東方九心猫   作:藍薔薇

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彩を捨てるつもりですか

 私は昼前の暖かな日差しを受けながら、紫様の隣でスキマから私が紫様に命じられて彩に伝えた場所を見下ろしていた。その視線の先には、彩が木箱を抱いて昼寝をしている。そして、紫様を挟んだ逆側の隣には、幽々子様が私と同じようにスキマを覗いている。いや、今は紫様と睨み合っている。

 

「ねぇ、紫。私が一晩考えた作戦を棒に振らせるのだから、それ相応のものを見せてくれるわよねぇ?」

「それはまだ分からないわ。彩次第ね」

 

 二人は目と目の間でバチバチと激しい火花を散らしている。紫様の発言でサラッと彩に責任が負わされてしまった。頑張るんだ、彩。紫様が何を見せる予定なのかはさっぱり分からないが、ここにいるだけという本当に仕事と言っていいのかも分からない命を言い渡された私としては、幽々子様を失望させるようなことにならないことを切に願うことしか出来ない。

 

「……それにしても、彩は随分早くに現れましたが、他にやることはなかったのでしょうか?」

「あったらここにはいないわ。……それに、彩にとっては今はもう余生に過ぎないのよ」

「あらぁ、まだまだ若いのに。もったいないわねぇ……」

「余生、ですか?」

 

 幽々子様の言うとおり、彩はまだ若い。三桁も生きていないだろう。下手すれば橙と同じくらいかもしれない。それに、妖獣となったことで寿命が相当長い。それだというのに、もう既に余生?

 私の当たり前過ぎる疑問を拾った紫様は、一つため息を吐いてから答えてくださった。

 

「簡単よ。彩は一度死んだから」

「彩は生きてるじゃないですか」

「……まぁ、九死に一生を得た、が正しいのだけど。私が保護したから。それでも、彩にとっては既に死後の時間。私の下に就いているのも、各々の信条に反しないならばどうでもいいと思っているからに過ぎないわ」

 

 私のように紫様に従っているわけではないと感じてはいた。しかし、そこまで軽く、それでいて重いとは思っていなかった。

 嫌な音を立てる心臓を無理矢理押さえつけるように、胸元をきつく握り締める。改めて彩を見下ろすと、何も変わっていないはずなのに、その姿はやけに小さく、そして軽く見えた。それこそ、吹けば飛ぶような砂細工のように。

 亡霊である幽々子様にとって、彩の過去は然程の事ではないようで、さらりと聞き流している。そんなことよりも、気にするべきことがあるようだ。

 

「で、あそこで安らかに眠ってる彩は私に何を見せてくれるのかしら?」

「妖霧の原因をぶつけるわ。……そうすれば、もしかしたら、魅せてくれるかもしれない」

「何を、ですか?」

「彩の、……いえ、名も無き化け猫本来の実力を」

 

 彩の実力? 私が知る彩の実力は、分かりやすく突出して秀でている点はあれど、その代わりに劣る点も分かりやすい。そんなのばかりだ。長所短所は表に出ているのによってまちまちだが、総合的に見れば橙と大差はないだろう。……まぁ、贔屓目に見ているかもしれないが。

 そんなことを考えていると、幽々子様は紫様に頬と頬とが触れ合うほどに近づいて妖しく笑った。

 

「ところで、妖霧の原因って誰なのよぉ? 気になるわぁ」

「自分で知りたいとは思わないの?」

「もういいわ。だって、これから紫が見せてくれるのでしょう?」

「……それもそうね。妖霧の正体は伊吹萃香。鬼よ」

「あらあら、随分と久し振りに聞く妖怪ねぇ」

 

 鬼。私も久し振りに聞く。幻想郷にいるかもしれないとは思っていたが、ここまで聞かなければ現れることはないと思っていた。言われなければ二度と思い出すこともないだろう、と思うほどに忘れ去られた存在。

 

「紫様。それはまさか、彩を捨てるつもりですか……?」

 

 しかし、それでも私は知っているのだ。鬼の強大な力を。決して彩が勝てるような相手ではない。いくら束になっても敵うような相手ではない。本当に吹けば飛んでしまうほどに強大な力の差がある。そんな存在と彩をぶつけるのだ。間違いなく、彩は死んでしまう。

 

「そうかもしれないわね。何も魅せないのなら、ここで散るのもまた一興」

「嘘吐き。こうして見てるのも、いざとなったら手を出して救うためでしょう?」

「……なんで分かるのよ。しかも、バラすのが早いわ」

「長い付き合いだもの。そのくらいすぐに分かっちゃうわぁ。……それに、これは私の作戦を潰した分よ。甘んじて受け止めなさい」

「ぐ……」

 

 紫様の答えにゾッと血の気が引いたが、それが嘘であるとすぐに知らされ、思わず安堵の息が漏れる。流石に、仕事仲間が死ぬ様を黙って見せられるのは嫌だったから。

 幽々子様に言われ、瞼をきつく閉じてこめかみを摘まむ紫様は、絞り出すように言葉を発した。

 

「……まぁ、彩が魅せずともきちんと保護するつもりよ。彩の持つ『九つの命を宿す程度の能力』は他に類を見ない稀有な能力ですし? それだけで十分な価値があるもの」

「あらぁ、やっぱり可愛いものは可愛いわよねぇ」

「うるさい」

 

 お二人の会話を聞きながら、私はスキマの向こう側で何も知らずに眠っている彩を見下ろす。

 彩。これから、強大な相手と相対することになる。きっと、敵うことなどないだろう。もしかしたら、また死にかけてしまうかもしれない。死なないから安心しろ、だなんて言わない。言えない。だが、無事を祈らせてほしい。

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