真っ昼間に太陽の下で掃き掃除をする気が起きずに部屋でお茶を飲んでいると、お賽銭箱からチャリンと軽い音が響いた。誰かがここにやって来たらしい。しかも、珍しくお賽銭付きで。私は慌ててお茶を飲み干し、すぐに跳び出した。
「ここにお賽銭してくれた素敵な方はどなた?」
「こんにちは、霊夢さん」
「……なんだ、紫のペットか。ま、いいわ。ここに何の用?」
お賽銭箱の前には、何やら手提げ袋を持った紫のペットが立っていた。紫からの言伝でも伝えに来たのだろうか? そう思いながら、とりあえずは慈しむような微笑みを絶やすことなく振り撒く紫のペットを中に招き入れることにする。この暑さでは日に当たるところで話し合う気には到底なれない。
外よりは少しばかり涼しい部屋に紫のペットを座らせ、私は茶葉を新しくしてからお茶を淹れる。
「あんたと話すのは初めてよね」
「そうでしょうか?」
「……本当、あんたは何人いるのよ」
「私は一人ですよ、霊夢さん」
そう言って静かにお茶を飲むのを見て、私は思わず漏れ出そうになったため息を飲み込んだ。
正直な話、かなり話しづらい。この身体の中に何人もいることが何となく分かる。唐突に切り替わり、時に押し合いながら出来の悪い一人芝居でも見せるように話し合うのを見ているのはかなり疲れる。だから、こうして話している間に切り替わらないことを願うばかりだ。
「まぁ、いいわ。あんたは何の用があってここに来たの?」
「紫様から貴女に先日の異変解決の報酬を届けるようにと命じられてここに来ました。それと、改めて挨拶をするようにとも」
そう言うと、何処からか茶封筒を取り出して私の前に出した。手に取って見ると、それなりに厚い。それに加え、手提げ袋をそのまま渡してくる。中身を見てみると、人間の里では見たこともない紙箱がいくつも入っている。試しに一つ開けてみれば、クッキーが透明な袋に小分けされて並べられていた。残りも似たようなものだろう。
先日の鬼退治の報酬として、これが安いのか高いのかは分からない。けれど、私はこれに満足しているからそれでいい。思わず顔がほころぶほどだ。
「報酬は以上です」
「そう。ありがとう」
「紫様に伝えておきますね」
「やっぱなし。伝えなくていいわ」
「そうですか」
わざわざ届けてくれたことに礼を言ったのだ。紫に礼を言っているのではない。言うつもりもない。決して、最初から異変の黒幕を知っていながら私自身が気付くまで一切手出しせず、私を試すように静観していたことを根に持っているからではないわ。
若干湧き上がった黒いものをお茶と一緒に飲み干す。……ふぅ、すっきりした。
「次は挨拶ですね。改めまして、私は紫様の式として活動しています、名を八雲彩と申します。どうぞ、今後ともよろしくお願いしますね」
「彩ね。私は霊夢よ。よろしく」
私が手を伸ばせば、彩は私の手を優しく取って握手を交わした。紫のペットであることは同じペットである藍との馴れ合いから察していたが、そんな名前だったのか。そう言われてみれば、何度か耳にしていたような気がする。
握手を終え、私は前々から気になっていたことをそのまま口にする。
「ところで、本当に一人なの? あんたの中には何人もいるでしょう?」
「私は一人ですが、貴女の言う通り、内側には私を含めて九つありますよ」
「なんだ。ならやっぱり一人じゃないじゃない」
「一人ですよ」
どうして一人であることにそこまで意地を張っているのかいまいち理解出来なかったけれど、私は放っておくことにした。
それからは、他愛のない話を夕暮れまで続けてから自然に別れた。今日は唐突に切り替わらなくてよかったわ。