東方九心猫   作:藍薔薇

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たまのお客様じゃない

 扉を抜けた先でもまだまだ長ったらしい廊下が続く。けれど、表のはあまり気にすることなく紫様に付いていっているらしい。

 

「藍、調子はどうですか?」

「紫様の手を煩わせてしまったが、もう大丈夫だ」

 

 私は内側で両手両足を投げ出して横になりながら、表のと藍がそんな会話をしているのを聞き流す。藍は本調子らしいね。へー、よかったよかった。

 

『ま、そんなのもう関係ないですけどね』

『どうした? ぐでっと横に伸びやがって』

『よい子はおやすみの時間なのさ』

『こんな深夜に起きてる俺は悪い子だ、って言いてーのか?』

『だから休んでる。悪いと退治されちゃうのさ』

『退治されてないから僕はいい子だねっ!』

『んなこと言ってねぇで働け。やる時はな』

『はー? 誰がババアなんぞの言いなりになるかっての』

『もうやらないから休むんだ。疲れてるのよ』

 

 なんて他愛のことを言い合い、そして軽く笑い合う。こんな話、意味なんて最初からありゃしない。重要なのはここにいること。内側まで制限されたら流石にもうやってられない。こんな日を跨いた徹夜の異変解決に付き合わされる身にもなってほしい。疲れた。はぁ。

 このままゴロゴロ転がってようかなぁ、なんてことを考えていると、表の視界の奥でキラリと何かが光るのが見えた。と、思った時には表のが藍から一歩距離を取った。そして、表のと藍の間に出来た隙間に何かが通り抜けていき、それと一緒に弦を激しく弾いたような音が響く。あれって動かなければ直撃コースだったわけか。うわ、あっぶなぁ……。

 

『……矢か』

『矢ぁ? それはまた微妙な武器を……』

 

 具体的に何が通り抜けたかまでいちいち気にしていなかったけれど、他のは何かちゃんと見ていたらしい。矢。つまり、相手は弓か。矢筒から矢を取り出し、弓に番え、狙いを澄ませ、そして放つ。ハッキリ言って、始動から攻撃までが酷く遅い武器だ。しかも弾数制限あり。さらには熟練度によって威力精度共に大きな差が生まれてしまい、素人が扱うには厳しかったはず。熟練者は矢を山なりに飛ばし相手を射貫くことも可能ではあるらしいが、だから何だと言った風である。

 しかし、先程の矢は相当速かった。さっきの兎の妖力弾なんか目じゃないくらい。というか、弦を弾く音とほぼ同時に矢が横切ったあたり、音速とほぼ同速。無茶苦茶だ。

 ……大丈夫かなぁ、表の。ま、いいや。

 

「全く……。こっちに来させちゃ駄目だ、って言ってるのに……」

 

 あ、出た。赤と青の奇抜な服を着ているから、さっきの人間っぽいの。つまり、偽りの月の異変を引き起こした張本人だ。彼女の身長よりも大きな弓を持っているから、さっきの矢は彼女の攻撃ってことでいいのかな?

 表のはチラリと藍の様子を窺ってから前を向き、人間っぽいのを真っ直ぐと見遣っている。ちなみに、藍は既にやる気十分なようで、妖力を滾らせていた。怒気は感じないので、さっきみたいにはならないと思いたい。

 

「霊夢。こいつが言っている意味、分かるかしら?」

「ええ、こっちが正解ってことでしょ」

 

 前にいる二人は随分と余裕そうである。まぁ、音速程度でビビるような二人じゃないか。というか、既に突撃してるし。

 さて、私は内側からのんびりと見させてもらうとしましょうか。

 

『残り何本見える?』

『十二』

『ってことは全部で十三本? 少なくない?』

『一人一本で事足りるってことじゃねーの? あのアカアオ、馬鹿にしてんだろ』

『鉛筆みたい』

 

 何て話している間に、矢が二本同時に放たれた。一本は霊夢、もう一本は紫様へ。しかし、霊夢はお祓い棒を横薙ぎに振るって叩き落とし、紫様はスキマを開いて明後日の方向へと飛ばしてしまう。藍と表のは二人の後に付いているけれど、この様子では前の二人で事が済んでしまいそうだ。それはよかった。

 こちらが距離を詰めた分だけ相手は後退し、距離を保ちながら次の矢を弓に番える。今度は一本か、と思った時には矢が放たれ、あんなことを思った矢先なのに藍の眉間が狙われていたが、藍が撃った一発の妖力弾に真っすぐ撃ち抜かれて破壊された。真正面から立ち向かえるのがちょっとだけ羨ましいと思い、そう思ってしまった自分を嘲笑う。……何言ってんだか。はぁ。

 何とも言えない気分に浸りながら、弓に番えられた三本の矢を見遣る。三本の矢って揃うと強いんだっけ? ……揃わない方がいいって。三本ですら強いのに、九本揃ったら嫌になる。はぁ。

 

「永琳」

 

 次の攻撃が来る、と思ったらまた別の誰かの声でその動きが止まる。その様子に霊夢と紫様も突撃を止め、声のした方を睨んでいる。……えーっと、一体どなたでしょうか?

 その答えはすぐに出た。

 

「っ、姫様」

「たまのお客様じゃない。大切に扱わなくちゃいけないでしょう?」

 

 奥から現れたのは、おしとやかな雰囲気を感じる黒髪の女性であった。なんかまた人間っぽいような違うような妙な感じだけど、あれが偽りの月の原因の姫様?

 ……うわぁお、本当に二兎追うものは二兎とも得ちゃったよ。


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