東方九心猫   作:藍薔薇

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精が出るな

 肌寒い風が肌を撫でる縁側を歩いていると、横から風を切る音が聞こえてふと目を向けてみれば、彩が庭で舞い落ちる枯れ葉の一枚一枚を伸ばした爪で引き裂いていた。足元の落ち葉に目を向けてみると、流石に全てを網羅出来ているわけではないようだが、それでも大半は切断出来ているようだった。

 

「精が出るな、彩」

「む、藍か」

 

 一声掛けてみれば、彩は最後に枯れ葉を一枚引き裂きながら振り返った。そして、少し休憩するか、と呟きながらこちらに歩み寄って縁側に腰を下ろす。その隣に私も腰掛けた。

 ふっ、と熱の籠った息を吐いた彩は、伸ばしていた爪を戻した指と目を私に向けた。

 

「で、何か用か?」

「いや、別にないが。……そうだな、時折ああして一人で訓練しているだろう? 成果はどうだ」

「全然だなぁ。大分マシにはなったと思うんだが、全く足りる気がしねぇ」

 

 彩はそう言って肩を竦ませる。しかし、当の本人は足りないと言うが、私は化け猫という種で見れば随分高い能力に達していると感じた。以前は総合的に見て橙と同等だろうと感じていたが、今となってはその認識を改めるべきだろう。

 だが、それと同時に、当の本人の言う通りまだ足りないとも感じざるを得ないのもまた事実。紫様の式神として見れば、その程度の能力では下の下以下、とは言わずとも下の中、よくて下の上だと思う。……ただし、あの『九心九尾』はまた別の話だ。あれに関しては未知数である。

 

「そうだな。互いに紫様の式神として、紫様の名に泥を塗るなどという失態をせぬよう精進を怠らず努めようか」

「それが基準ってなるとまた別の話じゃねぇ? 俺としちゃぁ、最低限傷付かない、あるいは逃げ切れる事なんだが」

「何? 敵前逃亡などと甘えたことを言うな」

「いや、死ぬよりゃマシだろ? ある意味敗北より恥だろうが、そんなもん気にしてられねぇだろ」

「……ふむ」

 

 そう言われれば、失うよりはいいとも言えるだろう。彩は紫様に失わせるには惜しいと言わせたものだ。しかし、泥を塗ることを許容することとは別だ。

 

「ならば、さらに精進しろ。敗北も逃走も不要になるまでな」

「おいおい、さらにハードル上がってんじゃねぇか。出来るわきゃねぇだろ」

「そうは言うが、永夜異変の際は随分と多彩な妖術を扱えたじゃないか。動きも格段に速かった。カラクリでもあるんじゃないか?」

「……あー、どうだろうなぁ」

 

 ふと『九心九尾』の一端に触れてみる。随分とわざとらしく訊いてしまったが、彩は空を見上げながら口を濁す。隠しているのだろうか? 何も恥ずべきことではないだろうに。……いや、あのような自滅と隣り合わせでは恥ずべきことかもしれんが。

 なんて思うと、彩が一瞬固まった。が、すぐに表情が切り替わる。別のが表に出てきたのだろう。

 

「藍」

「何だ?」

 

 口にした言葉に疑惑の色が濃く出ている。そして、その瞳にも滲み出ている。

 

「何時知った? 気付いた? いや、いつかは露呈するだろうとは思ってたけれど、一応問おうか」

「ふむ、何時だと問われれば、鬼との接触の時だ」

「……嘘吐きだね、藍は」

「あの時はそう命じられていたからな」

 

 ああして覗き見していたことはある程度秘するよう命じられていた。しかし、もうそのある程度は過ぎただろう。ああして三尾四尾となっていたのだから、隠すことも止めたのではないかと思っていたのだが。

 

「こっちも二つ三つ出ろ、って命じられたからね。まぁ、それなら藍には話しておくか。私の愚行について」

「『九心九尾』だろう? 紫様が語ってくれたぞ」

「なんだ。それなら私から話すようなことはないかな」

 

 そう言うと、彩は前を見詰めた。しかし、その瞳は何処か空虚で、前を見ているようで実際何も見ていないように感じた。

 ならば、何を見ているのだろうか。愚行だと言った過去のことか、それともまた別のことか……。

 そんなことを考えていると、彩はその空虚な瞳のまま私に顔を向けてきた。その瞳に見詰められ、そのまま吸い込まれてしまいそうだ、と柄にもないことを思う。

 

「あんな力、必要ないと思わないかい?」

「力そのものに罪はないだろう。むしろ、力そのものはあるべきだ」

「そうかな? あんな力、存在自体が罪だよ。今はもういいけれど、あれは二度と起こすべきじゃあない。このまま眠るべきだ」

「……言ってることに矛盾がないか?」

「いいよ、矛盾なんぞ気にすることじゃないから。今は平気だってのは多分本当だから。今の私は紫様の式神だからね」

 

 それだけ言い切って勝手に口を閉ざした彩だが、私の頭の中ではいまいちよく分からないままだった。煙に巻かれたような気さえする。しかし、これ以上追及しても答えてはくれないだろう、という確信めいたものを感じた。

 そうか、一言告げてから私は立ち上がり、その場を去る。……何やら、彩は重く面倒なものを内に抱えているようだ。

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