東方九心猫   作:藍薔薇

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アレよ、アレ

 木陰に腰を下ろし、樹を背にして両脚を伸ばしてぼんやりと空を眺める。木漏れ日に目を細めながら、私は自然を感じていた。ほんの少しだけ酒特有の臭いが漂っているけれど、今の人間の里の惨状を知っている身としてはほとんど気にならない。むしろ晴れやかだ。……あぁ、あの酒臭い人間の里から離れるだけで、こんなにも気が楽になるなんて。もういっそ、このまま流行が過ぎ去るまで酒気のない自然の中で過ごそうかね。ま、暗くなったら阿求のお屋敷に戻るんですがね。

 ……あぁ、そうか。少し前に覚えた違和感。幻想郷に漂っている妖霧、幻想郷に流行っている酒盛り。いまいち関連性が思い当たらないけれど、どちらも幻想郷に広がっている。意外と繋がってもおかしくないかもしれない。たとえばさ、妖霧を吸ったら酒が呑みたくなる、みたいな。

 

「まさかね」

 

 自分で考えておきながら、それはないな、と否定する。何がしたいのか意味が分からない。酒盛りをさせる理由が思い付かない。妖霧を吸っても酒が呑みたくないのがここにいるわけだしね。あの時覚えた違和感は、きっと繋がりを感じておきながらその先を忘れていたせいだろう。きっとそうだ。

 

「何がまさかなのかしらぁ?」

「うわぁっ!?」

 

 突然、耳元で囁くような返事がして思わず跳び退る。誰!? というか、いつからいたの!?

 

「何よぉ、急に幽霊に話しかけられたみたいな反応してぇ」

「……ほぼその通りなんですが」

 

 幽霊を亡霊に言い直せばまさにその通りである。ちょっとだけ落ち着いてきて、そこにいるのが誰だったかをようやく把握した。紫様の古い友人、亡霊の幽々子。何というか、ボーッとしていて何も考えていなさそうな雰囲気。風の向くまま気の向くまま、漂い彷徨い風に舞い、って感じだ。流石は亡霊、なのかなぁ?

 

「えぇと、何しにここに来たんでしょうか?」

「ここに来たのはねぇ……、アレよ、アレ」

「アレ? ……アレとは?」

「アレとはアレよ。……血の気の旺盛な亡霊、かしら」

「帰ってください」

 

 私は何かしたくて外に出たわけじゃない。だからって、何をしてもいいわけではない。さっき霊夢とやったばかりなのに、また命名決闘法案なんかやってられるか。……というか、亡霊に血なんかあるのか? あっても冷血だろう。うん。

 そんなどうでもいいことに引っ掛かりながら、何となく冥界がありそうな方向、つまり上空を指差しながらそう言ったのだが、幽々子は私が指した空を見上げたままふらふらとし始める。……これ、雰囲気とか、感じとか、みたいなふんわりとしたものじゃなくて、本当に何も考えてないんじゃあなかろうか?

 

「帰るって、何処に?」

「何処って、冥界じゃないですか?」

「冥界は駄目よぉ。妖夢が見張ってるもの」

「……あー、貴女まで通さないなんてことは流石にないと思いますが?」

「それに、まだアレしてないもの」

 

 だから、アレって一体なんなんだ。頭痛くなってきた。……いや、止めよう。考えない方がいい。きっと、何も考えていないのだ。右から左へ聞き流して自然と通り過ぎていくのを待った方がいい気がする。

 そう思い、私はすぐに内側へと戻る。表が空になってこの身体が棒立ちになってしまっているけれど、すぐに代わりが行くから待ってほしい。適任がいるなら、代わるべきなのだ。私なんかよりも、そちらの方がいいに決まってる。私は目的のに近付いて話しかけた。

 

『ちょっと』

『……ん』

『私じゃあ付き合ってられないから、代わってくれないかな?』

『ん』

 

 ……うん、多分大丈夫。しゃがみ込んでいるその手を取り、私は無抵抗に引っ張られているのを表へ押し付けた。……さぁ、存分に聞き流してください。よろしくお願いします。

 

「あら? アレって何かしら?」

「……ん」

「ん」

「……ん」

「ん」

「……ん」

「ん」

 

 ヤバい。早くも言葉ですらない会話なのかどうかもよく分からない何かに成り果ててしまっている。大丈夫だろうか、色々な意味で。

 

『なんなんだよ、あのボーレー!?』

『……こっちが訊きたい』

 

 無関心と放心が鉢合わせるとああなってしまうのか……。もしかしたら、私は間違えてしまったのかもしれない。あの時の選択は間違っていなかったと思いたいけれど、この惨状を見てしまうとそう思ってしまう。

 思わず頭を抱えていると、突然何かが来た。これは通信の前兆だ。もしや、紫様から帰還命令だろうか? 阿求には悪いけれど、そうだったら嬉しいなぁ。

 

『彩。明日、日が沈み切った頃、とある場所にいてほしい』

『はい? どうしたの、急に? 何かあるの?』

『紫様からの命だ』

『紫様が? ……分かった。別に構わないけど、なんで紫様じゃなくて藍から通信が来たの?』

『少し前に紫様から別の仕事を命じられてな。その際に、彩への命を伝えるよう頼まれたのだ』

『あぁ、そういうことね。で、場所は?』

『場所は――』

 

 藍から伝えられた場所は、人間の里から数里ほど離れている開けた場所だった。そこに何があるかは知らないし、どうしてそこにいなければならないのかは全く分からない。けれど、紫様に命じられたのだし、何かしらの意味があるのだろう。

 あ、そういえば明日の夜は既に用事があるじゃないか。優先順位? 紫様の命が最上位に決まってるじゃないか。けれど、だからと言って蔑ろにしていいわけではないだろう。

 

『あのさ、私も明日の宴会に呼ばれてるんだけど。どうしようかな?』

『遅れるようなら私に通信してくれればいい。その時は皆に遅れると、場合によっては休みだと伝えよう』

『……そういえば、その場所にどのくらいいればいいの?』

『……分からん。何も聞かされていないからな』

 

 それじゃあ、そこにいれば分かりやすく何かが起こるのかな? それとも、ある程度そこにいれば紫様から終了の命を出されるのかな? ……ま、明日になれば分かるか。

 

『ま、大体分かった。明日の夜にそこにいればいいんだね?』

『ああ。紫様にはそう伝えるよう命じられた』

『それじゃ、またね』

『またな』

 

 別れの挨拶を交わしてから、藍との通信を切る。私は内側を見回し、真面目なのと目を合わせる。

 

『覚えてくれた?』

『はい、しっかりと』

『ならよかった』

 

 私は忘れっぽいからねぇ。覚えてくれるのがいて助かるよ、本当に。安心して紫様の命を脇に退けて置き、表の様子を見上げることが出来る。

 

「ん?」

「……ん」

「んっ」

「……ん」

「んー」

「……ん」

「ん!」

「……ん」

 

 ……何だろう、もっと酷いことになってる気がする。幽々子のんに起伏が生まれてバリエーションが増えたはずなのに、表のが何にも変わってなくてより悲惨な感じが漂っている気がするのは何故だろう。見てられない。

 そう思い、私は表から目を背けることにした。私は何も見ていない。……えぇ、見ていませんとも。

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