「うぉぉぉおおおおっ!」
「きちんと答えれば解放してあげるわ」
表のは気合の入った掛け声と共に両腕を広げてグルグル巻きの札を力任せに破ろうとしている様子。……霊夢の言葉、聞こえてるのかなぁ? ちょっと不安だ。
「ふんぬぅぅぉりゃぁあああ……!」
「あんた、幻想郷を覆っている妖霧について何か知らないかしら? 期待はしてないけど」
私は残念ながら何も知らない。内側を見回して、目で知ってるか問うてみるけれど、返事は案の定首を振るだけである。この問いに関しては期待に応えられそうにない。ま、そもそも期待されちゃいないんですがね。
「はぁ、はぁ、はぁ……。うぎぎ……、負けるかぁぁあああ……!」
「次に、誰か知っていそうなのはいないかしら? 思い付く限り全てを挙げなさい」
ふむ、それならいるよ。期待に沿えるかどうかは知らないけれど、私も挙げてみようかな。そう思いながら、私はもう一度内側を見回して口を開いた。
『まずは紫様でしょ』
『霧ではなく煙ですが、煙々羅はどうでしょう?』
『たくさんの妖精が集まれば霧の一つや二つくらいは起こせる気がするけど』
『あれだ。最近、紅霧異変を起こした吸血鬼がいただろ? そいつなんかどうよ?』
私は紫様以外特に考えていなかったので、それ以外が出て少しばかり驚いていた。初めて聞く名の煙々羅、大量の妖精の悪戯、レミリアの再犯か。
『煙々羅ってどんな妖怪?』
『煙の妖怪で、様々な姿をしながら大気中を彷徨う妖怪です。かまどや風呂場などの煙に紛れて人間を驚かす、妖精に似た性格のようですね』
『……それが幻想郷中に彷徨っている、と?』
『飽くまで可能性ですよ』
まぁ、妖怪の行動なんて大体気紛れだ。突然、突拍子のないことを仕出かしたとしてもおかしくはないか。
人間が驚く姿ってどんな形だろうか、と何となく考えていると、一つが慌てて間に割って入ってきた。
『待ってください。私はレミリアさんが二度も同じ過ちを繰り返すとは思えません。人間であろうと、妖怪であろうと、反省はするんですから』
『そうですね。レミリアが実際に反省していたかどうかはともかく、私が参加するよりも前から続いている宴会に既に参加していたのですから、今の表のように霊夢に捕まったことがあるでしょう。仮に妖霧の首謀者であるならば、その時点で解決しているはずですから』
『……罪なき者だろうと手当たり次第、ですか。嫌になりますね……』
ふぅん。つまり、レミリアの再犯はなさそう、ってことね。あの時、レミリアと幽々子が煽り合っていたけれど、見当違いってことでいいのかなぁ? それとも、実はお互い面白がっていただけだったり? んー、永く生きていれば、いつか煽り合いを楽しめる日が来るのだろうか……。いまいちピンと来ないなぁ。はぁ。
『それじゃあ、妖精の悪戯?』
『どうかしら? 出来なくはないと思うけど?』
『……まぁ、面白そうだからー、みたいな理由でやるかもなぁ。妖精だし』
『うんうん! やっぱり楽しいことをするのが一番だよ!』
『されてるこっちは楽しくないけどね』
妖しい霧ではなく、妖精の霧ということでどうだろう? 妖精なんて幻想郷を探せばそこら中で見つかるし、なんかもうこれでいい気がしてきた。……けれど、どうも引っ掛かるんだよなぁ。喉の奥で小骨が刺さっているような違和感。何か変だけど、私の手では届かなくて、けれど気にしないなんて出来なくて、自然と外れるのを待つしかないもどかしさ。何か忘れてることでもあるのかなぁ? はぁ。
私は妖精の悪戯でどうにか飲み下せないだろうか、と四苦八苦しながら、ちょうど静かになったところで表を見上げた。……うわぁお、まだ簀巻きに抵抗してるよ。頑張るなぁ。
「ぬぅぉぉおおおーっ!」
「あんたの実力はもう見えてるって言ったでしょう? あんたの力じゃ破れやしないわ。本当に躾も出来てないのね」
よく見れば、身体強化の妖術まで使ってるじゃないか。そこまでして破れないのなら、どうにも出来ないんじゃないかな? 残念だったね、表の。それより、敗者なんだから霊夢に訊かれたことをちゃんと答えてほしいんだけど……。
もういっそ、どれかと代わるべきなのだろうか、と考えていたら、表のを見下ろす霊夢から一つの爆弾が投下された。
