私の身体を疎にして霧のように薄く薄く広げる。別に何かしたいわけじゃないし、萃めたいわけでもない。ただ、こうして空気に混じって流されるのも乙なものだと感じているだけ。こうして風に流されていると、時折気になるものが目に入る。そういう時は、ちょっとちょっかいを出したり出さなかったり。刺激が足りないと思うこともあるけれど、案外こういうのも悪くない。
夏を越えて秋になろうとしている今日この頃。妖怪の山の再支配でもしちゃおうかなぁ、とふと思い浮かんだことと一緒に今日も今日とて空気と共に流されていた。流されてもしも妖怪の山に着いたらそうするのも悪くない、と思い始めた頃、それらは目に入った。
「あんたも手伝いなさいよ。ほら、掃除してくれるのがいるんでしょ?」
「残念ながら、貴女をサボらせるために掃除をしたいわけではない、と以前言っていましたので。ここは断らせていただきましょう」
「ちっ。楽してやろうと思ったのに……。ったく、何もしないなら何でここに来たのよ」
「暇なら霊夢と親睦を深めてきなさい、と紫様に命じられたのですよ」
「暇なら手伝いなさいよ。それと、私の代わりに毎日全部掃除をしてくれるならいくらでも仲良く出来る気がするわ」
「そうですか。それならば、地道に築くしかなさそうですね」
流されて着いたのは、博麗神社の境内。そこには、私を負かした霊夢と、その前にやり合った紫の子分の彩がいた。私がここ最近気にしている奴が二人も集まっているじゃない。
このまま背後に体当たりの一つでもかまして脅かしてやろうか、と思ったのだが、その前に霊夢の視線が私に向いた。どうやら、脅かすのは失敗らしい。だから、そのまま萃まって二人の間に勢いよく降り立った。参道が揺れ、土埃が宙を舞う。
「やっ、お二人さん。お元気かい?」
「……萃香、今のあんたの所為ですこぶる不機嫌よ」
「こんにちは、萃香。私は元気ですよ」
何やら殺気立っている気がする霊夢に目を向けてみれば、箒を片手に持ち替えて空けた手にお祓い棒を握り締めて真っ直ぐと私に向けてくる。流石に何もしてないのに手を出される謂れはない。
「ちょっとちょっと! 今日の私は何もしてないよ?」
「私が掃いたのを丸ごと撒き散らしてくれたわね。あんたの所為で最初からやり直しよ。私はあんたらに付き合ってられるほど暇じゃないってのに、まったく……」
「何だ、そんなこと? それなら、暇になれば相手してくれるってことよね」
そう言いながら、私は境内の塵芥を足元に萃めて小さな山にしてやった。掃除で暇じゃないんでしょう? だったら、これであんたは暇になる。
出来上がった小さな山を見下ろした霊夢と、露骨に上機嫌な表情を浮かべる。ほら、やっぱりね。お祓い棒を仕舞い、近くに置かれていたちりとりにさっさと掃き入れていく。
「いやー、助かったわ。便利ね、あんた。これからも頼みたくなるわ」
「次回以降はお酒と気分で要相談かな? さ、これで暇になったでしょ?」
「それじゃ、お茶でも飲んでく?」
そう言うや否や、私の返事も聞かずにさっさと神社の中へと行ってしまう。……ま、お茶の一杯を貰うのも悪くない。それよりお酒が欲しいけど。
そんなことを思いながら霊夢の後を追って神社に向かおうとしたけれど、ふとさっきから黙っていた彩のことを思い出す。そのまま彩に顔を向けてみれば、何事もないように私のことを眺めていた。一点を見詰めるのではなく、まるで俯瞰するように捉えている。
……これはほんの悪戯心だ。当てるつもりはない。当たる寸前で止めるつもり。驚いて跳ねたところを笑うくらいの気持ち。私と彩の間の距離は二歩で詰められる。その短い距離を大きく吹き込む一歩で一気に詰め、軽く握った右手を一気に突き出す。が、彩はその前に拳の軌道上から身体を逸らす。……あぁ、やっぱりそうだ。見えている。
当然、避けずとも当たらないところで拳を止めた。しかし、彩は怪訝な目付きで私を見遣る。ま、当たり前だ。
「これは何のつもりでしょうか?」
「いや、ちょっと驚かそうとしただけー。霊夢には失敗しちゃってたからね」
「そうですか」
彩は私の動きが見えている。そうだ。あの時も、見てから、話し合い、意見をまとめ、ようやく躱す。それが出来てしまう。ハッキリ言ってしまえば、たかが化け猫が持てる敏捷性からは明らかに逸脱している。紫の子分なだけはあるのかもしれない。
そう思いながら、止めていた足を再び動かす。そうすると、自然と彩も私の横に付いてきた。
「なぁ」
「何でしょう?」
けれど、私が気になっていたのはそれだけじゃなかった。
「あんたさ、窮屈じゃないかい?」
「窮屈、ですか」
「そう。出せるはずの力を出せない。出させない。そんな風に無理矢理押し込められた生活は苦痛じゃないかい? 私はもっと自由になってもいいと思うけど」
「特にそうは思いませんよ。それに、今の私は紫様の式神ですから」
「……ふぅん、そうかい。つまんないの」
その答えに彩への興味が少し薄れるのを感じながら、私は霊夢が淹れてくれるであろうお茶のことを思う。……うん、やっぱりお酒のほうが欲しいな。いっそ、お茶で割っちゃおうかなぁ。