「なぁんだ。貴女は何にも聞かされていないのねぇ」
「そうね――紫様は何も言わずに私を連れて出たので」
「あらぁ、大変ねぇ」
どうやら、幽々子も偽りの月に異変を感じたらしく、妖夢を連れてわざわざ冥界から出てきたらしい。そして、紫様なら何か知ってると思ったそうな。つまり、紫様の式神である私から訊き出せれば手っ取り早いだろう、と。まぁ、残念ながら紫様が何か知っていたとしても、表のが言っている通り私は何も聞かされていないのだ。知ってるのかなぁ、紫様?
……まぁ、私としては夜を止めているほうがよっぽど異変な感じがするんだけどね。大丈夫なのかなぁ、紫様?
『さて、そろそろ通信しよ』
表のが幽々子達と他愛のない会話を繰り広げているうちに、私は紫様に命名決闘法案が終わったことを伝えるとしよう。
『ちょうどいいところに来たわね、彩。妖夢との命名決闘法案は済んだのかしら?』
『はい。先程終わりましたよ』
『なら、すぐにスキマを開くわ。場所は大して動いてないわね?』
『えっと……、はい。そこまで移動していませんね』
『それじゃあ、すぐに来て頂戴』
『は?』
それだけ言って、紫様に一方的に切られてしまった。そんなに急がなければならない用があったのだろうか? けれど、私が必要になるようなことってあるか? ……いまいち思い付かない。まぁ、いいや。とりあえず命じられたわけですし、さっさと熟すとしましょうか。
私は表へと浮かび上がり、表に出ている二つを内側に引っ張り込んだ。会話の途中だったけれど、悪いが優先度が違う。
『んもう、急に何よ?』
『突然ですが、何かあったのですか?』
『紫様がすぐに来いって。近くにスキマを開くってさ』
『あら、そうなの? じゃ、後はよろしくね』
『えっ』
そう言われると共にドンと背中を押され、私は表に押し出された。身体は特に痛くない。けれど、目の前では幽々子と妖夢が会話が急に止まった所為で首を傾げている。……うへぇ、申し訳ない。
「あー、あのですね」
「あら、戻ったねぇ。それで、庭の剪定のお話なんだけど」
「すみませんが、紫様に呼ばれたんでまたいつかにしてもらっていいですか?」
謝罪の気持ちを込めて頭を下げつつそう言うと、私のすぐ隣でグアッとスキマが開いた。それを見た幽々子は私の状況を理解してくれたらしく、妖夢を引き連れてふわりと浮かび上がっていった。
「そう、残念ねぇ。それじゃあ、紫に伝えておいてくれないかしら? 私達は勝手にやらせてもらう、って」
「分かりました。伝えておきますね」
「彩さん! また今度、私とちゃんと手合わせをしてくれませんか?」
「えー……。まぁ、暇があったらね」
別のが。当然、私はやらん。私なんかよりよっぽど好戦的なのがいくつもいるからね。
上へ上へと浮かび上がっていく二人を見上げて手を振り、二人が背中を向けてすぐに私はスキマに目を向けた。さて、行きましょうか。何があるのやら、と思いながら、私はスキマを潜り抜けた。
「わざわざ私が手を出す必要はないわ。式神『八雲彩』」
「……はぁ?」
出てみたらそこは命名決闘法案の真っ只中であった。しかも、どうやら私はスペルカードらしい。手札ってそういう意味かよ、藍。
「八雲、彩だと? そんな式神がいたのか!」
「えっと、紫様。何がなんだかサッパリなんですが」
「そんなことは今はどうでもいいわ。もう始まってるのよ。相手はあの半獣。さぁ、貴女の力を見せつけなさい!」
どうしてそれをよりにもよって私に言うんだ、紫様よ。私には見せつけられるようなことが何もないというのに。あぁ、今すぐ他のに代わりたい……。
そんな私の思いが伝わっていないのか、はたまた伝わっていて無視されているのか、私は紫様に背中を押されるままに前に出る。えっと、命名決闘法案の相手はあの厳格そうな表情の半獣か。バカスカ弾幕を撃っているんだけど、あれって被弾してもいいのかなぁ? だって、今の私は飽くまで紫様の式神という道具として参戦させられているわけだし。……まぁ、当たらない方がいいだろう。多分。
ふと周りを見回し、藍がいないことに気付いて思い切りため息を吐いてしまう。……代わりに藍を、って言うのも駄目ですか、そうですか。はぁ。
「あーあ、しょうがないなぁ……」
そう独り言ちながら、私は右足の裏に結界を張る。そして、それを柱のように勢いよく伸ばして突進する。両手の爪も伸ばしているのだが、まともに使えるくらいの長さになるまでにはあと数秒は必要だろう。結界で充分な速度を得たところで、思い切り跳び出す。踏み出した衝撃で結界が砕け散ったが、最初から踏み台として使っているのだ。気にする必要はない。
さて、標的はもちろん半獣。被弾しそうな妖力弾は右から二つ、左に一つ、正面に三つ。正面の妖力弾は右手から妖力弾を拡散させて放って打ち消し、左の妖力弾は左手の中途半端に伸びた爪で引き裂き、残る右の妖力弾は身体を右に大きく捻じってどうにか回避する。伸ばし途中で柔かった左手の爪が途中で折れてるし、右の妖力弾は服を僅かに擦った気がするけれど、あまり気にしないでほしい。
さぁ、目の前には目を見開きながら後退しようとしている半獣。けれど、結界で押し出したこともあって私のほうが早そうだ。回避のついでに身体を右に捻ってあるから、右腕を振るうには十分だ。爪は未だに伸び切っていないが、ここまで近付けば問題なかろう。
「そらぁっ!」
「おっと、安直だな」
あ、躱された。割と余裕綽々に。ま、いいや。私なんてこんなものである。けれど、とりあえず跳んでいくすぐ先に結界を張って、跳ね返るように跳ぶくらいはしよう。
「うぇっ?」
そう思っていると、身体が急に加速した。え、何が起きてるの? ……あぁ、どうやらどれかが表に出てきたらしい。いくつも重ねられた身体強化の妖術から察するに、隣のはここで半獣を仕留めるつもりのようだ。相変わらず、殺意マシマシである。
「殺さないでよ?――ふん」
私も隣のに合わせて身体強化の妖術に妖力を流す。その影響で身体がさらに加速する。一切の無駄を排した隣のの動作にどうにか合わせて結界を蹴り飛ばし、半獣の背中を全力で蹴り飛ばした。
「ぐはっ!?」
おぉう、結構いい当たり。背中が思い切り逆に曲がってるけれど、死んじゃいなさそうだし大丈夫でしょう。きっと。