東方九心猫   作:藍薔薇

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鬼の力、萃める力、分かつ力。

 昼寝から起きたら黄昏時だった。随分と長いこと寝てしまったらしい。……ま、別にいいか。夜にここにいろ、という紫様の命は問題なく熟せるし。けれど、いつまでいればいいのやら。明確で分かりやすい変化、あるいは終了の通信が来ればいいのだけど。何もなかったら? 夜が明けるまで待機してればいい。それだけ。

 

「……ん?」

 

 ……なんか、変だ。何がどうおかしいかはよく分からない。それなのに、全身の毛が逆立つような感じがする。ここにいてはいけないような気がする。妖しい雰囲気が満ち始める。嫌な予感がする。全身がぞわぞわと粟立つ。……けれど、それだけだ。それだけで、何もない。

 とりあえずまだ様子見かなぁ、と思っていれば、突然霧が立ち込めてきた。……もしかして、これが妖霧なのだろうか? 一度思い切り深呼吸してみたものの、足元に置かれた木箱の中身を呑みたいとは毛ほども思わなかった。やっぱり私の予想は外れていたらしい。どうでもいいけど。そんなことをしてたら、さっきまで散々感じていた予感もいつの間にやら霧散した。未だに霧は立ち込めてるけど。

 

「あ、晴れた」

 

 そんなくだらないことを考えていれば、すぐに霧が抜けていった。一体、何だったのやら……。

 

「あれ? おっかしいなぁ」

「……誰?」

 

 声がした方向に顔を向ければ、捻じれた二本角が生えた者がいた。あれ、さっきまでいなかったような? というか、霧が抜けた先にいる、ってことはもしかして?

 

「貴女が妖霧の正体だったり?」

「へー! よく分かったじゃない。そうよ、私があの霧よ」

「はぁ、そうですか」

 

 紫様の命はここにいろ。妖霧の正体をどうしろ、とは何一つ伝えられていない。……私にどうしろと? 通信していいかな? ……駄目だよね、うん。この程度、余程の事ではないだろうし。

 

「この身体を霧散させて幻想郷全て包み込んで、それで皆を萃めたのよ」

「あ、そう。何のために?」

「勿論、宴会をするためよ。今年は冬が長引いたでしょう? それで私の大好きで賑やかなお花見が遅れに遅れて……。ようやく春になったと思えば、あっという間に桜が咲いて、あっという間に桜が散って……。こんなに悔しい年もないでしょう?」

「そりゃあ残念だったね。けれど、もう止めてくれないかな?」

「えー? 何でよ? これからじゃない。私の力でもっともっとお人間も妖精も妖怪も幽霊も萃めて、大きな宴会を開いてあげようと……」

「私としては、いい加減酒気が鬱陶しいからさ。鼻に付くし、吐き気がする。貴女の所為で酒そのものが嫌いになりそうだ」

 

 そう言って、私は木箱を投げ渡した。それはそれは嬉しそうに破顔しながら中身の酒瓶を取り出し、ゴクゴクと一気呑みされるのを眺める。今夜の宴会に持っていく予定だったけれど、もう別にいいや。行く気が失せた。藍にはそれっぽいことを通信して休ませてもらうとしよう。

 

「かーっ、美味い! けど、ちょっぴり薄いかなぁ」

「それはよかったね」

「さーて、身体も温まったことし、早速始めようか。ねぇ、紫の子分?」

「……どうしてそこで紫様の名前が出てくるかな?」

 

 空になった酒瓶を投げ捨てながらそう言われ、私は思わず聞き直してしまった。いや、そこも気になったけれど、それよりもどうして知ってるんだろう? ……あぁ、妖霧の正体なら幻想郷全体で起きたことを把握していてもおかしくはないか。

 

「急に萃められたと思ったら、目の前にあんたがいる。しかも、紫の子分ときたもんだ。私を止めに来たんでしょう? だったら、やるしかないでしょ」

「いや、まぁ、止めてほしいとは言ったけれども……」

 

 両拳を握って臨戦態勢を取られても困る。何故わざわざ戦わなくちゃいけないんだ、面倒くさい。萃めたきゃ好きなだけ萃めてろ。私は知らん。……いや、霊夢に伝えるくらいはした方がいいかな? 即日異変解決してくれそうだ。

 ……あぁ、帰りたい。駄目だよね、知ってる。ここにいろ、って言われてるし。いつまでいればいいんだろう? 藍に通信しようかなぁ。うん、しよう。

 

「理想は毎晩百鬼夜行。幻想郷の夜は我々鬼のための夜になるの。賑やかで素敵でしょう? だから、ここで止められたらちょっと困るのよ」

「……あれ?」

 

 何か言っているのを聞き流して通信してみるものの、何故か繋がらない。もしかして、妨害されてる? 幻想郷の端から端だろうと問題なく繋がる、って紫様が自慢気に言ってたのに? 何かあったのだろうか?

 ちょっと考えてみると、理由になりそうなのが目の前にいた。……いや、まだ分からないけれども。

 

「鬼の力、萃める力、分かつ力。誰だろうと止められるだなどと思い上がるな!」

「ッ!?」

 

 拳が迫る。右拳が真っすぐと鳩尾に伸びてくる。私はすぐに身体を捻じりながら横に倒れ込んで回避しようとしたが、残念ながら躱せるような速度ではなかった。左腕に拳をもろに受け、そのまま地面を数回跳ねながら吹き飛ばされる。

 

「あだッ! あー、痛ったい!」

 

 地面とぶつかった肩とか頭とか背中とかが痛い! うげっ! 殴られた左腕は見るに堪えないほどグチャグチャじゃないか。もう真っ赤っ赤。なけなしの癒しでどうにか血は止めたが、その代わりだと言わんばかりにさっきまで感じもしなかった激痛が浮かび始める。粉微塵って言いたくなるぐらい砕けた骨に関しては、私ではどうにも出来ない。そういうのが得意なのに代われば、数日がかりで治してくれるだろう。けれど、そんな時間はない。

 

『代われ!』

『あっ』

 

 そんなことを考えていると、勢いよく内側に引っ張られた。そして、私を引っ張ったのが表に出て行く。

 私はそのまま内側に転がり落ち、表のはまだ無事な右手の爪を伸ばした。そして、そんな表のに向かって鬼が近付いてくる。……ん? 鬼? え、本当にあの鬼?

 その瞬間、私の脳裏に処分の二文字が過ぎる。通信するなと命じたのは紫様だ。ここにいろと命じたのは紫様だ。萃めたのは紫様だ。……命を繋げたのは、紫様だ。だから、断ち切るのだって、紫様なのか?

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