「一つ言っておくね――何をですか?――私は最強だ――ったりめーだ!」
「九匹萃まっただけで大層なこと言うじゃない」
あらゆる段階をすっ飛ばして頂点に登り詰めた超越感。湧き上がる熱で内側から破裂してしまうほどの高揚感。
目の前の障害がこんなにも小さく見える。お互い何にも変わっちゃあないくせにね。おかしな話だ。そんなこと分かってる。だから私は嘘を吐く、今は、この瞬間だけは、私に敵う者などこの世に存在しないと傲慢不敵に笑ってやる。
「で、どうするよ?――ぶっ潰――癒す――分かりました」
「はっ! させないよっ!」
私の言葉に反応し、瞬く間に鬼がこちらへ跳び出してくる。そりゃそうだ。わざわざ左腕が治るのを黙って見てくれるはずがない。
けれど、もう治しちゃった。左腕の砕けた骨も千切れた肉も見るに堪えない様相も全部まとめてパッと癒しちゃった。最早痛みすらも感じない。流石に、この左腕をさっさと治したいとは思っていたらしい。
「右に跳ぶ!――おー!」
跳びかかる鬼が右腕を引いている姿を見てから叫ぶ。私は最も身体の動作が上手いのに出来るだけ合わせて右へ跳んだけれど、当然のように動きは滅茶苦茶だ。それはもう、私が鬼に殴られた時みたいに派手に吹き飛んだ。ゴロゴロと地面を転がりながら私は思う。……いくつか出遅れたな、と。
「ちょっと!――遅い――そんなすぐに――早過ぎるのよ」
地面で擦り切れた肌を癒しているのを感じ、私も妖力を込める。いくつか追随していくと癒しが加速し、すぐに全ての傷が綺麗に塞がった。
しかしまぁ、立ち上がる動作もそれぞれ多少異なるから立ち上がり辛い。けれど、どうにか立ち上がる。基本姿勢は直立。無駄に動こうとしない。そうでもしないとやってられない。
「なんだ、喧嘩でもしてるのか?」
「るっせ――違うもん!」
いや、些細な諍いはあったでしょうに。けれど、そんなことを気にしている場合じゃない。
というか、まだ身体が慣れてない。今までと大きく食い違っているのだ。百の内の十を出そうとしているけれど、実際は百万の内の十万を出してしまっているような、そんな感じ。実際のところ、そんな数字に意味はないのだが。
「先に言っておこう――ん?」
「あん?」
だから、動作を限定しよう。そうでもしないと、今の私はやっていけないのだから。
「縦の攻撃は右に避ける――縦は右ね――横の攻撃は下に避ける――水平は下か――それ以外は後ろに避ける――ん」
「おいおい! 流石に私を前にそんなにバラしちゃって大丈夫かい?」
「攻撃は右腕の振り下ろし。垂直に、全力で、最速で、叩き込む。で、後ろに跳ぶ。いい?――ああ!」
「なぁ、まさか本気で言ってるのかい?」
あぁ、本気だよ。けれど、もう関係ないんだ。当たらなければどうということはない。当ててしまえばどうということはない。そういうものだから。
「さ、振ろうか――真っ直ぐと――肉薄して――殺す――流石に殺しは……」
知るか。私は足を踏み出した。いくつか私を先行し、残りが追随する。多少のズレはあれど、真っ直ぐ走るだけだ。そこまで動作に差はない。
瞬間、バァン! と爆ぜる音がした。随分久し振りに聞く音だ。音の壁を突き破る音。全身の皮膚が後ろに引っ張られ、耐えられなくなり、そして破れて血が噴き出す。痛みを感じたそばから癒しがかけられ、私も癒しに妖力を込め、いくつも傷に妖力を流して次々と塞いでいく。塞いだそばから破れ、また塞ぐ。あぁ、接近するだけなのにこの様だ。けれど私は最強だ。そうでも言ってないと、やっていられない。
