偽りの月が夜空を照らす下、表のは藍の隣を併走している。飛んでるけど。藍の前には紫様がいて、そのさらに前には霊夢がいる。進む先は霊夢にお任せらしい。紫様がそう言ってた。
周囲がなんだかちょっと明るくなったり暗くなったりしているなぁ、と思いながら表を見上げていると、表のは前方から隣を飛んでいる藍に顔を向けた。
「なぁ、藍よ」
「何だ、彩」
「文句ってわけじゃねぇが、何があって急に俺も連れてくなんぞ言い出したんだ? 今までと違ぇだろ」
「さぁな、私も何も聞かされていない。だが、予想なら出来る」
「へぇ、どんなだ?」
「今回の異変の相手は、月を挿げ替えてしまえる程の存在だ。きっと相手は強大だろう。もしかしたら、紫様でも苦戦を強いられるかもしれない。手札が少なくて困ることはあれど、多くて困ることはない。そうは思わないか?」
藍の予想を聞いた表のはそれで納得したように頷いている。何を思って頷いているかは知らないけど。手札ってのは私達式神の事か。数が多くて損はない、ってことかねぇ?
『何事もなしに黒幕まで無事到着、ってわけにはいかないよねぇ』
『でしょうね』
ま、私が藍の予想を聞くと、霊夢と紫様の消耗を抑えるために道中の邪魔者を相手にする捨て駒になりそうだなぁ、と思うのである。相手が強大なら、ただの化け猫である私は足手纏いだろう。手札が多くて損はなくとも、重りになるなら困るだろう。
ま、別にいいや。私が気にすることじゃあない。命じられたならそれでいい。
「ちょっとちょっとちょっと! さっきからこの私を無視するなんていい度胸ね!」
「……あら、いたの?」
「夜は虫が多くて嫌よねぇ」
なんてことを考えていたら、さっきから周りでチカチカしていたのが霊夢の目の前に出てきた。ほら、やっぱり何か出た。見た感じ、虫の妖怪かなぁ? 無視して通り抜けたいんだけどね。虫だけに。けれど、相手は何だかやる気満々ですし、そうは言ってられないだろう。はぁ。
表のは黙って虫の妖怪を見詰めている。虫妖怪が何かしてくれば、きっとすぐに前に出るつもりなんだろう。まぁ、虫相手に負けるほど弱くはないはずだ。相手の数に寄るけど。流石に五万と湧く羽虫の殲滅は厳しいからね。そういうのは蚊取り線香の方が優秀だ。
「彩。面倒だから、これの相手をして頂戴。終わったらすぐ伝えればいいわ」
「はいよ、紫様」
なんてくだらないことを考えていたら、案の定虫妖怪の相手を任されることとなった。表のが命じられるままにサッと虫妖怪の前に躍り出ようとした時、その肩を紫様に捕まれた。
「まだ何かあんのか?」
「余裕があるなら、二つ三つ表に出なさい」
「はぁ? そりゃまたどうして?」
「流石に九つ出ろとは言わないわ」
それだけ言うと、紫様は表のの背中を押して虫妖怪の前に突き出した。その隙に、霊夢達を連れてさっさと何処かへ行ってしまった。……なんてこと命じやがった、紫様よ。それと、さっきの答えは理由になってないぞ。はぁ。
「あーっ! 逃げられた! 無視されたーっ!」
「そうかい。ま、悪く思うんじゃねぇぞ」
表のはそう言いながら、両手の爪を伸ばす。そして、虫妖怪に肉薄して右腕を横薙ぎに振るった。が、爪に引き裂かれる前に真上に飛んで躱されてしまった。
「やったな! 蛍符『地上の流星』!」
攻撃されたことを認識したからだろう。虫妖怪は表のに向けてスペルカードを宣言した。命名決闘法案の開戦である。お互いにルールについて詳しく明言してないので、基本であるスペルカード三枚と被弾三回のルールだろう。
表のは青く輝く弾幕の隙間を余裕綽々で切り抜けている。妖力弾を伸ばした爪で引き裂かないあたり、相手はそこまで強くないと思う。引き裂くってことは、普通じゃ避けられないってことだから。……つまり、だ。私は内側を見回しながら一声掛けた。
『……はい、集合』
『何かしら?』
『二つ三つ出ろってさ。余裕そうだし、どれか出る?』
『はーい! はーい!』
『俺だ!』
『そっか。じゃあ、話し合って決めてね』
そんなことを言っているくせに、私はそんな風に挙手出来る方が納得出来ない。……あの時、九つ揃えてしまったせいだろうか? ハードルが下がってしまったのだろうか? もしそうなら、全部私の所為だ。はぁ。
いくつも表に出るってことは、それだけの力を引き出すってことだ。一つで一尾ってことは、二つで二尾であり、三つで三尾である。九つじゃないから、九尾じゃないから、二つ三つくらい平気だろうって? そんなことはない。二つも三つも変わらない。お互いの動きが合えばそれ相応の力になるのだが、動きがズレれば互いに阻害し合うだけなのだから。……どの口が、と私を嗤う私がいる。そんな声は聞こえない。聞こえない。
「おいおい、手抜きしてるならもっと出してくれてもいいんだぞ?」
「言ったね! それ相応の覚悟があるってことでいいのね!?」
「どーん!――邪魔するぜ――うおっ?」
「えぇ……。なんか気持ち悪……」
嫌なことを考えている内に、さっき手を挙げていた二つが表に跳び出した。虫妖怪のスペルカードが途切れた瞬間を選んだだけよかった、と思っておこう。……え? 直前まで威勢よくしていた虫妖怪に引かれてる? そんなもの、わざわざ気にするようなことじゃないよ。うん。
『……何考えてんだろ、紫様は』
まったく、紫様は私に何を求めてあんな命令をされたんだか。はぁ。