「くっ、どうやら私の負けのようだな……」
そう悔し気に言いながら、半獣は背中を押さえてふらふらと起き上がる。何かよく分からないけれど、さっきの蹴りが最後の一手だったらしい。脚だけど。
あと、気付けば隣のは仕事は終えたと言わんばかりにさっさと内側に戻ってしまっている。酷い、私も戻りたかった。まぁ、表を空にするのはあまりよくないのでしょうがないけれど。はぁ。
私がそそくさとこんなところに呼び寄せやがった紫様の元に戻っていると、霊夢が半獣に思い切り詰め寄り始めた。何? あの半獣、偽りの月の黒幕なの?
「さぁ、さっさと人間の里を元に戻しなさい!」
「戻しても大丈夫よ。最初からここの人間と貴女に興味なんてないわ」
ありゃ、違うのね。けれど、人間の里を戻すとは? その言葉を聞いて改めて周囲を見回してみれば、確かに人間の里がない。おかしいなぁ、ここら辺にあったはずなんだけど。阿求のお屋敷とかがなくなるとちょっと困るんだけど。暇潰しの場所がなくなるから。……まぁ、いいや。
なんて思ってたのに、まるで霧が晴れたかのように人間の里が浮かび上がってきた。うわ、あるじゃん。なんだ、見えないだけでなくなったわけじゃないのね。これなら阿求も死んでいないだろう。よかったよかった。
「お前達が人間達を襲おうとしていないのは分かった。じゃあ、何処に行こうとしているんだ?」
「あっち」
「こっち」
どっちだよ。紫様と霊夢はまるで真逆を指差し合っている。酷い有様だ。私? 決まったらそっちに付いていくだけだよ。
「……あー、異常な月の原因を作った奴なら、そっちだぞ」
そっちかよ。しかも、若干頬を引きつらせた半獣が指さした方向は二人とまるで違う場所である。酷い有様だ。私? 決まったからそっちに付いていくだけだよ。
二人のそっちは七十度違う、あんたは百十度違う、と正直五十歩百歩な気がする言い争いを聞き流し、私はその場で黙って待っている。こういう時、横槍を挟んだら矛先がこっちに向きかねないからね。藪に棒を突く必要はない。まぁ、すぐ終わるだろう。多分。
「八雲彩、でいいのか?」
「まぁ、そうですが。何か?」
なんて思っていると、人間の里を隠した半獣に声を掛けられた。興味を持たれるようなことあったかな? ……紫様の式神ってことくらいかな。
「お前みたいな式神もいたんだな。あの賢者の式神と言えば藍くらいだと思っていたものだから」
「別に隠れてるわけじゃないし、隠してるわけでもないよ。ただ、知られてないだけさ」
「そうか。それじゃあ、いいことを知ったな」
いいこと、ねぇ。私の事ってそんないいことか? ま、いいや。別にどうでも。
それっきり、半獣は口を閉ざす。正直、会話が途切れてくれてホッとした。命名決闘法案の途中でいきなり出された身としては、この半獣に対して会話のネタがまるでない。これ以上話しかけられても困るのだ。
それから一分足らず。未だに霊夢と言い争いしている最中に紫様がスキマを開き、そこから藍が現れた。ちょっと服に傷が見えるあたり、誰かとやり合っていたのだろう。傷がスッパリと切れているから、鋭利なものを得物にしてる相手だと思う。ま、済んだことだ。どうでもいい。
「紫様、ただいま戻りました」
「遅いわ、藍」
「申し訳ございません」
「ちょっと、あんたの方がズレてたってこと誤魔化してるんじゃないでしょうね?」
「貴女がしょうもないことを言ってる間に刻一刻と月が沈んでいくのよ。さ、急ぐわよ」
「ほら! またそうやって誤魔化す!」
いや、先に言い始めたの紫様なんですが。……ま、いいや。何はともあれ終わったみたいだし。
二人が半獣の指差した方向へ飛んでいくのを見て、私も浮かび上がる。そのまま飛んでいく前に、私は一度振り返って半獣に軽く手を振る。なんだか別の意味で疲れている表情で肩を竦めながら手を振り返された。まぁ、頑張れ。応援だけはするよ。心中で。一回くらい。
「行くぞ、彩」
「はいはい、藍」
そう言って、私はわざわざ待ってくれた藍に付いて飛んでいく。別に置いていってくれても構わないのに。むしろ、置いていってくれれば楽なのに。まぁ、置いていってもスキマで引っ張ってきそうだ。はぁ。
先を行く二人を追いかけるように飛んでいる最中、私は何となくさっきの命名決闘法案でいなかった理由を問うことにした。別に、あの時藍がいてくれれば私がスペルカードになることはなかった、とか思っての事じゃないよ? 本当だよ?
「さっきまで何処行ってたの?」
「彩と別れてすぐ、夜雀と遭遇してな。それを任されたのだ」
「ふぅん。それだけ?」
「いや、その後すぐに吸血鬼とその従者に鉢合わせてな。この偽りの月を紫様の仕業では、と勘繰ってきたから追い返していたのだよ」
「あら、そりゃ災難」
服の傷はそれが理由か。レミリアの従者の咲夜はナイフ持ちだし。私と同じように二連戦、しかも相手が吸血鬼達となれば私より遅れるのも仕方ないか。
けれど、仮にも九尾が人間相手に傷つけられたのか、と少し意外に思いながら服を見ていると、藍に肩を竦められた。
「意外か?」
「まぁね。たかがナイフ投げでスッパリいかれてるのはさ」
「従者は時間を操る能力を持っていてな。少し苦戦したんだ」
「へー、時間をねぇ。そりゃ凄い。何処まで出来るの?」
「私が見たところ、減速と加速、それと停止だな」
「そっか」
そんなもんか。