藍と橙の二人が既に去っていったというのに、私はこの木陰から離れる気になれなかった。立ち上がる気にもなれず、樹の幹を背に座っていた。見渡す限り、何処も彼処も花だらけ。さっきまで綺麗だと思っていたのに、今はどうとも思わなくなっていた。少し前に刺さってしまった薔薇の茨の棘の傷跡が、今となっては馬鹿みたいだった。さっきまで多少なりとも楽しめていた花の異常が、今となっては早く終わってほしいと思った。
しかし、だからと言ってあの眠っていた死神を探そうとも思えなかった。わざわざ私が動かずとも霊夢が解決してくれるさ、と自嘲しながら思う。さっきまで思っていたことが、薄っぺらい嘘っぱちが、少し湿った微風に乗って剥がれ落ちていく感覚がした。
「……あーあ。どうしてなんだろうなぁ」
私は嘘吐きだ。
これまでに数え切れないほどの嘘を吐いてきた。きっと嘘八百よりも多いだろう。口を開けばとりあえず嘘が漏れていたなんてこともある。相手のことを思って嘘を吐いた。相手のことを貶めるために嘘を吐いた。計画的に嘘を吐いた。咄嗟に嘘を吐いた。
誤魔化した。騙した。はぐらかした。言いくるめた。取り繕った。惑わした。化かした。お茶を濁した。屁理屈をこねた。言い逃れをした。詭弁を弄した。言い訳をこねくり回した。煙に巻いた。論点をすり替えた。論点をずらした。三味線を弾いた。混乱させた。幻惑させた。惑乱させた。当惑させた。
そして、今も変わらず嘘を吐く。私一人しかいないから、私自身に嘘を吐く。
興味あることを興味ないと言う。つまらないものを楽しいと笑う。羨んだものをどうでもいいと意地を張る。嫌だと言いながら求める。望んでいたものをいらないと目を逸らす。乾き切った心にはそれでいいと思う。
本当のことを嘘のように語り、嘘のことを本当のように騙り、そうしているうちに自分でもどっちが嘘でどっちが本当かも分からなくなってしまっている。……いや、もう分からなくなっているのだろう。向き合っていないから、忘れてしまった。物覚えが悪いからさ、ぼやけて薄れてうやむやになって消えちゃうんだよ。
見上げてみれば、雲一つない澄み切った青空。……本当に? 何処から見ても雲は存在しないのか? 一つくらい見ないふりしてるかもしれない。本当は分厚い雲が空を覆っているかもしれないよ。なーんてね。
「おや」
そんな馬鹿みたいなことを考えていたら、私の前を誰かが立ち止まった。鮮やかな深緑の髪になんかとげとげした帽子を被り、紅白のリボンで装飾している背の高い少女。その手には変な模様の棒が握られている。
「……どなた?」
「四季映姫・ヤマザナドゥ」
「あっそう。で、映姫でいいかな? 私に何か用?」
「映姫で結構。私は部下である小町を探しているのです。何処かで見ませんでしたか?」
いきなり名前を言われても見当がつかない。聞いたことがあるかもしれないけれど、少なくとも今すぐ思い出せない程度には知らない名前だ。
そう思いながら首を傾げていると、映姫は一つため息を吐いた。
「くすんだ赤い髪をして大鎌を背負っている死神です」
「桜の下で寝てたけど、何処か行った」
「……小町」
知ってることを言ってやると、映姫は変な模様の棒を固く握り締めて口元を隠した。しかし、口を隠したところで目を見れば怒っているのは明白である。口隠して目を隠さずじゃなくて、目は口程に物を言うかな。
質問に答えたから、もう用はないはずだ。それなのに、ずっと映姫の鋭い視線が突き刺さっている。私の前から立ち去らない。
「……まだ何か用?」
だから、訊いた。苦言を呈するように、不愉快であるように、眉をひそめながら。
「礼と言っては何ですが、一つ貴女に説いてあげましょう。今後の貴女のためになる助言です」
「はぁ、そうですか」
だというのに、何でもないかのように返されてしまった。
それにしても、魂を刈ったり、三途の川の渡し船をしたりする死神の上司が、これから生きていくための助言をするのか。何だか変な気分である。
そんなことを思いながら、映姫を見上げる。暫し待つと、変な模様をした棒の先を私に真っ直ぐと向けた。
「そう、貴女は少し自身がなさ過ぎる」