とりあえず痛みが引いたので脇腹から手を離し、滑っている拍子に外れてしまったらしく地面に落ちていた麦わら帽子を手に取って軽く土を落としてから被り直す。せっかく付けていた向日葵が取れてなくてよかった。はぁ。
それから、ズンズンこちらに近寄って来る霊夢を改めて見遣る。なんか焦ってない? そんなイライラするなよ。
そんなことを思っていると、ガッと胸倉を掴み上げられた。幸い、爪先立ちすればどうにか足が地面に付く程度だったけど、ちょっと苦しい。
「あんたなら知ってるでしょう?」
「何をかな? 霊夢」
「この花の異変よ! 何処も彼処も咲き放題じゃない!」
「あー……」
素言ってその辺を指差しながら青筋を立てて怒鳴る霊夢に、私は何とも言えない気分になる。特に理由もなく空を見上げていると、胸倉を掴んでいる手に力が込められていき、さらに苦しくなってきた。別にどうということでもないけど。はぁ。
まぁ、知ってること全部話してもいいんだけど、放さないと流石に話す気になれない。口を僅かに開いてからすぐに閉じ、胸倉を掴んでいる手にトントンと指を立ててやると、いかにも仕方なしといった風に手を離してくれた。……はぁ、楽になった。
「さて、まぁ、話しますからその前に一つ」
「何よ?」
そう言って眉をひそめた霊夢を横に退け、私は満開の桜の元へ歩き出す。そして、ちょっとした騒ぎになっていたくせに大妖精の膝で幸せそうに涎を垂らして眠りこけているチルノを見遣り、荒事の気配を察したのか目を白黒させている大妖精と目を合わせる。無邪気な笑顔を浮かべようと試みるが、どうにも張り付けたような笑顔になっている気がしてならない。はぁ。
「大よ、……だいちゃん。わ、……僕はちょっと霊、……れむれむとお話があるんだー」
「えっと、ん……?」
何か喋ろうとした大妖精の口に人差し指を当てて閉ざし、その手を開いて両目を覆うように被せた。そして、その手に妖力を込める。
「息を吸って、……吐いて。もう一度吸って、……吐く。そう、そのまま深呼吸する」
「すぅー……、はぁー……」
「うん、いい子。そして、貴女は眠くなる……」
「すぅ―……、はぁー……、すぅ……、すぅ……」
睡眠の妖術。相手を眠らせることが出来る、と言えば聞こえはいいけれど、実際はほとんど使い物にならない。何せ、私に出来るのは精神的に平常で落ち着いている者に眠気を抱かせるところまでだから。しかも、眠らせられるのは一分あればいい方で、酷いときは一秒足らずで目覚めてしまうのだ。戦闘中に強制的に眠らせるなんて無理だし、最終的に寝るかどうかは相手の意思次第で、睡眠時間は極めて短い。正直、相手を眠らせるなんて腹を殴って昏倒させた方が確実だろう。多分。
まぁ、大妖精と言えど所詮は妖精。結構単純だったらしく、妖術の効きはかなり早い方だった。これなら一分くらいは寝てくれるんじゃないかな。……妖力結構使ったんだから、そうであってほしい。
大妖精の顔からそっと手を離し、気付いたら隣で黙って待っていてくれていた霊夢を見上げる。
「さ、少し場所を変えましょうか。二人を起こしたくないんでね」
「片方あんたが眠らせたじゃないの」
「細かいことは気にすんなよ」
霊夢の指摘を聞き流し、私はふわりと浮かび上がる。その横を霊夢が飛び抜けていき、さっさと先を行ってしまった。私はその後を追いかけていく。……あー、速い! どんどん距離が離れてくんですけど! 身体強化の妖術を使ってまで加速したくないからそのままですけどね。はぁ。
霊夢が迷いの竹林手前に着地したのが見えたので、私もそこに向かって飛び続け、霊夢のところに着地する。……少し疲れた。
「遅いわよ」
「貴女が速いだけ」
霊夢に睨まれたけれど、私はその視線をサラッと受け流す。だから、何でそんなに焦ってるかねぇ……? そんなことを考えていると、ふと竹の花が目に付いた。うわぁ、竹の花までしっかり咲いてるのかよ。これ、放っておいたらまさか竹林全滅なんてならないよね? ま、別にいいや。
「で、知ってることでしたね。異変は起きていませんよ」
「はぁ? 何処がよ! あんたの目は節穴なのかしら!?」
「起きているのは正常な異常だ。六十年周期で起こる花の異常。外の世界の幽霊が過剰に溢れて花に憑り付いてるだけなので、死神が回収して回れば自然と元に戻りますよ」
そう言ってやると、霊夢の表情が幾分気楽なものになった。そして腕を組み、少しばかり考え始めたようだ。
「ふぅん、何だかズレてる気がしたけれど、そういうことなのね……。黒幕探しは止めて、死神探しに変更ね」
「ところで、死神ってどんな感じなんでしょう?」
「あんた、知らないの? 馬鹿みたいに大きな鎌を持ってるのが多いから見ればすぐ分かるわ」
「え」
……あの寝てた少女、回収サボってた死神だったのかよ!