夜を止めてでも
満月が夜空を照らす中、表のは庭に出て一心不乱に動き回っている。静止から動き出すまでの瞬発力、そこから最高速度に至るまでの加速力、頭で思い描いた動きを身体の動作で描ける正確性などなど。この空いた時間を使い、地道に訓練してはこの身体をほんの僅かずつでも強くしようとしているらしい。ご苦労なこって。
『これから何があるのかしら?』
『さぁ? けれど、起きてろってことはいつも通り留守番じゃない?』
今日の昼頃、紫様にそう命じられた。詳しい内容は後で話すってさ。とは言うものの、あともう少しで日を跨ぐ頃である。いつになったら詳細を話してくれるのやら……。はぁ。
まぁ、ここ最近は不思議と眠くない。だから、起きていろと言われてもさして問題はないのだ。とはいえ、活発に動き回るようなハイテンションな感じではないし、疲労がピークに達した時の謎のテンションに見舞われることもない。屋根の上で座って静かにしていたい気分だ。まぁ、私は代わりに内側でのんびりしているのだけど。
「彩」
「ん、紫様か」
そんなことを思い返していると、表のの目の前にスキマが開いて紫様がぬるりと出てきた。ほぼ最高速度からの急停止。……あの時を境に、前よりよくなってしまってるんだよなぁ。経験ってのは、時に呆気なく変えてしまうものだ。はぁ。
……ま、それはもういいや。それより、ようやく話してくれる気になっただろう紫様のほうを気にしよっか。
「これから私達で博麗神社へ向かうわ」
「そうかい。じゃ、俺はここで留守を請け負えばいいんだろう?」
「何を言ってるの? 貴方も一緒にに決まってるじゃない」
「……はぁ?」
……今、なんとおっしゃいました? まったく、私ったら変な聞き間違いをしてしまったかもしれないなぁ。そう思いながら、私は周囲を見回す。単純に同意が欲しかった。
『聞き間違いではないですよ』
『そこは馬鹿正直に言ってほしくなかった!』
『事実は変わりませんので』
『まぁっ! 今回は留守番じゃないのね。珍しいこと』
『やったー! 楽しいことがあるといいなー!』
『ハッ、どーだか。面倒事押し付けられるだけかもしれねーぜ?』
『紫様の命じられたことならば、それが私の仕事ですから。たとえ楽しくても面倒でも、ちゃんと成し遂げましょうね』
『……ま、出たいのが出ればいいと思うよ、うん』
わざわざ私が出る必要はないだろう。うん。何かをするなら、他のが明らかに私より出来るのばかりだしね。
ぐでーっと楽な格好をしながら表の様子を見上げていると、紫様の横のスキマがグワッと広がり、そこから藍が歩いて出てきた。キリッとした真面目な表情から察するに、藍も当然のように同行するらしい。分かってたけどさ。はぁ。
「さ、行くわよ」
「彩、行くぞ」
「別に構わねぇけど、こりゃまた急だな……」
案の定、表のも理解がいまいち出来ていないらしい。そりゃそうだ。こういう時、私はとりあえず留守番が常だから。
しかし、二人は待ってくれることなく、表のは背後に開かれたスキマに放り込まれてしまった。それはもう、ヒョイと軽々持ち上げられてポイである。
「うげっ!」
そして、気付けば畳の上に投げ込まれていた。咄嗟に受け身を取ってはいたものの、結構いい音が部屋に響く。きっと、博麗神社なのだろう。そして、近くに誰かがいるのが見えた。……もしや、彼女はまさか……!
「ッ! 曲者ッ!」
「うおっ!? 危ねぇ!」
悪い予感は当たるものだ。飛び起きた霊夢が表のに向けて投げつけた掛け布団を転がって避け、続く霊力弾をその場でヒョイヒョイ躱していく。寝起きだというのにこの勢いである。流石は博麗の巫女、なのだろうか?
そんな中、表のが通った隙間から紫様と藍が出てくる。それに気づいた霊夢の攻撃の手がようやく止まったのだが、表のはよく当たらずに済んだものだと褒めたい気分だ。
「紫に藍まで? よく見れば、曲者は彩じゃない。あんたら集まって私に何の用よ?」
「霊夢、寝ている暇はないわ。今すぐ出るわよ」
「はぁ?」
「こんなあからさまな異変が起きているのに、貴女はよくもまぁ寝てられるわね。今もなお、偽りの月が昇っているというのに」
へぇ、あの満月って偽物だったんだ。だから何だ、と問われても私は特にどうとも思わないのだけど。
紫様にそう言われた霊夢は障子を開いて夜空を見上げる。そして、頭をガシガシと掻き毟った。
「その異変、夜が明ける前に解決出来るかしら?」
「こんな異変、夜を止めてでも今夜中に解決させるわよ」
……えぇ? 紫様、夜を止めるんですかぁ? それはそれで異変な気がするんですけど……。