東方九心猫   作:藍薔薇

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閑話
私は人間を愛している。


「……ふむ、もう癒えたな」

 

 念のため巻いておいた包帯を解いてみれば、傷跡一つない肌が見えた。この前の満月の夜、迷いの竹林で仕事をしていた最中、博麗の巫女と大賢者、その式神と一悶着あったが、その時の傷は既に癒えた。生徒達には酷く心配されたが、これで大丈夫だろう。

 さて、今日は休日。解いた包帯をごみ箱に入れながら、外へ出かける用意をする。買っておきたいものは特にないのだが、私は人間の里で子供達がよく出かけている場所を歩いて回ることにした。休日の使い方としてどうなんだ、と言われたこともあるが、休日だからこそ教師として生徒達を見て回りたいと思っている。楽し気に笑っている姿を見れば嬉しいし、稀に悪戯をしようとしている子を見つければちゃんと止めて叱ってやりたい。それは当たり前のことだと思わないか?

 人通りの多い大通りを歩いていると、子連れの母親と顔が合った。

 

「こんにちは、慧音先生。ほら、挨拶」

「こんにちは先生!」

「あぁ、こんにちは。今日もいい天気だな。これからお母さんと何処に行くんだ?」

「傘屋さん! 可愛いの買ってもらうんだ!」

「そうか。気に入ったものが見つかるといいな」

 

 頭を下げて子供と目を合わせて話せば、これからの買い物に思いを馳せているようだ。頭を撫でてやればくすぐったそうに微笑む。

 

「いつも娘を見てくださってありがとうございます」

「何、気にしなくていい。私も楽しくやらせてもらっているからな」

 

 それから傷の心配をされ、もう治ったことを伝えればホッとした表情を浮かべられる。寺子屋での出来なんかを話していてもよかったのだが、早く傘屋に行きたいらしい子供に催促され、引っ張られるように行ってしまった。去り際に元気いっぱいに両腕を振るう子供を最後まで見送る。今日もいい日だ。

 

「へいへーい、ピッチャービビってるぅ」

 

 そんなことを考えていたら、大通りを抜けた先の脇にあるちょっとした空き地から悪戯っぽい声が聞こえてきた。その空き地には何か置かれているわけではないのだが、遊び盛りな男子達が集まって遊んでいることが多い。

 聞こえてきた言葉から察するに、どうやら最近やって来たご老公の外来人が熱心に語っていた野球で遊んでいるらしい。ピッチャーがボールを投げ、バッターがバットで打ち、キャッチャーが取るらしい。詳しいルールはあまり知らないのだが、生徒の話題に付いていけるように今度調べておこうか……。

 しかし、さっきの声は明らかに女子のものだった。男子に混じって遊ぶ女子は珍しいし、時折性別の違いで諍いが生じる場合がある。まさかそんなことにはなっていないと思うが、一応覗いて行こう。

 

「オラァ!」

「うっ」

 

 そう思いながら空き地を覗いた瞬間、私の横っ面に柔らかなものがぶつかった。ボテボテと地面を転がる手毬。

 

「あ」

「やべ」

「あん?」

「せ、先生。こんちわー……」

 

 私は手毬を拾いながら、野球で遊んでいた三人の男子と一人の女子の元へ歩み寄る。引きつった笑いを浮かべた男子三人は悪いことをした自覚はあるらしいが、バット代わりの太い木の棒を持つ女子は悪びれる様子がない。……これは叱るべきだな。

 

「あぁ、こんにちは。今日もいい天気だな。さて、そこの」

 

 と、そこまで言ったところで私の言葉が喉に詰まった。

 何故なら、叱ろうとしていたその女子は、あの八雲紫の式神である八雲彩であったからだ。

 

 

 

 

 

 

 男子達には野球をするならもう少し広いところで、周りに気を付けて遊ぶように言った。素直に聞き入れた男子達は、ここから少し離れたもう一回り広い空き地へと走り去っていった。

 これから叱るという名目で残った彩に目を遣ると、目深に被った帽子が目に付いた。妖獣の象徴たる獣耳を押し付けるように被っている。尻尾も服の中に隠しているようだ。パッと見で妖獣であると見抜ける者はほとんどいないだろう。私も顔を見るまで気付けなかった。

 

「彩、だったな。こんなところで何をしていたんだ?」

「あー? キツネがネコの世話に行きやがった所為で、ババアから仕事振られてんだよ。人間の里で怪しいのがいねーか睨んでたら、面白そうなことしてるガキ共がいたから俺も混ざったわけ。なかなか面白かったぜ?」

 

 そう言ってニヤリと笑う。

 しかし、私はその説明よりも昔のことを思い出していた。このような格好の少女を何度も見てきた覚えがある。その全てが彩だったとは思わないが、前からこうして人間の里の監視をしていたのか……。

 

「今日は、その怪しい者はいたのか?」

「いねーな。妙な態度してたり、変にギラついた目をした奴はいねー」

「……そうか。ならいいんだ」

 

 いないと答えられ、私は安堵した。心の底から。

 私は人間を愛している。全ての人間は尊いものである思っている。時折道を踏み外すものもいるが、それでも必ず元ある道に戻ってきてくれると信じている。だが、きっとこの彩は踏み外した者を容赦なく消しているのだろう。そう思うと、苦いものが込み上げてくる気がした。

 これ以上話すことが思い浮かばずに黙っていると、彩は通りに目を向けた。

 

「んじゃ、俺は仕事に戻るわ。じゃーな、ハクタク」

「あ、あぁ……」

 

 そう言って、彩は人混みの中に紛れていった。ここから見ていたのだが、すぐに見つからなくなった。これからも怪しい者を探して回っていくのだろう。

 それからしばらく、私はその場に立ち止まって空を見上げていた。生徒達が悪人に育たないことを願い、道を外れないように指導しなければ、と改めて強く思い直した。

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