だろう。本来ならば迷い人のみが侵入を許される場所なのだが、紫様の式神である私には関係ない。……ただ、橙と会う前にちょっとだけ話しておきたいのがいる。そう思い、私は奥のほうでぼんやりとしているへ向かう。
『あのさ』
『……………』
『おーい』
『……ん』
お、反応してくれた。よかったよかった。今回は完全無視されなくて。
『橙との顔合わせ、もしかしたら任せるかもしれないから』
『……ん』
『もしもの時はよろしくね』
『ん』
それだけ伝えておき、私はさっさと戻る。まぁ、表に出ている真面目なのが内側に引き下がってくるとはそこまで思っていない。けれど、もしかしたらそうなるかもしれない。その時、あの無邪気なのを表に出すわけにはいかない。だから、こういう時の適任がいるなら任せた方がいいのだ。
保険を用意しているうちに、表のは無事迷い家に到着したようだ。いくつか寂れた家が立ち並んでいるが、普段橙が住んでいる家が決まっている。その家の扉の前に立ち、トントンと叩いた。ほんの少しだけ待つと、ガチャリと勢い良く扉が開かれた。……遂に橙と顔合わせかぁ。はぁ。
「藍さ――……何よ、急に」
弾けるような笑顔で出てきた橙の表情が一瞬で沈み込み、刺し貫くような目で睨み付けてくる。
「藍の頼みを受け、貴女の様子を窺いに来ました」
「あっそ。私、元気。さっさと帰れ」
「そうはいきません。詳細に、とのことです」
「うっさい! 帰れって言ってんでしょ!?」
善意ナシナシ。悪意マシマシ。相変わらず、この様だ。ご覧の通り、私は橙に嫌われている。それはもう、烈火の如く。私は特段嫌ってはいないのだけれど、向こうからここまで嫌われてしまうともうどうしようもない。……だから会いたくなかったんだよ。はぁ。
「ここで何もせずに帰ると藍の頼みを破ることになってしまいます」
「破れ。そんで死ね」
「死にません。……死ぬつもりなど、毛頭ありませんよ。橙」
「黙れ! その口で私の名を呼ぶなッ!」
ここまで嫌われてしまった理由は、同じ化け猫だからだろう。いや、同じ式神だからかな? それは同族嫌悪というわけではなく、同族なのに決定的な差があるから。
私は八雲彩。彼女は橙。私は八雲の姓を名乗ることを許され、彼女は八雲の姓を名乗ることが許されていない。私が紫様の式神で、彼女が藍の式神だから。
私は一尾。彼女は二尾。化け猫という種族の括りでは私の方が明らかに劣っているくせに、私の方が位が上なのだ。私が紫様の式神で、彼女が藍の式神だから。
『……もしもし、藍さん?』
『彩か。橙の様子はどうだ?』
いや、よくもまぁこんな状況で悠長に通信出来るな……。しかも、その声色は平静そのものだし。私には無理だ。
『橙さんは元気です。少しばかり頬を赤くしていますが、この天候ならそれも平常でしょう。ちゃんと暖炉に火を灯して家の中を温かくしていました。薪は十分に残されています。ですので、風邪を引くようなことはないと思いますよ』
頬を赤くしているのは寒さよりも、私への怒りの感情だと思いますがね。……まぁ、表を見る限りそれ以外は合ってる。
そんなことは露知らず、藍はそれはもう嬉しそうな声で言った。
『そうか! それはよかった。わざわざ済まなかったな。礼を言おう。ありがとう。これで仕事に身が入るというものだ』
『そうですか。では、通信を切ります。お互い、頑張りましょうね』
『ああ。それでは』
プツ、といった感じで通信が切れる。……よし、終わった。ならば、長居は無用。……と、言いたいのだけど、次は何処に行くかが決まっていない。表に出ている真面目なのの考えを訊きたいのだが、今のままでは訊くことが出来ない。
よし、保険が活きた! そう思い、私は奥へと向かい、だんまりなのを引っ張っていく。ちなみに、ほぼ無抵抗。そのまま表へと浮上していく。
『ちょっと代わって!』
『まだ終わっていないのですが……』
『もう済んだから!』
『おや、そうでしたか。では、代わりましょう』
『ん』
私は引っ張ってきたのを表に置いていき、真面目なのと一緒に内側へと戻っていく。
「黙ったならもう帰れ!」
「……ん」
「ッ! 何よ、その眼は! 馬鹿にしてんのかッ!」
「……ん」
いやぁ、流石だ。表のに対して誰が何を言おうと、基本的に無関心。極々一部を除けば、総じてどうでもいいのだ。自ら表に出ようとしないけれど、頼めば出てくれる時もあり、こういう時に非常に役に立つ。
さて、表の様子は置いておき。あれだけ調べてくれた末の考えを訊かせてもらおうかな。
『で、どうなんだ?』
『私の推測ですが、春の損失でしょう。何者から春を奪い、冬を留めている。以前にも似た事象があったようです』
『それなら、春を奪った誰かを見つけないといけないわね』
『それでは、怪しい者を見なかったか聞き込みをしませんか?』
『流石に時間が掛かるでしょ。春を奪った理由を考えて、そこから見つけたほうがいいと思う』
『んじゃ、春を集める理由は何だ?』
『……さぁ?』
『おい』
そんなことを話していると、ふと表の様子が変なことに気付く。いくつかも表の変化に気付き、それぞれが表を見上げ始めた。
「うぅ、寒ぃな。何処だここ?」
「化け猫が二匹もいるわ。とっちめて何か訊き出しましょう」
「そうね。じゃあ、誰が休む?」
……霊夢だ。残りの二人は、誰だろう? けれど、三人の目的は大体察することが出来る。異常気象の異変解決。血気盛んにも私と橙を叩きのめしてから訊き出すつもりらしい。
うわぁ、どうしよう。この状況で挑まれるの? しかも二対二を? ……これはもう散々だ。はぁ。