表に三つ出た瞬間にドン引きした虫妖怪だが、どうやら命名決闘法案に支障はなさそうである。これといって変わった様子はない。動揺が弾数が減る方向に作用すれば大歓迎だったけれど、我を忘れられて無茶苦茶になるよりはマシかなぁ。プラスマイナスゼロ。悪くない。よくもないけど。はぁ。
「よーしっ!――ちょいと待――っぶねー!」
……ただし、こちら側は大きく様変わりしてしまっている。主に悪い方向で。
いつも通りに無邪気に駆け回って弾幕を避けようとしたのだろうが、その場から極力動かず最小限の動作で躱そうとしたのと噛み合わず、咄嗟に右腕に妖力を込めて被弾寸前で引き裂く始末。……当然だ。これまで息を合わせて一緒に、なんて碌にやってこなかったのだから。そんなことする意味がなかったし、必要もなかったから。
「よく分かんないけれど、調子悪いみたいね!」
「あーん!?――落ち着けって」
「畳み掛けてあげる! ここで一気に決めてみせるわ! 灯符『ファイヤフライフェノメノン』!」
そんな表のを見た虫妖怪は調子に乗って二枚目のスペルカードを宣言してきた。虫妖怪から翠色に輝く妖力弾が周囲に広がっていく。うげっ、よりによって全方位隈なくばら撒くタイプ。もしも表のを正確に狙ってくれたのならば、弾幕の速度よりも速く動き続けるだけで避けられて簡単なのに……。
そんなことを思いながら表を眺めていると、表のはその場に留まった。そして、ぎこちなく右腕が上げられていく。ほら、いまいち合っていないよ。そりゃそうだけどさぁ。はぁ。
「ここで躱――まとめてぶっ飛ばしてやるッ!――おー!――はぁ?」
キチンと弾幕を躱そうとしたのが一ついたのだが、そんな意見は多数決で否決されてしまったらしい。残念ながら。まぁ、私でもそうしてると思う。だって、正確な動きなんて出来るはずがないのだから、出来る限り単純な動きで済む方がいい。
三つ分の妖力を込められた両腕が淡く輝き出す。ふぅん、どうやら三つの意見が噛み合ったらしい。その妖力が具体的にどの程度かは知らないけれど、今表に出ている火力特化の一つが全力でやっても出せなさそうな程度には込められている。端的に言ってしまえば三尾相当なのだろう。
「爪符『スーパーメガスラッシュ・ドライ』ッ!」
宣言と共に右腕が真一文字に薙ぎ払われる。そこから放たれた爪撃は、表のと虫妖怪の間に存在した弾幕を全て飲み干してもなお衰えることなく突き進む。うわぁお、結構弾数あったと思うんだけど。それでも問題なしですか……。
「うわぁっ!?」
「そら! もいっぱあぁーつッ!」
「えぇ!? ぎゃふんっ!」
驚愕して後退った虫妖怪が咄嗟に避ける先を先読みしていたらしく、下に避けていった虫妖怪に向けて左腕が振り下ろされた。さらなる追撃に目を見開いた虫妖怪がそこでピタッと身体を硬直させてしまい、巨大な爪撃の中に飲み込まれていく。……大丈夫かなぁ? ま、いいや。別にどうでも。
息さえ合えば問題ないんだろうけどなぁ……。そんなのは稀だ。しかも、数が増えれば増えるほど合わなくなっていく。それなら、最初から一つだけでいい。ほら、強くある必要なんてないのさ。生きるために、強くある必要なんてあるかい? ないね。
『気分が悪そうですね』
『最高に最悪だよ』
『そうですか』
……なぁんて、自分に言い聞かせる。過去を否定して贖罪でもしたいのかしら。私も私が分からない。はぁ。
「おーい――大丈夫か?――あーあ、伸びてら」
「きゅー……」
そんな浮かない気分で表を見上げてみれば、どうやら虫妖怪はクルクル目を回して気絶してしまったらしい。なんだ、問題なくてよかった。……え? 気絶させたくせに問題ないはおかしいだろって? 生きてるんだ。死んでない。なら問題はないでしょう? 多分ね。
『ちょっと行ってきますね』
『あー、うん。いってらっしゃい』
そんな痛々しい虫妖怪を見ていてもたってもいられなくなったのが一つ、颯爽と表へと飛び出していった。多少見え隠れしている擦り傷なんかを癒すつもりなのだろう。ま、私がどうこう言っていいことじゃない。勝手にやってて。
さーて、虫妖怪は無事撃退出来たわけですし、紫様に通信しないとなぁ。はぁ。