それからすぐ、重力に捕らわれた兎は重力から解放されている霊夢に成す術なく叩き潰されることとなった。弱い者いじめでもしてる気分にでもなったのか、ほんの一瞬だけ霊夢の表情が暗くなった気がしたが、それは私が気にすることじゃない。私は無様に地に伏しているが、紫様の命じた通り援護はした。それでも私が何か言っていいとするなら、楽に済んでよかったじゃないか、とだけ。
「ま、こんなもんね」
「終わりましたか?――ならさっさと解きたいんだけど。重いから」
「そうね、もう終わったわ。何してたか知らないけど、解きたきゃ解いていいわよ」
そう言われ、私はすぐさま加重力の妖術を解除した。鉛の如き重さだと思っていた身体が羽根のように軽くなる。まぁ、急激な変化でそう感じているだけだが。すぐに元の重力に慣れるだろう。
私はボーッとしている隣のを引きずるようにしてでも無理矢理立ち上がり、ふーっと肺に溜まっていた息を吐く。
「あのさー――何でしょう?――私、戻っていい? というか戻る。半獣、魔理沙、そして兎。三つだ。私、三連戦。疲れた。休みたい――構いませんよ。ちょうど紫様と話したいことがありますので――そりゃよかった」
「まだ終わって、ないッ!」
ようやく休める、と思った矢先。床から這い上がった兎が叫ぶ声が響く。思わず目を向けてみればその姿は酷くボロボロなのだが、その狂気を孕んだ紅く瞬く瞳が私を射抜く。
……何? そんなに睨まないでよ。さっさと負けを認めて道を開けてほしい。というか認めろ。面倒臭い。はぁ。
「あー、命名決闘法案を知らないのか。道理で往生際が悪い――そのようですね。仕方がありません。ここで決めてしまいましょう――ん」
「ッ!? な、なんで」
「脳天強打でいいでしょ――この様相なら十分でしょう」
なんだか目を見開いている兎の頭上に小さな氷の粒を妖術を用いて生む。続けざまに二つの妖力が加えられ、米粒のような大きさだった氷が人間一人丸ごと収まる程度の大きさまで膨れ上がる。一応、氷塊が頭に突き刺さって大惨事なんてことは避けるために、あまり尖らないようにはした。まぁ、それでも重量は相当だろう。
「悪く思うなよ」
そのまま落下。兎の頭に直撃し、そのまま倒れ伏した。用済みとなった氷塊はすぐに溶かし、そして霧散させる。じめっぽくなってしまったが、そこは許してほしい。……あーあ、終わったと思ったのに臨時で追加ですか。勝手にやっただけだけどさ。はぁ。
私は隣のに表を任せて内側に戻り、ついでにもう一つ無関心なのを内側に引っ張り込む。表には一つでいい。そっちの方が楽でしょう?
『あー、疲れた』
『おう、お疲れさん』
内側に戻ると、肩をポンと叩かれ労われた。本当だよ。私はもう出ないぞ。今、決めた。
そんな馬鹿みたいな決意を抱きながら、私は表の様子を見上げる。霊夢は手を団扇のようにして自身を仰ぎ、紫様と藍が表のに歩み寄ってきた。どうやら気は確からしい藍が心配そうな顔で口を開いた。
「大丈夫か、彩?」
「えぇ、特に問題はありませんよ」
「しかし、さっき確かに……」
「私は紫様に丁寧に保護されていますから」
え? さっきの兎、私に何かしてたの? 藍をふらつかせたあの狂気? 気付かなかった……。
まぁ、紫様に憑けられた式神はそういうものだ。私という存在を丁寧に強固に包み込んでいる。そうして私を守っている。敵から。そして、私自身から。
とにかく、問題ないならそれでいい。ほら、紫様は既に先へ進みたがっているようだよ?
「霊夢。さっきのを追うわよ」
「さっきの? ……んー、なんかなぁ」
「その件で紫様。一つ尋ねておきたいことが」
「簡潔にして頂戴」
「分かりました。では、簡潔に。偽りの月を浮かべた張本人と、偽りの月を浮かべることになった原因、紫様はどちらが異変の黒幕とお考えですか?」
表のはそう問うた。張本人と原因? 張本人はさっきの人間っぽいのだよね。しかし、原因? 誰かいたっけ?
しかし、表のの言葉に紫様はニヤリを笑う。どうやら、意味を悟ったらしい。
「そうね、先を急ぎ過ぎてたみたい。霊夢、さっきの月の兎が漏らしてた姫様とやらに会いに行きましょう」
「……えぇ、そうね。奥で守っているのなら、さっきのも出てくるしちょうどいいわ」
あー、姫様! そういえば、そんなことも言ってたね。何か気になってたのにすっかり忘れてた。連れ出せないでしょう、とか言ってたから、会いに行けばさっきの人間っぽいのも紫様達を姫様に会わせないために出てこざるを得ないわけか。一挙両得。一石二鳥。
「彩、さっきの問いの答えならどちらもよ。二兎追うものは二兎とも得るの」
「そうですか。よく分かりました」
流石紫様は欲張りだなぁ、と思っていると、霊夢が一つの扉に手を当てて指先でチョイチョイと何か施している。すると、パキンと何かが壊れるような音がした。
「この先にいるわね。さ、行くわよ」
鍵開けかな? 泥棒かよ。