縁側から庭を見ていた。草の緑と樹木や土の茶色、青空と柔らかく浮かぶ白い雲、それと少々の花々。何と言うことはない。あれから三日経ち、幻想郷中を彩った花の異常がただの日常に戻っただけだ。
つまり、あの小町と呼ばれた死神が必死になって幽霊を回収し切った証拠でもある。博麗の巫女である霊夢が見つけて無理矢理働かせたのか、裁判長である映姫が見つけて叱りつけたのか、はたまたそれ以外の何か理由があるのか。まぁ、私が知らないところで何かあって気付いたら勝手に終わったことだけは確かだ。だから何だ、という話だけど。はぁ。
「自身、ねぇ……」
そんなことを考えていたからか、ありがたいお説教のことを思い出した。死神の上司は裁判長だったらしい。曰く、無暗に地獄に堕ちたりしないように説教をして回るのが趣味だとか何とか。そりゃあ知った風どころか筒抜けなわけだ。内側でそのことを私に教えてくれたのは、よくもまぁそんなことまで知っているものだとちょっと感心したよ。うん。
自身がなさ過ぎる、ってさ。九つもあるくせに、私が足りてないって。おかしなことを言う。私の一部だった、今となっては別の人格。それでいて皆私だ。私に私を殺せと言う。消せと言う。そんなことしちゃあいけないと思わない? きゃあ、じぶんごろし。
あれだけのことをしておきながら、全部終わらせておきながら、罪にならないってさ。不思議なことを言う。一人に戻ると言うことは、再びその力を手にするってことだ。使い物にならないくせに、存在してはならない力だ。……二度と御免だ。
そして、それらの言葉は嘘偽りないものであった。本気でそうあるべきだと、私を想って説いていた。きっと、私と映姫では価値観が異なるのだろう。そんなの当たり前なんだだけどさ。はぁ。
「隣、いいかしら」
そんなことを考えていたら、急に隣から声がした。声がした方に目を向けてみると大きくスキマが開き、そこからぬっと飛び出した紫様が私の隣に腰を下ろした。……質問した癖に答える前に座らないでよ。ま、どうぞと返すつもりだったのだ。別にいいや。
私と紫様の間にコトリとお盆が置かれ、紫様がその上に乗せられていた片方のお茶を手にした。一口含み、それからポツリと呟いた。
「あの映姫に何か言われたみたいね」
「……そうですね」
「何と言われたかは知らないけれど、貴女は貴女らしく生きればいいの。あんな説教に従う必要は一切合切ないわ」
紫様と映姫の言っていることは、ほぼ真逆だ。きっと、紫様と映姫では価値観が異なるのだろう。そんなの当たり前なんだだけどさ。
どちらの言葉を取るか、少し考える。紫様の言葉は正しく誤っていて、映姫の説教は異なった正しさだ。どちらも正しい。けれど、どちらも違う。当たり前。
正しいって、難しい。
「紫様」
「何かしら?」
「死者として生きる。生者として死ぬ。どちらがいいと思いますか?」
もう片方のお茶を手に取って、その濁った緑色の水面に映った私を見詰める。私が私を見詰めている。そんなことをふと思いながら、私は一つ訊ねた。これだって、別にどちらが正しいわけでもないのだろう。世の中、そんなもんだ。
少しの間紫様は頬に手を添えて考え、そしてその手の指先を私に向けて答えた。
「生者として生きなさい」
……おい、何言ってんだ。
「紫様、答えになってないですよ」
「その二択がそもそも間違ってるのよ」
「……そうですか」
苦笑いを浮かべながら、手にしているお茶を一気に飲み干す。……苦っ! 誰が淹れたんだよ、こんな不味いお茶!?
そんな悪態は口に出さず、色鮮やかな花々を失った庭を眺める。綺麗なだけじゃない、けれど美しく整えられている。
……あーあ、世の中ってのは甘くないなぁ。はぁ。