「あーあ、負けちゃったわね」
「……姫様」
「いいのよ、永琳。楽しめたもの」
終わった。あの状況から向こうに逆転されるなんてことはなく、当然のように姫様は敗北した。しかし、ふわりと下りてきた姫様の表情に悔しさが滲んだのは最初の極一瞬だけで、むしろ晴れやかで清々しい様相であった。
『あー、終わった終わった! へっへー、俺の勝ちー!』
『ふん、当然だ』
『いや、見えてんのに被弾しかけたのいくつもあっただろ。やっぱまだまだ修練が足りねぇなぁ……』
表に出て命名決闘法案をしていたのが戻ってくる。優越感に浸っていたり、無情に受け流していたり、反省点を見詰めていたり、それぞれ思うところがあったりなかったりするようだ。
……ということは、だ。表にはなぜか無邪気なのが残されているわけで。何でよりにもよって……。ま、いいや。はぁ。
床に降り立った姫様にズイと乗り出すように近寄った紫様は高圧的に振る舞う。まぁ、一応勝ったわけだし多少はね。
「さぁ、本物の月を返しなさい。敗者は敗者らしく勝者の要求に応えるものよ」
「最後の最後までせっかちねぇ。そんなに生き急いでも仕方ないのに……」
「もう眠いからさっさと帰りたいんだけど」
「れむれむおねむ? ねむねむれむれむ? ねむれむ?」
「そうよ。だから、早くしてくれないかしら」
「ふふ。眠くなるのも当たり前ね」
そう言って姫様はくすくす笑う。
「もう朝だもの」
……朝? けど、紫様が夜を止めているはずで……。しかし、ここから見えた外は確かに朝日で照らされていて、誰がどう見ても夜が明けていた。
「貴女……っ」
「あんな半端な永遠、月と一緒に返させてもらったわ」
歯軋りでもしそうなほど食い縛っている紫様に、姫様はくすくすと笑う。さっきと同じ笑いのはずなのに、何処か挑発的である。よく分からないけれど、紫様の妖術は姫様に破られてしまったようだ。……まぁ、ギリギリ今夜中に解決出来たと言えなくもないような気がしないでもないと思われるわけですし、そんなに悔しがらなくてもいいじゃあないですか紫様。
『妙なところでプライド高ぇからなぁ、紫様は』
『……確かに』
格好よく見せたいのだろうか。けれど、あのだらけ切った素顔を知っているとなぁ……。はぁ。
「ふふん、ふふん、ふふーん。ふふん、ふふん、ふふーん」
そんな睨み合う二人を碌に気にすることなく、表のは鼻歌と共にふらふらとそこら辺を歩き回っている。相変わらず呑気なものだ。
そして、ふと姫様の真横で立ち止まった。すると、姫様は紫様からすぐに目を離して表のに顔を向けた。紫様と睨み合うものだと思っていたのでちょっと意外と言えば意外。
「そういえばー……。あ、その前に名前教えて! 僕は彩」
「あら、私は蓬莱山輝夜よ。輝く夜と書いて、輝夜」
「じゃあ、てるるんだ!」
そう言った瞬間、視界の端に見えた永琳だったっけ? 彼女の目が酷く冷たくなったのを感じた。止めて。そんな目で見ないで。変なあだ名くらい許してあげて。……はぁ。
そんな視線を気にすることもなく、と言うか気付かないままに表のは言葉を続ける。
「どうして月を独り占めしたの? 気になるー、って言ってるのがいるから僕に教えてくれない?」
「独り占めだなんて可愛いわねぇ。いいわ、教えてあげる。永琳」
そう言って輝夜は永琳に目を向けて説明を促した。それを受けた永琳は実に嫌そうな表情を浮かべながら口を開いた。
「……満月の晩に月の使者が訪れると鈴仙が感じ取った。けれど、私達とその月の使者とが会うのは避けなくてはならなかったのよ。だから、私は月を入れ替えた。そうすれば、月の使者がここに辿り着くことは決してない。……貴女に説明したところで本当に分かるのかしら」
「ううん、分っかんない。けど、月から誰か来ようとしてたんでしょ? それって出来ないはずだよね? えーっと、なんとかかんとかと、なんちゃらとかんちゃらのどーちゃら……。んー、何だっけゆかりん?」
「博麗大結界と幻と実体の境界よ」
「そうそれ!」
よくもまぁそんなこと覚えてるなぁ、表の。私はいつだったか紫様に聞かされてはいたけれど、言われるまで忘れてたよ。
博麗大結界は、博麗の巫女と博麗神社の周辺によって、外の世界から幻想郷を隔離する巨大な結界。幻と実体の境界は、外の世界で幻となりつつあるものを幻想郷に招き入れる境界だったはずだ。なんか違う気がするけれど、大体そんな感じだろう。うん。
そんな表のと紫様の会話を聞かされた輝夜と永琳は目を見開いた。……何を驚いているんだろう。
「ふふ……。あーはっはっはっは! なぁんだ。じゃあ、最初から隠れる必要なんてなかったのね。はははっ!」
突然、輝夜が笑い出す。嬉しそうに、楽しそうに、馬鹿みたいに、笑っている。
よく分からないけれど、まぁいいや。嬉しそうだし。済んだことだし。後腐れもなさそうだし。なら、それでいいじゃないか。