東方九心猫   作:藍薔薇

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さよなら。

 私は軽く首を上げ、跳びかかってきた鬼を見上げる。頭が真っ赤なのが非常に気になるが、あれは私の血だ。しかも自滅による。今はそんな場合じゃないか。鬼の攻撃は、左腕を大きく振りかぶった振り下ろし。

 

「シッ――右に――跳ぶっ!」

「そぅらっ!」

 

 先行して右に跳んでいたのがいたから、私はそれにそれとなく合わせておく。避けるのは短距離で構わないと思うのだけど、この身体は軽く跳んだつもりでも思い切り吹っ飛んでいく。しかも、時折音の壁を突き破ってしまうものだから、その反動で身体中がズタボロだ。すぐに癒してくれて傷は塞いでいるけれど、痛いものは痛い。

 

「水平!――屈めッ!――チャーンスっ!――あの――右手で――爪――貫手で――貫くッ!」

「ちぃっ!」

 

 跳んで避けた私をすぐさま追ってきた鬼の右腕の大振りを屈んで躱しながら爪を伸ばす。五指をピンと伸ばし、攻撃し終えた隙を狙う。

 この瞬間、と思った時には右腕が動き始めていた。私も右腕を真っ直ぐと押し出していく。急加速した右腕は音の壁を突き抜け、右腕がグチャグチャにひしゃげて悲惨なことになる。が、致命傷になる前に癒されて治される。治ったらまた壊れて、そして癒される。痛い。痛い。痛い! けれど、そんなこと考えてる暇はない!

 

「シャラァーッ!」

 

 隙だらけな鬼の腹に貫手を叩き付けた。……貫けなかったのだ。爪は肉に潜り込んだ。しかし、右手は音速超えで壁に激突したようなもの。突き刺さる前に見事に指が潰れた。とてもではないが、私は見たくない。想像もしたくない。もうしちゃったけどさぁ!

 

「即退避!――引き抜い――切り離せ!」

 

 爪が突き刺さったままでは、鬼の反撃を喰らいかねない。そう考えて癒されて急速に治ろうとしている右腕を引いていたら、左腕が勝手に動いて右手の爪を切り落としていた。いつの間に左手の爪を伸ばしたんだろう? いや、どうでもいい。

 

「どちらにで――後ろ!――右に――えー、どっちー?――後方にしま――どっちでもいい!」

 

 後ろだろうと右だろうと、この際どうでもいい。いや、後ろに跳んでほしいけれど! せめて、一撃離脱さえ出来ればいい。反撃さえ喰らわなければいい。幸い、全てが後ろに跳んでくれた。その際にまた皮膚が破れて鮮血が舞ったが、即座に癒したからもう傷はない。少し慣れてきたのか、着地もそれなりに綺麗に出来た。

 けれど、最たる問題はそこじゃない。……いや、まぁ、動くたびに皮膚が敗れるのも結構な問題ではあるのだけども。

 

「んもうっ!――くそがっ!――どれか手ぇ抜いてねぇか?――それは……――だろうねぇ」

 

 遅い。遅いのだ。あまりにも遅過ぎる。音の壁なんか、いつだって突き破れた。そんなものは些細な壁だった。もっとずっと速く駆け抜けたはずなのに、どうにも何かが引っ掛かる。私は全力を出しているつもりだが、肝心の身体がまともに動かない。

 何故かはもう分かってる。いくつか手を抜いているから。悪く言ってしまえば、足を引っ張っているから。しょうがない。純粋に力を求めていた頃とは違うんだ。失敗を知らなかった頃とは違うんだ。私もどれもこれも、悲惨な結果を知ってしまっているから。