「ねぇ、あんたって本当に紫のペット? それとも、もしかして藍のペットだったのかしら?」
「はぁ!? 誰があんのババアのペットだ!」
「何だ、やっぱりそうじゃない」
……あ、なぁんだ。ちゃんと聞こえてるじゃないか、表の。ならよかった。
『まぁっ! 私は愛玩動物ではないわよ?』
……いや、そこじゃなくて! 気にするべきなのは、先程の霊夢の発言のほう! ……いや、まぁ、別に隠していることでもないからバレてもいい、のかもしれないけれど。
それはそれとして、一体何処から私が紫様の式神だと露呈した? まさか、紫様が自らバラしたんじゃあないよね? まさか、そんなわけないよね? ……いや、有り得る。古い友人に自慢しに行ったんだ。今代の博麗の巫女に自慢気に話していても何らおかしな話じゃない。……ちょっと落ち着いて考えてみれば、露呈の決定打は表のの発言じゃないか。はぁ。
「あんた、紫のペットなら居場所くらい知ってるでしょ? さっさと吐いて楽になりなさい」
「るっせぇ! ババアなんざ知るか!」
いや、紫様の居場所は知っているでしょ。まぁ、そこに行けるとは言えないし、今もそこにいるかは保証出来ないけど。だからさ、表のはそんなムキになって反抗しないで、さっさと答えて解いてもらえばいいじゃないか。
『どうする? 答えそうにないけど?』
『あんな喧嘩腰じゃ、やっぱり駄目だったわね……』
『こっちに引っ張って、……これねぇだろうなぁ』
『そうですね。表に執着しているようですから』
今の表のは表に貼り付いて離れそうにない。だから、代わりたくても代われないのだ。厄介な……。はぁ。
表のが表に執着している理由は、何となく察することが出来る。簀巻きを破りたいのだろう。けれど、それは無理だ。疲れ果てる、あるいは妖力が尽きるまで待つ? 時間が掛かり過ぎるから却下。
……つまり、だ。
『……はぁ、しょうがないかぁ』
『お任せしますよ』
原則、表には一つだけだとしても、代われないならしょうがない。話が出来る表に行くしかないのだ。はぁ、嫌だなぁ。私はため息を一つ吐き、表へ飛び出した。
「うがぁぁああ――あのさ――邪魔だすっこんでろ!」
「うわ、なんか出た……」
生憎、すっこんでろと言われてもそうは出来ない理由がある。けれど、隣のの意思が強過ぎる所為で私の言葉が即座に潰されてしまってつらい。意思疎通が困難だ。はぁ。どうしたものか……。いや、どうすればいいかは分かってるんだけどさぁ。はぁ。
……あー、分かった! 今、決心した! この雁字搦めにされている札を破ればいいんでしょ、破れば! 出来るかどうかなんて知らないけれど、これを破らないと気が済まないんでしょ!
「おおぉぉおおおお! 千切れろぉぉおおおお――あーもう! しょうがな――ああああああああ!」
私も隣のがしているように、両腕を力任せに広げて破ろうとする。身体強化の妖術を使っているようだし、不慣れだけど私も使う。うぎぎ……!
「えっ」
「ぉおおっ、らぁああああ! よっしゃ、解け――たからさっさと退いて。話が進まないから――おう! 構わねーぜ! んじゃな、コーハク!」
「……なんなのよ、もう」
ちょっとだけ緩んだかも、って思ったらなんか勝手に解けた。霊夢の様子から察するに、わざわざ札を解いてくれたのだろう。馬鹿みたいに力入れて抵抗しているから、呆れたのかもしれない。まぁ、とにかく、札が解けたことに満足して内側に戻ってくれてよかった。
さて、そんなことよりも、訊かれたことに答える方が重要だ。敗者は勝者に従うのがルールだからね。
「ふぅ。私は妖霧については知りません。知っていそうなのは紫様。あるいは大量の妖精の悪戯か、煙々羅の仕業と推測しています。それと、紫様のペットでも、藍のペットでもありません。紫様は幻想郷の端っこにある住まいにいると思うけど、残念ながら普通では決して辿り着けないので諦めてください」
縛られて少しばかり痛む体を伸ばしながら、問われていたことをまとめて答えておく。これでいいでしょう?
まさかこれ以上何か訊くつもりはないでしょうね、と思いながら霊夢と目を合わせると、怪訝そうに見詰め返された。……あの、なんでしょう?
「……あんた、本当に一人なの?」
「一人ですよ? 当たり前じゃないですか」
納得してくれなかった。解せぬ。