倒れ伏す彩の隣にスキマを開き、藍と共に出る。すぐにスキマを閉じずに幽々子が付いてくるか少し待つと、ふわりと通り抜けてきた。どうやら、最後まで付き合うつもりらしい。吹き飛んだ左目を手で押さえている萃香は、私が現れたことに残った右目を見開いた。
「ちょっと。子分を伸したと思ったら、まさかの親分登場? 勘弁してよ」
「そんなに身構えなくていいわ。私はね、萃香。貴女にお礼を言いに来たのよ」
「お礼? ……なんかとっても怪しいんだけど」
「おかげでいいものを魅せてくれたもの」
萃香にキュッと微笑む。私は本当に感謝している。名も無き化け猫本来の実力を引き出し、私達に魅せてくれたのだから。
チラリと彩を見下ろすと、既に藍が背中と膝裏に手を入れて優しく持ち上げていた。見るに堪えない右手を見ると、怒りが込み上げてくる。ここまで傷物にしてくれたことを許すつもりはない。それとこれとは別だから。ほとんど彩の自爆? 関係ないわ。私がないと言えばないのよ。
「だから、私は黙って見ていてあげる。貴女のことは口を閉ざしてあげる。けれど、異変に気付いた者がいたら貴女と会わせてあげる。貴女は好きなだけ宴会を続けさせるといいわ」
「なにそれ」
「話はそれだけよ」
話は済んだ。私は早々にスキマを開く。隣でニコニコ微笑む幽々子の視線が鬱陶しい。その視線から逃げるわけではないけれど、さっさとスキマを通り抜けた。藍と幽々子もスキマを通り抜け、スーッとスキマを閉じる。
……あぁ、そうだ。話は済んだけれど、一つ釘を刺すことを忘れていた。私は振り向き、覗き穴程度しか開いていないスキマから萃香を見詰める。
「羽目を外し過ぎない限りは、ね」
スキマを閉じた。
「あらあらぁ、やっぱり可愛いのねぇ」
「うるさい」
えぇ、可愛いわよ。私の大切なコレクションの一つなのだから。けれど、そうやって微笑ましげに見られながら改めて言われるのは非常に鬱陶しい。
話を切り替えよう。えぇ、そうしましょう。
「で、感想は?」
「なかなか面白かったわ。九つの命があるだけのただの化け猫だと思ってたもの。ちょっと予想外」
「紫様。あれは、本当に彩なのですか?」
「彩といえば彩だけど、彩じゃないといえば彩じゃない」
八雲彩の名を与える前から至っていたのだから、あれが名も無き化け猫の実力だ。
けれど、藍は私と力なく倒れている彩を交互に見ては、怪訝な表情を浮かべるばかり。納得出来ない? そりゃそうよね。だから、端的に説明する。
「あれは妖術よ。基礎的な身体強化の妖術の一種」
「あれほどの力を引き出す妖術に、彩の妖力が足りるとは思えません!」
「コストはほぼ零よ。彩は貴女と同じ九尾に至っただけだから」
「九尾に……?」
そう呟き、藍は彩の尻尾を見遣る。当然、一本しかない。
「ほーら、またそうやって煙に巻くようなこと言ってぇ。いつか愛想を尽かされるわよぉ?」
「……はいはい、説明するわよ」
「ちゃんとしてよねぇ。私も気になるもの」
幽々子に念押しされ、私は思わずため息を吐く。彩のために幽々子の策を潰したので、少々ばつが悪い。もう少し慌てる藍で遊びたかったところもあるけれど、私は解説することにした。
けれど、可愛い自慢は少しばかり遠回りに語りたくなるものだ。
「藍。貴女は九尾に至るまでどれほどの時間を掛けたかしら?」
「……それは、何百年と。流石に千年はいっていないはずですが」
「彩は手っ取り早く力を欲したから、一晩で九尾に至った」
「は?」
藍の口があんぐりと開かれる。非常に間抜けな顔だけど、そんな顔になってしまうのも理解出来なくもない。だって、彩の妖術は何百年もの積み重ねの全否定でもあるのだから。
「本来の妖獣は貴女のように修行なり、魂喰いなり、時間なり、怨嗟なり、膨大な何かの積み重ねで妖力を増やしていき、尻尾を一つずつ増やしていく。化け猫は七つ尾まで至った記録があるけれど、藍は知ってたかしら?」
「一応は。主のために恨みを重ね、遂には七つ尾にまで至ったと」
「けれど、彩は違った。たった一つの妖術で、あるべき過程をなかったことにしてしまった。彩の妖術の目的は、九尾に至ること。妖術の根幹は、一つの心に一つの尻尾。九つ揃えて九尾へ至る、『九心九尾』。それが彩の、……名も無き化け猫の導き出した答え」
妖術とは、いかに辻褄を合わせることが重要。理由もなく何かをしようとすれば高くつくが、何か理由があれば安い。単なる数合わせでも、単に力を無理矢理引き出すよりも簡単だ。最初から九つの尻尾があるのだから、私が九尾であるとした。妖獣は九尾に至れるのだから、化け猫だって九尾になれる。
それは成功したが、失敗した。器が育たずに中身だけを増やせば、当然溢れてしまう。過剰に溢れた力は、当然のように体を蝕み、やがては滅びをもたらす。
「だから、私は式神を憑けた。その身体に刻み込んだ妖術が容易く発動してしまわないように」
そうやって生かした。あのままなくすにはもったいなかったから。けれど、そのために私は力を失わせたのだ。
けれど、綺麗に飾っておくだけなら人形でいい。私は生きたこの子を手にしたい。欲を言えば、九尾と至ったこの子を。
「それだけよ。分かったなら幽々子は帰りなさい。宴会、そろそろ始まるんじゃないかしら?」
「あら、もうそんな時間? ついでだし、私と一緒に呑まない?」
「結構よ。一人で行きなさい」
「あーん、いけずぅ」
そんな風にぶー垂れても私は宴会に行くつもりがない。萃香の催した宴会に参加することは、それが自主的だろうと何だか負けた気分になるから。
そうおもながら、私は幽々子の背中を押してスキマに押し込んだ。出口が人目のない博麗神社付近。そのまま参加するといい。
「さ、帰るわよ。彩の治療を任せてもいいかしら?」
「……はい、紫様。お任せください」
藍の返事に私は笑い、スキマを開いた。