東方九心猫   作:藍薔薇

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『九つの命を宿す程度の能力』

『紫様。命名決闘法案の敗北を理由に、魔理沙ともう一人の銀髪で給仕服を着た人間に冥界へと向かうように伝えました。おそらく、霊夢と共に冥界へと向かったと思われます』

 

 まだ若干眠気の抜けない頭に、彩からの通信が入ってきた。隣にいる藍には手を出して静かにするように促し、私は通信に意識を向ける。

 霊夢と魔理沙、あともう一人は紅魔館にいる吸血鬼の僕の咲夜ね。霊夢の他に誰が異変解決に乗り出していようとあまり関係はない。霊夢一人いれば、大体の異変は事足りる。……しかし、向かったと思われる、ね。

 

「……ちゃんと確認したのかしら?」

『いいえ。橙の介護を優先したので確認していません』

「そう」

 

 どうやら、していないらしい。困ったものね。私の推測が正しければ、冥界に住まう幽々子が幻想郷中から集めた春を使って西行妖を満開にさせようとしている可能性がある。そうなってしまえば、幽々子は消滅。下手すれば、西行妖の呪いとでもいうべき災害が幻想郷にもたらされてしまう。それだけは避けなければならない。だから、霊夢には出来るだけ早く冥界へ向かって幽々子を止めてほしかったのだけど、そう上手くはいっていないかもしれないわね……。

 それにしても、橙の介護、ね。

 

「その言い方だと、橙は相当痛めつけられたようだけど」

「橙に何かあったんですかッ!?」

『まぁ、そうですね』

 

 私が発した言葉、特に橙の名を藍が聞き逃すはずもなく、ガタン、と机を思い切り倒しながら私に詰め寄ってくる。顔が真っ赤でとても可愛らしいけれど、今はそれを愛でている時間ではない。ス…、と目を細めながら、人差し指で藍の唇に触れる。

 

「仕事に戻りなさい」

「……はい」

 

 そう告げてやれば、藍は見るからに渋々、といった風に机を戻しながら仕事に戻る。ただし、耳がしょっちゅう私のほうを向き、九つの尻尾はグルグルと忙しなく動き続け、座る姿勢もいつでも立ち上がれるように僅かに腰が浮いており、仕事の手も全く落ち着きがなく、まともに動いているようには見えない。

 思わずため息を吐いてしまい、眉間を軽く摘まむ。藍は、まぁ、後で考えることにしましょう。

 

「……で、具体的には?」

『右肩、右脇腹、左足に刺し傷と多数の切り傷。特に右脇腹の刺し傷は深刻だったようので、治癒を優先していました』

 

 彩に宿る一つに、傷付いた者に過敏なのがいたわね。治癒を得意としていたはずだから、橙が死ぬようなことにはならないだろう。

 

『あ、そうだ。橙は大事には至らなかったので安心してください、と藍にしっかり伝えておいてくださいね。藍、橙のことになると周りが見えなくなるところありますし……』

「そうするわ……」

 

 正直言って、もう既に手遅れなのだけど……。

 少し遠い目をしながら天井を見上げていると、そんなことを知る由もない彩からの通信が続く。

 

『そういうわけで、これから帰還しますね』

「場所を言ってくれれば、すぐにスキマを開くわ」

『いえ、結構です。紫様は無駄に寝てた分仕事をしてください。それでは』

 

 辛辣な言葉を最後に、彩からの通信は途切れてしまった。確かに普段よりもほんの少し、たった一ヶ月ばかり長く寝てしまったけれども、そこまで言われることだろうか? いや、そんなはずはない。私がないと言えばないのよ。

 さて、一仕事終えた彩は少しすればここに帰還してくる。けれど、今目の前で挙動不審な藍が目先の問題よね……。

 

「藍」

「っ、はい、何でしょうか紫様」

 

 ビクリ、と藍の身体が軽く跳ねる。サッと仕事の様子を確認してみれば、案の定仕事に戻った時から碌に進んでいない。……あぁ、やはりこれは駄目だ。

 

「……彩が帰還したら交代してもらうから、それまでは真面目にしなさい」

「承りました、紫様!」

 

 九つの尻尾が畳をバシバシ叩き、輝く笑顔を浮かべ、見るからに喜びを表している。貴女は犬か。

 藍もようやく仕事に意識が向き始めたところで、少しホッとする。しかし、それと共に少しばかり気分が沈んだ。

 

「はぁ」

「どうかしましたか?」

「……いえ、異常気象の後のことを考えてたのよ」

 

 嘘。私が考えていたことは、彩が魔理沙に負けた、と言っていたことだ。魔理沙の実力が低いとは思っていないが、彩が負けたと聞いて少しばかり落胆してしまったのは事実。……まぁ、今の彼女なら仕方ない、か。

 『九つの命を宿す程度の能力』。私が八雲彩と名付けた化け猫が有する稀有な能力。ここでの命は一度死んでも八度まで蘇る、という生命的な意味ではなく、九つの人格を指す。それぞれの人格に意思があり、性格があり、得意不得意があり、基準がある。人格が切り替わるたび、こちらがついていけなくなる時もあるが、それはそれでご愛敬。

 

「藍。貴女は彩をどう思ってる?」

「紫様が選んだ式に私が意見することなんてありませんよ」

「そういう御託は結構。正直に答えて頂戴」

 

 そう言えば、藍はいったん仕事の手を止め、難しい顔を浮かべながら私に顔を向けて言った。

 

「……正直、彩が紫様の式に相応しいかどうか私には分かりかねます」

「そうね。……そうよねぇ」

「では、どのような理由で?」

「……保護よ、保護。あのまま死ぬには惜しかったのよ」

 

 事実、式にする寸前には死にかけていた。身に余る力を宿し、自らを滅ぼしかねなかった。だから、私は彼女を式にした。あのまま死んでしまい、その能力が、あの力が、失われてしまうには、あまりにももったいなかったから。

 そんな他愛ない話をしていたら、廊下から足音が響いてきた。そして、静かに障子が開かれる。

 

「ただいま帰還しました」

「おかえりなさい、彩。じゃあ、藍の仕事を引き継いで頂戴」

「はぁ? ……あー、はいはい、そういうことね。分かりましたよ、っと」

「そういうことだ。では、後は頼んだぞ、彩」

「うん、いってらっしゃーい……」

 

 ウキウキと出掛けていく藍に対し、死んだ目をしながら見送る彩。そして、藍から引き継ぐことになった仕事を目にし、その眼がさらにドンヨリと濁り出す。

 その場でしばらく棒立ちしていた彩だが、気持ちを切り替えたのか、机の前に腰を下ろして手早く仕事を始める。……いえ、あれは人格を切り替えたわね。

 彩が仕事をしている手前、これ以上私がサボるわけにはいかない。霊夢が異常気象を解決してくれることを祈りながら、仕事を再開した。

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