 昔の目的は九つ揃って強大な力を手にすることだけだった。力そのものだけだから、特に問題がなかった。けれど、今は違う。今の目的は九つ揃って再び手にした強大な力をどう使うか。多少の差はあれど、ざっくばらんにまとめてしまえば、目の前の鬼をどうにかすること。けれど、その鬼をどう倒すかがそれぞれ違う。全力で完膚なきまでに潰すべきだと考えるのもいれば、この身体を極力傷付けることなく事を済ませたいと考えるのもいる。結果は同じでも、相反する。多少の差が大きな溝となってしまっている。だから、しょうがない。

 それでも、そうと分かっていても、私は最強だ。そうとでも思っていないと、やっていられない。

 

「痛ってて……。爪は事前に切っときなよ?」

「さっき伸ば――ふん――……ん――関係ねーな」

 

 私が腹に残した五本の爪をズルッと引き抜きながら嗤われる。しかも、傷口をグリグリと撫でればもう塞がっていた。ちくしょう、もうちょっと効いててほしかった……。

 さて、私はどうしたい? 鬼をどうしたい? 鬼を倒したい。けれど、いくつかはそう思っていないのだろう。殺したい。差を知らしめたい。穏便に。安全に。その他諸々……。

 私は、最高最速の攻撃を叩き込みたい。欲しいのは、今も昔も力そのもの。鬼さえ打倒し得る最高峰の力。その証明。

 

「家は壊れない――何を――壊れる前に治すから――それは――それでも嫌なら――……嫌なら?――防ぐ壁を用意しろ」

「また作戦会議? わざわざ待ってあげないよっ!」

 

 そう言い放ち、鬼が跳び出してくる。残り二、三秒しか、二、三秒もある。

 それだけあれば、その場の勢いで押し通せる。押し通させる。嘘で、誤魔化しで、出任せで、戯言で、机上の空論で、いつも通りに、前のように、乗せてやる。

 

「身体強化は筋力でも速度でもなく硬質化!――はい――身体を覆う結界!――えぇっ?――痛みを即座に癒せ!――無茶を――身体に最も負荷のない動作!――ふん――それだけあればどうにかなる!――頑張ろーう!――どうにかって――っしゃあ!――で、どうする?――右手人差し指の一本貫手を左目に突き刺せ!――ん――やるよっ!――ちょっと――やれ!――もぅっ!」

 

 これ以上はもう時間がない。私は足を踏み切った。最も負荷のかからない動作? 知るか。けれど、それが出来るのがいる。私はそれにどうにか付いていくだけ。身体がピシリと硬くなった感じがする。どうやったんだろう? けれど、とりあえず私も妖力を流しておく。身体を結界が覆う。私も結界に妖力を流す。皮膚の肩代わりとして破れていくが、妖力の限りは再構成されていく。結界が破れた瞬間に皮膚に衝撃が走るが、それが傷になる前に癒してくれる。私も癒しに妖力を使う。もう始まってしまったから、押し流されるように出来ることをしてくれる。

 

「シッ!」

 

 人差し指が音の壁を突き破り、結界を壊し指が壊れ癒されながら突き進む。目標は左目。正面に露出している部位で柔らかな部位。妖怪に対して脳だ何だと言っても正直どうかと思うが、それでも有効打となり得る。

 爆ぜた。右手も、鬼の左目も。そこから先は知らない。何故か? 鬼の攻撃ももろに喰らっちゃったから。派手に吹き飛ばされたよ。真っ黒な空が見える。もしかしたら、そもそも視界が真っ黒なのかもしれない。身体を動かそうにも動けない。血が抜け過ぎた。そりゃそうだ。あれだけ破れればそうなる。

 意識が沈み始めるのが分かる。どうにかなったかな? 許してくれるかな? 許されないよね。私は処分される? だろうね。もういいや。もういいか。力は示した。物足りないけれど、もういい。無理だ。動けない。ごめん、嘘なんだ。どうにかなるはずがない。分かってた。けれど、もう遅い。意識も、もう、落ちる。

 地面が揺れたな、と思いながら、私はプツリと切れた。さよなら。

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