目の前に広がるのは一面に咲き誇る向日葵。見覚えはあるような気がしなくもないけれど、どちらかと言えばないと思わなくもない。少なくとも、私がここで何かした覚えはない。そのはず。多分。
「着いたーっ! 僕、いっちばーん!」
「負けたー! くーやーしーいー!」
競争に勝った表のは思い切り両腕を広げて喜んでいる。負けてしまって地団太を踏んでいるチルノが頬を膨らませて表のを見上げているが、その膨らんだ頬を人差し指でツンツンと突いて遊んでいる。まぁ、多少出遅れていたとしても、妖精相手に負ける敏捷性じゃあないのだ。私と違ってね。
『あのさぁ』
『どうかしたか?』
『ここ、何処だっけ?』
『太陽の畑ですね。多くの妖精が住み着いており、夏になるとこのように向日葵が一斉に花開くそうです。また、かの風見幽香が支配していることでも有名ですね』
『風見幽香ぁ?』
聞き覚えがある名前だ。だが、話した覚えはないし、ましてや顔を合わせた記憶すらないのだが……。一体、私はどこでその名前を知ったんだろう?
『げぇ。あの最強格の?』
『そうですね。強大な力と膨大な妖力を有する、実に妖怪らしい妖怪だそうですよ』
『へー! そりゃ随分乗り越え甲斐のありそーな奴だな』
どうやら、とんでもなく強い妖怪で有名らしい。しかし、一体どこからそんな自信が湧くんですかねぇ……? 無理でしょ、無理無理。たかが化け猫なんだから、プチッと潰されて終了でしょ。はぁ。
『下手に目を付けられるようなことをしなければ基本的には温厚で、趣味は花と弱い者虐め』
『絶対勝手に表に出てちょっかいなんてしないでよね! いいわね!?』
『はー!? 誰がんな馬鹿みてーなことすっかよ! 俺が真ん前からぶっ潰してやるわ!』
『下らん。敵ならば殺す』
『いやいや、勝てねぇ勝負なんぞ逃げるに限るだろうが。今日を生きてりゃ明日が来るだろ?』
『そもそも、そのような無駄な争いは起こさないようにするべきですよ』
他のがゴチャゴチャ言ってるけれど、まぁいいや。趣味が弱い者虐めという部分がちょっと引っ掛かったけれど、虐めで済むならそれでいいか。虐められたくないけれどさ。はぁ。
ちょっと騒がしくなったので距離を取り、唯一あの中に混ざらず奥のほうで座っていたのの隣に腰を下ろす。ぼんやりと表を見上げているけれど、何を視ているのだろうか。見てても気にしてなさそうだけど。
『ところで、どう思う?』
『……ん』
『そっか、どうでもいいかぁ。ですよねー』
ちょっと魔が差して訊いてみれば、生返事と共に首を傾げられてしまった。そりゃそうか。どんなに風見幽香が強かろうと、きっと対岸の火事みたいなものなのだろう。関わりないなら関係ない。当たり前だ。
私としても、関わらずに済むならそれに越したことはないと思っている。弱い者虐めなんてされない方が楽に決まってるしね。
「はぁっ、はぁっ、二人共、速いよぉ……っ」
「だいちゃんおっそーい!」
「ちるるんだって私よりも、ねー?」
「むーっ! 次は勝つもん! アタイってば最強ですからぁ!」
ビシィと指差して啖呵を切っているけれど、そんな涙目ではみみっちい負け惜しみにしか聞こえないよ。うん。表のなんてケラケラ笑ってるし。
「彩さん! チルノちゃん、彩さんの帽子に合う向日葵、見つけよっか」
「あ、うん! そうだね!」
大妖精からすれば揶揄いが過ぎるように見えたらしく、ちょっと窘められてしまった。まぁ、表のは笑いは止めても笑みは浮かべたままなので、そこまで反省してなさそうである。
それはそうと、麦わら帽子に似合う向日葵を見つけに太陽の畑を回るつもりらしい。これだけたくさん咲いていればきっといいものを見つけられるだろう。
「だいちゃん! これどうかな?」
「彩さん、ちょっといいですか?」
「いいよー。なーに?」
早速チルノが見つけた向日葵に表のの頭、そこに被っている麦わら帽子を当てられる。ジーッと見詰めている大妖精の目は実に真剣だ。
「ちょっと小さいかな?」
「むー。じゃあ、これは?」
「それは大き過ぎるよ、チルノちゃん……」
帽子よりも大きいじゃあないか。流石にそれはない。私でも分かるぞ。
そんな風にいくつも見て比べて回り、どんどん奥へ奥へと進んでいく。なかなか決まらないけれど、これだけたくさんあるから、よりいいものがあるかもしれないと思ってしまっているのかもしれない。まぁ、そんなことは私の考え過ぎで、単に気になるところがあるのかもしれないけれども。
「だいちゃん、これはどうだ!」
「んー……、いい! 今までで一番似合ってるよ、チルノちゃん!」
「やったー!」
「やったね、ちるるん! だいちゃん、ありがとー!」
やがて、大妖精が一番いいと言う向日葵が見つかった。大妖精の言葉に大喜びなチルノはすぐに向日葵の茎を千切って手に取り、大妖精に手渡した。そして、使わないであろう茎や葉を丁寧に取り払った向日葵を麦わら帽子に引っ掛けた。
その向日葵は鮮やかな真っ黄色の花びらに中央は深い焦げ茶色で、点々と活き活きとした黄緑が見える。麦わら帽子の横に添えると花びらが少しばかり鍔からはみ出しているが、向日葵しか目に付かないなんてことはないちょうどいいサイズ。うわぁお。時間かかったけれど、本当にいいものを見つけたなぁ。
「すっごい! さい、すっごく似合ってるよ!」
「えへへー、どう? 可愛い? それとも恰好いい? にゃはっ!」
表のも嬉しそうにクルクル回って二人にみせている。どうやら、いたく気に入ったらしい。
そんな時、背後から静かに草を踏む音が聞こえた。視界に影が差す。
「あら、楽しそうね」
嫌な予感しかしない。声を掛けられた表のは、クルリと後ろを振り返った。
淡い黄緑色をした日傘を差した、鮮やかな黄緑色のくせっ毛をした真っ赤な瞳の少女が笑っていた。……ただし、目元に影が差しているのだが。
「ちょっと、私にも付き合ってもらおうかしら」