表のがたくさんの野菜が浮かぶ鍋をカタコトと優しくかき混ぜている。空いている手でほんの少しの塩をパラパラと加え、少量小皿に移してから味見。そんな時、隣に置かれている炊飯器からピピー、と音が鳴る。紫様が外の世界から勝手に拝借してきたらしい様々な調理道具を丁寧に扱う表のは、それはもう実に楽しそうである。ま、好きでやってるんだし当然か。
「ふふっ、こんなところかしら?」
頬に手を当てながらコテリと首を傾げて、ボソリとそのようなことを呟いているけれど、どうせ最初から最後まで調理の工程は定まっていたのだ。
チラリと窓から外を眺めてみれば、大分雪解けが済んでいるように見える。春が訪れない異常気象が霊夢達によって解決されてから、もう十日程経っているのだ。春は遅れた分だけ駆け足で過ぎ去っていくらしいけれど、私にはあまり関係のないことだ。
『この異常気象が原因で人間の里が飢饉などにならなければよいのですが……』
『へっ、そんなん人間共で乗り切ればいーだけだろーが』
『そうは言うがなぁ……。人間が減り過ぎると紫様が憂うだろ』
『ババアなんざ知るか!』
少し奥で三つが話し合っているけれど、私にとってはあまり関係のないことだ。人間が多少飢死しても、私がすることはほとんどない。人間が減って調子に乗った妖怪が湧き出たとしても、その対処は紫様か別のがやるのだし。
「紫様、藍。ご飯が出来ましたよー」
「ありがと、彩」
紫様の言葉を聞きながら、表のは私、紫様、藍の朝食をお椀によそっている。藍の分が二人よりも少し多めなのは、私や紫様より食べる量が多いからである。内側では人間の里の飢饉について話していたってのに、表ではそんなの関係なさそうである。そりゃそうだ。紫様が外の世界から食糧も拝借してるのだから。旬だろうと季節外れだろうと一切関係ない。
「今日の朝食は何なんだ?」
「今日は炊きたてご飯と具だくさんの野菜スープ。食後には林檎を剥いてあげるからね」
表のが藍の問いに答えながら三人分の朝食をお盆に乗せて運んでいく。そんな様子を内側から眺めていたのだが、紫様の表情がいつもと違うことに気付いた。……いや、表情はそこまで変わっていないか。ただ、ちょっと雰囲気がピリッとしているかな?
いただきます、と手を合わせているのを眺めていると、表のが少しだけ羨ましくなってくる。いや、調理したのが食べるのが普通なのはよく分かってるけれどさ、あれだけ美味しそうなものを私が食べられないのはちょっと寂しいのだ。
表のはゆっくりと食事を楽しみ、食べ終えてからすぐにシャリシャリと林檎を剥いていると、紫様が真剣な目付きで話しかけてきた。
「彩」
「はい、なんでしょうか?」
「今夜、藍を連れて外に出掛けるから、その間の留守を任せるわ」
「分かりました」
……ふぅん。どうやら、今夜に何かあるらしい。おそらく、ちょっとした争いになりそうなこと。そして、その相手は私が足手纏いになりそうな相手であることも、何となく予想出来た。……はぁ。
「二人とも、気をつけてね」
表のは林檎を六つに切り分け、紫様と藍に手渡しながら伝えている。多分、表のも私と同じようなことを察していると思う。置いていかれることを悔しいと思っているのかもしれないし、任されたことを遂行しようと思っているのかもしれない。
私は二人と比べることが馬鹿馬鹿しくなるくらい弱い。だから、紫様に頼まれたことをしっかりと熟せばいいのだ。
……それで、いい。
◆
夜になり、紫様と藍は外へ出掛けていった。表のが二人を見送り、そして扉が閉まると共にここの掃除を始めてしまった。表のは炊事や掃除などの所謂家庭的なことが好きなのだ。こうなると表のを内側に引っ張ることは非常に困難で、掃除が終わるまで代わることはほぼ不可能である。
……いや、まぁ、私は別に代わりたいわけじゃあないんだけどさ?
『暇ー。暇、暇、暇、暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇ー!』
『るっせー! 暇なのは分かっけど黙れ!』
猛烈に今すぐにでも代わりたがっているのが二ついるんだよなぁ……。盛大なため息を吐いていると、背後からポンと肩に手を乗せられた。振り返れば、いつものがそこにいた。
『いつものことだろ?』
『我慢しろ、でしょ? 分かってますよーだ』
『そういうこった』
分かってる。分かってるけど、うるさいものはうるさいのだ。ジタバタ暴れて駄々っ子か! あぁ、駄々っ子でしたね! いつもあれを戒めているのは、残念ながら表で掃除に熱中である。私? 無理無理。止められるわけないじゃん。
ほんの僅かな期待を抱きながら、奥の様子を窺う。しかし、一つはそれを慈しむように微笑むだけ。一つは完全に無関心。一つは異常気象の影響を未だに考察している。一つは静かに眠っている。……ガッカリだ! 分かってたけど、誰も止める気がない!
『ゆかりんもらんらんも僕を置いてくなんてつまんないー!』
『だったらよー……』
地団太踏んでるのの言葉を受け、その隣にいたのが何故か私に目を向けてくる。
『パパっと俺が強くな――』
『っざっけんな!』
叫んだ。それ以上の言葉を遮るように。私の声は内側に響き渡り、地団太が止まり、合っていた目が大きく見開かれ、後ろにいたのがビクッと跳ね、微笑みが戸惑いに変わり、チラリと顔を向けられ、考察が止まり、パチリと目を覚ましてしまう。けれど、そんなものは碌に気にならなかった。……気にしてられなかった。
荒く息を吐いていると、ポンポンと頭を軽く叩かれる。
『……落ち着けって』
『……ごめん。けど、もうあんなことは絶対にしない。……二度と御免だ』
それだけ言い残し、私は頭を冷やすために奥の奥へと向かう。少し、一人になろう。……悪いこと、しちゃったな。
けれど、もう嫌なんだ。力なんていらない。死にたくない。過ぎた力は身を滅ぼす。だから、私は弱くていい。そうすれば、生きてられるから。