右腕を振り上げれば、ミチミチと千切れるような嫌な音が聞こえてくる。当然、それも癒す。腕は攻撃の要だからか、皮膚よりも癒すのが多い。というか、多分九つ全部やってる。それはもう、傷付いていないのとほぼ同等だ。最初の音だけして、それ以降は聞こえない。聞こえる前に治るから。
「ィシャアーッ!」
そして振り下ろす。そこまできてようやく鬼の身体が動き出す。両腕を上げて交差させ、防御しようとしているんだろう。けれど、もう遅い。あまりにも遅過ぎる。
握ってるのか開いているのかよく分からない中途半端な右手が、鬼の頭上に振り下ろされる。衝撃。右手が爆ぜる。そりゃそうだ。何も変わっちゃいない右手が耐えられるはずがない。無傷でいれるわけがない。滅茶苦茶痛い。
即座に後ろへ跳んで距離を取りながら、今更両腕を頭上に交差している鬼を見遣る。着地はどれかに任せておこう。私はそれに合わせるだけ。
「痛ぁ――癒しま――うん」
どうにか着地して、すぐに右手を癒して治す。あぁ、痛かった。けれど、もう痛くない。
右手を治したところで、私に真っ直ぐと駆け出した鬼を見詰める。見える。真っ直ぐと左拳を打ち込んでくる。狙いは鳩尾。だから、攻撃が届かない距離まで下がればいい。
「おらぁっ!」
「シッ――うおっ!?――うひゃっ」
私は二歩歩いて下がるつもりだったのだが、他のはそれぞれ違った動きをしてしまう。後ろへ大きく跳ぼうとしたり、二歩分後ろへ跳ねようとしたり、上半身を後ろに倒そうとしたりで滅茶苦茶だ。しかも、身体が右に倒れかけているところから察するに、どれか右に跳ぼうとしたな? 縦でも横でもないからそれ以外の後ろだよ!
「牽制する!――どうやっ――何でもいいから!――ん――何でもって……」
無様に倒れそうになりながら私は思わず叫んだ。本当に何でもいい。さらに踏み込んできた鬼の右拳による追撃を止める何か。
妖術なんてものは所詮、世界の理を自分勝手に捻じ曲げるだけの術。近ければ安く、遠ければ高い。以前は出来ずとも、今なら出来る。それだけだ。
「火炎――よっと――氷術――シッ!――ライトニング――どーん!――えっと――あの――ん」
とりあえず、私は左腕を前に出して火の妖術を放った。猫と火はそれなりに相性がよかったはずだ。が、他のどれかが左手から氷の妖術を放ったせいでほとんど相殺されてしまった。まぁ、妖力弾が飛んでるからいいとしよう。私以外のどれかが右腕を動かしていて、そこから妖力弾やら電撃やらを放っている。……あぁ、見事にバラバラだ。大した威力になってない。
「こんなの全然効かないね!」
「だーっ!――結界!――はい!」
牽制を諦めて結界で防御を試みる。今のうちに着地をどれかに任せてそれに合わせたいけれど、どれも私だ。指名する術がない。
そんなことを考えている間に、鬼の拳が結界にぶち当たる。……大丈夫だ。破れやしない。そうに決まってる。
けれど、現実はそこまで甘くない。結界に瞬く間に罅が走り、今にも突き破られてしまいそうだ。
「どんな馬鹿力だよ!?――山を崩すとか――聞きたくなかった!」
「おらぁっ!」
「げふっ!?」
いくらか威力を減衰出来たとはいえ、ほとんどがら空きだった腹にもろに突き刺さった。そのまま吹き飛ばされ、地面を転がされる。咳き込むと真っ赤な血が飛び散った。……あぁー、滅茶苦茶痛い。内臓が酷いことになってそう。出せる力が強大になっても、身体が何も変わっちゃいないのだ。防御はからっきし。分かってはいたけれど、かなりきつい。
さて、どうしたものやら……。勝利にせよ、交渉にせよ、逃走にせよ、とりあえず今を生き抜くには、どうすればいい?