満月。先月と違って本物のはず。多分、そのはず。
「……………」
表のは屋根の上で腰を下ろし、満月をひたすら真っ直ぐと視線を逸らすことなく見上げている。虫のさざめきもなく、微風すらなく、ただただ静かに時が流れていく。
『暇暇暇ーっ! 僕もやりたーいっ! きーもーだーめーしーっ!』
『るっせぇ! 駄々こねてんじゃねーよ!』
『はいはい、静かに! 紫様に留守番を命じられたんだから文句言わないの』
……ま、内側はこの様ですが。本当に騒がしい。ただ、そう騒ぎたくなるのも分からなくはない。本当、留守番って暇なんですよね。掃除は昼に済ませてしまったようですし。
紫様は霊夢と藍を引き連れて肝試しに出掛けている。もう一度言おう。肝試しだ。再三言っても信じられないかもしれないけれど、紫様は肝試しに出掛けている。人間の里の子供か、と言いたくなったけれどどうやら本気らしい。場所は迷いの竹林って言ってた。理由は聞いてないので知らない。
『未練たらたらな地縛霊でもいるんですかねぇ』
『一度迷ったら出られないらしいからなぁ。いるかもな』
『見つけたらちゃんと成仏出来るようにしてあげたいけれど……』
『憑かれたら面倒でしょ』
もう憑かれてるけどね、式神だけど。まぁ、怨霊みたいな類のものに憑かれると妖怪は死ぬらしい。具体的には、別の妖怪に成り変わってしまうとか何とか。そんなことを阿求が言ってた覚えがある。もしも、私に憑かれたらどうなるんだろうか? 案外、十つ目になったりするかもしれない。……嫌だな、それ。
『たとえ何が出たとしても、博麗の巫女と紫様のお二人がいれば問題ないでしょう』
『そりゃそうなんだろうけどなぁ……』
その二人でどうにか出来なかったらどうなるのだろうか? ……きっと、幻想郷が終焉を迎えるだけのことだろう。単純明快で簡潔な答えだ。だから何だって感じだけど。
『……む』
そんなことを考えていたら、一つが警戒心をむき出しにしながら表を見上げた。何かあったかと思ってわたしも見上げてみれば、僅かに布の擦れる音が聞こえた。風は吹いていないはずなのに。
「月が綺麗ね」
「……ん」
左隣から聞き覚えがある様な気がする声がした。気付いたら、そこにいた。いつからそこにいた? そもそも、どうしてここにいる? ここに侵入するのは容易ではないはずなのに。
表のは満月から目を離さない。左隣に誰がいようと興味ないらしい。愛想のない生返事を一つだけして、それっきり口を開くことなく佇んでいる。
しかし、それも僅かな間だけ。表のを引っこ抜いて入れ代わった一つが左を向きながら立ち上がり、すぐに後ろに跳んで距離を取る。……あれ、いない?
「少し、貴女と二人きりで話したかったのよ」
「っ、シッ!」
「あら、危ない」
消えたと思った声が背後からして、表のは即座に爪を伸ばしながら振り返りざまに右腕で薙ぎ払う。が、ギリギリ爪が届かない距離までふわりと距離を取られて躱される。
そして、ようやくその姿を見た。躱したのは、輝夜だった。話したいって、何を?
「何用だ」
「貴方、やっぱり私に飼われてみない?」
「ふん、断る」
「あら残念」
そうは言うけれど、あまり残念そうには見えない。分かっていたというより、気にしていない感じ。あるいは、諦めてないと言うべきか。はぁ。
表のは両手の爪を伸ばしたまま輝夜を見遣っている。空気が張り詰めていく。きっと、何か動作を起こせば攻撃するだろう。
「そう警戒されると話も弾まないわねぇ。……最後に一つ、頼んでもいいかしら?」
緊張を物ともしていないようなのほほんとした口調で言う。表のに返事はない。が、やはり気にすることなく続けた。
「いつか、私を殺してね。貴方なら、もしかしたら」
そう言い残して、消えた。……何だったんだよ、もう。こっちのほうがよっぽど肝が冷えたじゃないか。はぁ。