「紫様のところに行くよ――ん」
なんかふらついてる藍のことは確かに心配だけど、それよりも私の安全の方が重要だ。そう思いながら、私は隣のと共に走り出す。お互いに動作を合わせようとしているようにちょっとちぐはぐな感じがするが、その場でコケるほどじゃない。
紫様の後ろで立ち止まると、紫様が振り返った。止まるのがちょっとズレてつんのめり、コケそうになったところは見逃してほしい。
「どうしたの?」
「大丈夫でしょうか?」
「私が? 霊夢が? それとも藍がかしら?」
「分かってて訊かないでください」
わざとらしく笑いながら私に問う紫様をジロリと睨みつける。威圧感皆無だろうけれど。
「どうやら、あの月の兎の紅い眼は狂気を操る力があるようね。藍はそれをもろに受けちゃったみたい」
「……つまり?」
「問題ないってことよ」
「どこがよ、どこが。見るからにフラフラじゃない」
霊夢が指摘しているように足元が覚束ないのも気になるだけど、私としては弾幕がえらく不規則な方が気になるのだ。あそこまで来てしまうと、スペルカードとしてはむしろ不規則性を前面に出した方がいい気さえしてくる。
さて、そろそろ藍のスペルカードが時間切れだ。藍が自力で戻ってこれるかどうかは分からないけれど、おそらく霊夢は時間切れと同時に飛び出す。猛禽類のような鋭い目を見れば誰だって分かる。あれは狩る者の目だ。きっと勝利をもぎ取ってくるだろう。博麗の巫女ですし。
まぁ、何を考えようと私なんかに出来ることはないだろう。紫様の背後で待つのが私の出来ることだ。うん。そう思って無関心を決め込むために壁に顔を向けて木目の一点を見詰めることにしたのだが、そんな私の肩に何故か紫様の手が乗せられる。
「彩。貴女も行って霊夢の援護をしなさい」
「……本気で言ってるんですか?」
「今までに私が嘘や冗談を言ったことがあったかしら」
「腐るほど」
本心で答えたら何とも言えない目で見下ろされた。……あ、無関心決め込むって思ってたのに反応しちゃったじゃないか。これだから私は中途半端なんだ。はぁ。
まぁ、命じられてしまったのだ。しょうがない。話を聞いていたらしい霊夢の視線が私に突き刺さる。そんな目で見ないでほしい。今の私は一応味方なんだから、狩る対象じゃないよ。
「あんたも来るの? 足引っ張るんじゃないわよ」
「むしろ引っ張ってくれないと困る。さ、行くよ――ん」
ここで時間切れ。さて、嫌々ながら出陣としましょうか。はぁ。
素早く藍の真横を通り抜けて前線へと飛び出した霊夢の遥か後ろ、私はとりあえず藍の肩を支える。なに、戦うだけが援護じゃないさ。こうして戦後処理をすることだって立派な援護だよ。多分。
「大丈夫かな? おーい」
「……大丈夫だ、とは言えんな。悪い酒に酔わされたような気分だ。よく見えんし、聞こえん。お前こそ大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ。当たり前でしょう?」
そう言って苦笑いを浮かべていると、すぐ隣にスキマが開いた。意図を察し、私はふらつく藍をスキマに押し込む。これで戦後処理は終了かぁ。次は霊夢の援護ねぇ……。無理があるでしょ。
「何が出来る?」
そんな言葉が思わず漏れ出る。出したところで意味なんざないだろうが。きっと誰も答えてくれやない。
「出来ることをしましょうか――出るんかい。答えるんかい」
唐突に新たに出てきたのに思わず突っこみながら、兎の零れ弾を横に跳んで躱す。着地がうまくいかず、しかし四肢を床に立てて対処。人型になると猫のように四足歩行はしにくいから、すぐに立ち上がるけれどさ。その際に迫る妖力弾は結界を張って防御。そのまま貫かれるのでは、と思ったけれど、案外ひびが入っただけでどうにかなった。
「とりあえず、霊夢の元まで――そうですね」
結界を消すと同時に走り出し、霊夢の背後に滑り込む。ちょっとでいいから盾になってほしい。
「何しに来たのよ!?」
「そりゃあ、一応援護だよ。命令だし」
「じゃあ、魔理沙の時みたいにドカンと出来ない? あれなら楽でいいじゃない」
「無理ですね――そんな妖力はない」
「役立たずね!」
そう言われましても。あれは飽くまで藍から妖力を譲渡してもらった結果でしてね。私一つや二つでどうにか出来る規模じゃないんです。それに、そんなもの撃ったら火災炎上待ったなしだ。悪いけれど諦めてほしい。
じゃあ、代わりに何が出来るかな? 出来ることなんてない私に、何か出来ることがあるだろうか。いや、ない。出来ることなんて最初からなかったんだよ! ……自分で言ってて悲しくなってきた。はぁ。
「ありますよ」
なんて思っていたのに、隣のはあると断言する。さっきから私に何を期待しているんだ。
瞬間、右手に何かを感じた。……え、この妖術使うの? もしかしたら埃拭きに使えるかもくらいしかならないこれを? ……まぁ、いい。私よりも隣のが真面目に考えた答えの方が信用出来る。
「いいの?――問題ありませんよ――あ、そう。重符『平身低頭・参式』」
宣言と共に妖術を発動する。瞬間。私は膝から崩れ落ちた。そこら中に飛んでいた弾幕も一斉に軌道を下に変え、床に墜落していく。両手を使って立ち上がろうとするけれど、身体が嫌に重苦しい。
「ぐ……っ!? 何よ、これ……?」
しかし、こんな無様な姿をさらしているのは私だけじゃない。向かい側にいる兎も、両肘両膝を床に押し付けて頭が床すれすれまで落ちている。
そりゃそうだ。ここら一体の重力を思い切り増やしたんだから。加重力の妖術。私一つだと埃が舞わなくなって便利かもしれない程度だが、ここまで面倒な重力になるとはなぁ……。
「急にどうしたのよ、あんたら。ま、いいわ!」
そう言って、何故か霊夢は何も変わらず兎に突撃していく。まさか、影響がない? 具体的に何倍になったか知らないけれど、何の問題もなく動けるなんてどんな人間だよ。
「霊夢は最初から重力から解放されているようですから――なんじゃそりゃ――空を飛ぶ不思議な巫女は伊達じゃない、ということですよ」
まぁ、いい。霊夢を巻き込まないならそれで。私に課された命令は霊夢の援護だから。
ただ、まぁ、一つくらい言わせてもらおうか。藍のためにも。
「やっぱり、月って大したことないわね」
そう言って嗤う。月が狂気に支配されているのなら、地上は重力に支配されている。逃れられない時点で、どの口が言う?
私の言葉を聞かされた兎の悔しそうに歪んでいるであろう顔すら見ることが出来ない。何故なら、既に顔が床に沈んでいる。そのままデスマスクでも作りたいのかい? なぁんてね。
後はお任せですよ、霊夢。ここは貴女の独壇場だ。そう思いながら、早く勝負が決まることを願っていた。