東方九心猫   作:藍薔薇

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貴女の式神ですから。

 夜空に偽りの月が浮かべられて夜を止めたあの異変は、人間の里では永夜異変と呼ばれている。つまり、人間達にとっては月なんかよりも明けない夜の方が深刻な問題だったわけだ。大きく目立つものに目が行って、その裏側に隠されたものとか、足元に転がった小さなものとか、そういったものに目が行かなくなるようなもの。まぁ、人間にとっては幻想郷が大半の妖怪が活性化する夜に支配される方が恐ろしかった、ってこと。

 数日前、暇だったから阿求と会って話してみれば、永夜異変の原因と黒幕は不明なんだと。あまりにも不鮮明であり、謎が多過ぎて記録に残すのを躊躇うとか何とか。まさか、原因が全く別の異変の解決のためで、黒幕があの紫様だなんて考えてもいなかっただろう。……いや、考えても除外したのかな? まさかそんなはずがない、って。まぁ、この件に関しては紫様に口止めされているんで漏らしませんでしたが。はぁ。

 

「……眩し」

 

 そして今。私は真っ昼間から縁側でぐでーっと伸びていた。特別やることがあるわけではなく、外に出て動きたいわけでもなく、何もない時間を享受していた。だったら他のと代わってやればいい、とも思っているのだが、こういう時に限って他のは表に出てこない。出てくれば代わってやるのに。……まぁ、たまにはこの身体を休ませてやるのも悪くはないでしょう。うん。

 そうやって寝そべっていると、キシキシと縁側が軋む音と振動を感じ取った。誰かが近づいてきているのだが、起き上がる気になれない。なので、そのまま近付いてくる誰かに首を向けてみれば、だらしないくらい頬が緩んだ藍が見えた。

 

「彩、私はこれから橙と顔を合わせてくるが、何か伝えておきたいことなどがあったら言ってくれ。伝えておこう」

「いや、別に何もー。いってらっしゃーい」

「うむ。行ってくる」

 

 そう言って藍は弾むような足取りで出て行った。嬉しそうですなぁ。そりゃそうか。はぁ。

 もういっそこのまま昼寝でもしようかしら、と思ったその時、目の前にコトリと湯呑が置かれた。その湯呑を持つ手が伸びている先に目を向けてみれば、スキマが私を覗いていた。そして、そのスキマがスーッと開いていき、紫様が現れて私を見下ろしてくる。……あの、眠ろうとした矢先に何か用でしょうか? はぁ。

 

「彩、ちょっといいかしら?」

「……まぁ、構いませんよ」

 

 微睡みに沈みかけていた意識を無理矢理浮上させながら、私はのっそりと身体を起こした。重ったるい瞼を持ち上げる気になれないまま紫様をぼんやりと見遣り、そのまま手元に置かれた湯呑を口に付ける。

 

「熱っ!」

 

 沸騰寸前のお茶だった。口の中思いっ切り火傷したんですけど! いくらなんでも猫に対してこの仕打ちは流石にどうかと思いますよ? 思わず湯呑を投げ飛ばさなかった私をどうか褒めてほしい。褒められるわけないけど。はぁ。

 すぐに口の中に指を入れてなけなしの癒しを掛けていると、にっこりと笑う紫様は私に言った。

 

「目は覚めたかしら?」

「……覚めましたよ。えぇ、覚めましたとも。で、何の用ですか?」

 

 多少の黒い感情を込めて睨み付けたが、紫様は何処吹く風である。はぁ。

 

「一つ、尋ねてもいいかしら?」

「一つと言わず、いくつでも。答えられるだけ答えますよ」

 

 貴女の式神ですから。

 

「なら、気が済むまでさせてもらうわ。彩、私に隠し事はないかしら?」

「いくらでも。紫様が一体どれのことを指しているか、残念ながら私にはサッパリですが」

 

 紫様が隠しているつもりの秘蔵の酒の場所? 小耳に挟んだ藍の愚痴っていた内容? 他のが突撃して壊したけどそれっぽく修繕した棚? やることなくて爪で引っ掻いてボロボロにした畳? 隠し事なんて、覚えているものから忘れているものまで無数に存在する。数える気にはならないくらいたくさんだ。

 そんなことを思いながら首を傾げる。まぁ、紫様も私のこの答えくらい想定内だろう。大体そんなもんだから。だから、何についてか言ってくれるだろう。

 

「あの時、貴女に輝夜が言ってたわね」

「何と?」

「須臾を超越した存在、と」

「……言ってました?」

 

 というか、須臾って何だ。目玉焼きにかけるやつ? ……あぁ、あれは醤油か。なら違うか。

 

「須臾は、千兆分の一、あるいは認識不可能なほど短い時間のことよ」

「へぇ」

「それを超越する……。貴女、そんなこと出来たの? それをすると、どうなるのかしら?」

 

 説明されて、思い当たることはあった。

 けれど、思い出したくないことだ。

 ……二度と、御免だ。

 

「さぁ」

 

 だから、私は嘘を吐く。いつも通り、息を吐くように。

 

「そう。なら、たんなる妄言だったのかしら……」

「かもしれませんね。あるいは、私が知らないだけで何かあったのかも」

 

 貴女の式神である以上、二度と起こらないことだから。

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