夏真っ盛りのお昼頃、私は暑さに何か負けずに意気揚々と山奥へと歩いていく。目指すは迷い家からちょっと外れた場所にある廃村。そこには、私がたくさん時間を掛けて必死に集めた猫達の楽園の様なものがある。今日こそ私の言うことをよく聞いてくれるしもべを見つけてみせる! そのために、私自身もふらっと釣られてしまうほど芳しい香りを放つマタタビも持ってきた。これさえあれば、どんな猫だってイチコロのはず! そして、いつか私が藍様の隣にいられる日が来るといいな……。
「んなっ……!」
そう思っていたのに、到着したそこで見たそれに思わず目を見開いた。それは起きているのか眠っているのか、目を瞑ったまま身動き一つせずに座っている。その周りには、私がそこら中から集めた猫達がうろちょろとしていた。何匹かはその中央にいるそれによじ登り、頭の上に乗って丸くなっているのはやけにご満悦に見えた。
「……ん」
「……ッ!」
眠っていると思っていた瞼が開き、スーッと動いて私と目が合った。瞬間、身の毛がよだつ。けれど、そんな弱っちい私がバレるのはもっと惨めで、そんな自分にむかついて、必死に睨み返す。けれど、そんなみみっちい私を見透かしたような、あるいはどうでもいいとすら思っているような目で見られて、どうしようもない怒りが込み上がってくる。
紫様の式神として藍様の隣にいることとか、猫又にすらなれない一尾のくせに紫様に重用されていることとか、いつかの時にいちいち癇に障ることを言ってきたこととか、いつかの時に藍様の代わりとか言って現れたこととか、いつかの時に一泡吹かせてやろうとして返り討ちにされたこととか、そもそもそこにいるのは私が集めた猫達だとか、私が頑張ってもなかなか懐いてくれないのにどうしてポッと出ですぐに懐かれているのとか、そんなことが私に沸いた怒りを一気に過熱させていく。
私は今にも沸騰しそうな怒りのままに一歩踏み出した。けれど、その一歩を踏み出した途端にその怒りが凍えるほどの寒気を覚える。これまでは感じなかったものが吹き抜けた。ゾワリと背骨に氷が突き抜けたようだ。不気味で、気持ち悪くて、気味が悪い。その癖に、途中で足を止めるのは私のプライドが許さなくて、震える脚は怒りの所為だと自分を誤魔化しながら距離を詰める。
同族嫌悪? アレを私と同じ化け猫の括りに入れないでほしい。何が化け猫よ! 何処が化け猫よ! アレが私と同じ種族だなんて吐き気がする。同じ化け猫だからこそ分かる。伝わる。感じる。アレは私とは違うナニかだ。アレを化け猫だと認めちゃいけない。認めてしまったら最後、化け猫という種族が腐り落ちてしまう。
それなのに、これまでの私が足を止めることを許してくれない。そして、遂に私は手の届く距離まで到着してしまった。
「どっ、どうしてここにいるのよッ!」
「……ん」
「ここは私の場所だ!」
「……ん」
「ここにいるのは私のしもべ候補達だッ!」
「……ん」
「何よッ! そんな目で私を見るなぁッ!」
私を見上げる冷めた目に思わず叫んだ瞬間、猫達が散り散りになって何処かへ行ってしまう。けれど、そんなこと気にならなかった。気にしていられなかった。呼吸は荒々しく、心臓が破裂してしまいそうだった。けれど、目を逸らさなかった。逸らせなかった。逸らしたら負けてしまう。目の前のソレに、今までの私に。
そうやって必死に睨み付けていると、ソレは突然立ち上がった。顔を合わせて真っ直ぐと私を見詰めるその目は、先程とは違ってまだ生きていると思えた。けれど、それでも不気味でならなかった。
「ふぅん、そっか」
「なっ、何よッ! 分かったなら何処かに消えろッ!」
「流石に消えるつもりはないさ。けれど、まぁ、邪魔して悪かったよ。それじゃあね、橙」
「その口が私の名を呼ぶなッ!」
藍様に名付けてもらった私の名前。目の前にいたそれに呼ばれるのは癪だった。目の前にいるソレに呼ばれると穢れてしまいそうだ。
すると、ソレはわざとらしいため息と吐いてから静かに背を向けた。そして、軽く手を振りながら去っていくその背中を、姿を見ていたくなくて、私はすぐに目を背ける。
「……うぇっ……」
震えていた脚がペタリと力なく崩れ落ちる。我慢していた吐き気が込み上げてくる。けれど、口からは何も出てこない。ただただ喉がガサガサに乾いて痛い。取り零したマタタビの匂いすらも気分が悪くて何も感じない。
気味が悪い! 気味が悪い! 気味が悪い! 気味が悪いきみが悪いから私は悪くない!