東方九心猫   作:藍薔薇

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妖怪は敵だから

 お団子屋さんの前に用意された席に座り、ゆっくりとお茶を口に含む。私に付いて隣に座っている彩様は、目深に被った帽子の奥から周囲を見回している。

 何となく外に出掛けたいと思っていた頃、彩様が私の屋敷に訪れた。その理由は単なる暇潰しらしい。だから、私は彩様を連れて外へ出掛けることにしたのだ。最近人気の美味しい団子屋さんがあると三日前に聞いていて、実は楽しみにしていたのですよ?

 

「ふぅ……。たまには外に出掛けるのもいいものですね」

「そうですね、阿求様」

 

 話に聞いていた通りとても美味しいお団子を片手にそう言えば、隣に座っている彩様はため息交じりにそう答えた。その答えに私は思わず苦笑いを浮かべてしまう。今の彩様がわざわざ私のことを阿求様と敬称を付けて呼ぶあたり、相変わらず外では飽くまで私のお付きの人に扮するつもりらしい。

 

「彩様は食べないのですか? こんなに美味しいお団子なのに」

「出掛けるつもりがなかったので、今は手持ちがありません」

「そうですか。すみません、私と同じものを一つ追加で」

 

 そうお団子屋さんに聞こえるように言ってみれば、彩様は困った顔を浮かべて額に手を当てる。せっかく来たのですし、私の勝手で付いてきてもらっているのですし、少しくらいはいいでしょう? そういう意図を持って微笑みかければ、わざとらしいため息まで吐かれてしまった。とことん私のお付きの人に扮したいらしい。

 注文したお団子が来るまでの間に、私は彩様に一つ気になっていた尋ねてみた。

 

「ところで、彩様はどうして紫様の式であることを隠しているのですか? 私は一度も彩様が紫様の式であること、というよりも彩様のこと自体を聞いたことがないのですよ?」

「隠してないよ。誰にも訊かれないだけさ」

 

 そう答えながら周囲を警戒するように見回しているけれど、それは隠しているのと大して変わらない気がする。きっと、そうなのかと問えばそうだと答えるのでしょう。しかし、そもそも問うこと自体が難しい。私は紫様に紹介されたからそうだと分かるのだが、何も知らなければ問うことすら出来ないのだから。

 そのことを喋ろうとしたところで、後ろからお待たせしました、とお店の人がお団子を持ってきてくれたので、先程まで喋ろうとしていた言葉を飲み込んだ。その代わりにありがとうございます、とお店の人に礼を述べる。それと、ちゃんとお金も支払っておきましょう。

 お店の人から受け取ったお団子を彩様の前に出せば、何とも言えないとても微妙な表情を浮かべられる。お付きの人に扮していたから、受け取りづらいのでしょう。……えぇ、知りませんよそんなこと。

 

「さ、どうぞ」

「ありがとうございます、阿求様」

 

 いっそわざとらしさすら感じてしまう深々としたお辞儀付きの礼を言い、彩様はお団子を受け取って一つずつ口にした。しかし、やっぱり視線は変わらず周囲の警戒である。人間の里の外ならともかく、里の中ならそこまで警戒しなくてもいいと思うのだけど……。

 おっと、お団子で気になっていた話が途切れてしまっていた。私は途切れてしまった話を引き戻し、さらに尋ねた。

 

「同じ紫様の式である藍様は里中に知れ渡ってるではありませんか」

「そりゃ、紫様と一緒にいるところをよく見かけるからでしょ」

「では、彩様は?」

「私は大抵別の場所で別の仕事を命じられているよ」

 

 つまり、知られる機会がないのだ。だから、やっぱり問うことが出来ない。

 

「では、自ら明かすつもりはないのですか?」

「私が言っても誰も信じないよ。九尾の狐と違って、私はただの化け猫だからね」

「……むぅ」

 

 確かにそうですが、私は少しばかり気に食わないのだ。私にとって私の立場を気にせず気楽に話し合える数少ない方が、本来あるべき立場に立てずにいることが、窮屈そうに耳と尻尾を隠していることが、あまつさえ私の下にすら付いてしまうところが、どうしようもなく気に食わない。

 そうやってはしたなくも両脚をふらふら揺らしていると、彩様は失笑した。

 

「何むくれてるのさ。こんなに美味しい団子があるのにさ」

「むくれもしますよ。本来なら私が敬うべき方が私に媚びへつらっているのですよ?」

「媚びてはいないでしょ。……まぁ、もっとちゃんとした理由が必要かな?」

「あるのですか? 教えてください。私、気になります」

 

 身を乗り出して訊いてみれば、それと同じくらい身体を引いた彩様は里に目を向けながら端的に答えた。

 

「人間にとって妖怪は敵だから」

「それはっ、貴女は違うでしょう? 紫様だって、藍様だって里に認められて、許されています。それなのに……」

「そうやって安請け合いしちゃ駄目ですよ、阿求様。里のルールはそうやって簡単に破っていいものじゃない」

 

 そう言いながら、彩様は私の肩をやんわりと、しかし私の些細な抵抗を押し退けるように押して姿勢を戻した。そして、私に微笑んでから里中を警戒するように鋭く見回す。

 

「私は許されない。それに何より、私が許せない」

 

 そう呟く彩様の瞳の中では、ドロリとした何かが蠢いていた気がした。

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