酒気から離れた自然の中で気分をリフレッシュしたためか、ここ数日と比べても幾分気持ちのいい目覚めだった。しかし、それも漂う酒の臭いで早くも台無しである。気分だだ下がり。はぁ。
昨日は日が暮れた頃になって、ようやく無関心なのと幽々子とのんの応酬が一区切りし、んっんーんんんんー! とかいう最早何を言ってるのかサッパリ分からない言葉と共に去っていった。あの後幽々子と顔を合わせて話すかもしれない誰かにまでんだけで会話をし始めないかちょっと不安になった。もしも本当にそうなってしまったとしても、私に文句を言わないでほしい。
私は布団から出て帽子を手に取り廊下に出る。あぁ、食卓へ向かう足取りが軽い。酒は百薬の長、されど万病の元。やっぱり、酒なんて好き好んで呑むようなものじゃあないんだよ。
「いただきます」
食事を作ってくれた人間にちゃんと礼を言ってから、手を合わせて朝食をいただく。白いご飯に味噌汁、卵焼きと漬物を少々というシンプルなもの。一口食べて、まず美味しいと感じられる。こういう調理が簡単そうなものが美味しいのは料理人の腕がいい証拠なのだろう。多分。よく分からないけど。
少し甘めの卵焼きを頬張っていると、廊下から足音が聞こえてきた。どうやらここに近づいているらしい。誰であるかは、何となく察しが付く。この足音は割と聞き慣れているからね。
「おはようございます、彩様」
「ん、っく。おはよう、阿求。元気そうだね」
「はい。ここ最近は比較的調子のいい日が続いていますね」
「そっか」
口に含んでいたものを飲み込んでから挨拶を交わし、阿求の顔色がいいことに少しばかりホッとする。病毒に侵されていなさそうだし、この前の二日酔いなんてことはしていないようで何よりだ。彼女の損失は幻想郷にとっても大きな損害になりかねないらしいからさ。
私が食べているものと同じものが阿求の前にも並び、阿求は手を合わせていただきますと言ってからゆっくりと食べ始めた。私も食事を再開するとしましょうか。まだ半分くらい残ってるからね。
「ところで、昨日は急に何処に向かわれたのですか?」
「山。ちょっと気になったことがあってね」
嘘だ。酒に嫌気が差したからである。けれど、月見酒を毎晩楽しんでいるであろう阿求にそれを言うのは、流石にはばかられる。
「何が気になったのでしょう? 何かあったのですか? 私、気になります」
「いや、別に阿求が気にするほどのことじゃないさ。特に何かあったわけでもないし」
「そうですか……」
事実、何かあったわけではない。何せ、気になることなんてなかったのだから。その何かを探しようがない。霊夢との命名決闘法案も、妖霧の引っ掛かりも、幽々子との邂逅も、気になったことではなく起きたことだから。
先に食べ始めていたこともあって、私は阿求よりも早く食べ終わった。静かに箸を置き、手を合わせる。ごちそうさま。それから帽子を目深に被り、席を立った。さて、少し早いけれど出掛けるとしましょうか。……あ、そうだ。どうせだし、阿求に一つ訊いておこうかな。
「ねえ、阿求」
「はい、なんでしょうか?」
「人間の里で一番高い酒って何処で売ってると思う?」
「一番高いお酒、ですか……。どうして急に?」
「ガッツリ使って経済を回すのも仕事だからさ」
無論、そんな仕事はない。けれど、使われずにいる金はないのと同じだろう。金なんてものは消費されてこそだ。紫様から定期的に支給されるのだし、使える時にパーッと使わないとね。
阿求は顎に指を当て少しの間考えると、すぐに口を開いた。この間、なんと僅か十秒足らずである。流石だ。
「ここから北東にある酒屋で、とても買えたものではないほど高価な酒が売られている、と一ヶ月ほど前に聞きました。本当に一番高価か私には分かりませんが、そのお酒はいかがでしょう?」
「それじゃ、それにしよっか。ありがとね、教えてくれて」
「いえいえ、気にしないでください。それでは、いってらっしゃいませ、彩様」
「うん、いってくる」
軽く手を振って阿求と別れ、お屋敷を出る。向かうは阿求から聞いた酒屋。せっかく誘われた宴会だし、とりあえず高い酒を提供しておこう。安いよりはいい。多分。
酒盛りの誘いを断りながらしばらく歩き、目的の酒屋に到着した。おそらく、ここがそのはずだ。早速中に入らせてもらうとしよう。
「らっしゃ……、ひっく、まだケツの青い餓鬼じゃねぇか……」
「すみませんが、ここにある一番高い酒をください」
「一番高い、だぁ……? うぃー、はっ、まったく何処の世間知らずな嬢ちゃんなんだか……」
うわぁ、分かりやすく酔っぱらってらっしゃる皺の深いおじさんだこと。ストレートに皮肉ってくれますねぇ。世間知らずかどうかは知らないけれど、何処かと言われれば紫様のだ。わざわざ明かす必要もないが。
奥に行ったおじさんが戻ってくると、少し埃の被った木箱を持って戻ってきた。中身の一升瓶を取り出して見せてくれる。これが高いかどうか? さぁ、知らないよ。
「こいつぁ、最高級の純米大吟醸だ。値段は十だな」
「……十円? これが?」
「ひっく、あぁ、そうだとも。嬢ちゃん、そんな大金持ってねぇだろ?」
……ふぅん。ま、いっか。別に。
手持ちの硬貨をジャラリと目の前に落とす。……何見開いてんだよ。ちゃんと払えるよ、その程度はさ。だらしなく顎が外れんばかりに開いているおじさんから木箱を奪い取るように手に取り、私は店を後にする。
「じゃあね、嘘吐きなおじさん」
本当のところ、この酒に十円の価値はない。多分、二円か三円くらいかな。もしかしたら、もっと安いかも。断言出来る。嘘吐きにはさ、嘘が分かるものなんだよ。悪意からくる嘘は、特に。
けれど、金を使って経済を回せるなら別にどうでもいい。詐欺られたとしても構わないのだ。よかったじゃない、予定外の大金が手に入ってさ。
さて、目的のものは手に入ったわけですし、紫様の命を熟すとしましょうか。果たして、私は宴会に参加出来るかねぇ? 出来なかったらそれはそれだ。しょうがない。