邪魔するわね
桜の下で悠長に眠っていた死神を蹴っ飛ばしてから数日経ち、異変ではなかったらしい花の異常は終わりを迎えた。あの時に彩から真相を訊いていなければ、きっと申し越し空回りして遠回りする羽目になっていたと思う。そういう意味では手早く済んでよかっただろう。
「はぁ……」
しかし、異変ではないということはすなわちただ働きなのだ。こんなあからさまな異変を解決出来ないようではまるで私が怠けているようではないか、と思って乗り出したわけだけど、異変ならよかったのに、と思う私がいる。そう、何事も無かったら商売あがったりなのだ。
何かいい商売ないかしら、と想いながらため息を吐きつつ境内を掃いていると、縁側に人一人が優に通り抜けられるほど大きなスキマが開いた。箒の手を止めて袖から札を数枚取り出しつつ、スキマから出てくるであろう紫を警戒する。
「邪魔するわね、霊夢」
案の定スキマから現れた紫と、その脇に抱えている彩を見て思わず肩を落としてしまう。どうしてあんな雑に持たれて何の抵抗もしないのか……。内側にはそういうのもいるのだろうか? そういうことにしておこう。
大きなスキマを閉じた紫は出来のいい人形でも置くように彩を隣に座らせ、新たに小さなスキマを開いて饅頭が四つ載っているお盆を取り出した。ここでくつろぐ気か。
早速饅頭を頬張っている紫を放っておくわけにもいかず、私は掃除を一旦止めて彩とは逆側の紫の隣に腰を下ろす。ちょうど甘いものが欲しいと思っていたところだし、ちょうどいいわね。けれど、饅頭だけだと喉が渇くわね。
「お茶はないの?」
「お客様に用意させるのかしら?」
「悪いけど、ここはそういうお店じゃないのよ。欲しければお賽銭の一つや二つ出してからにしなさい」
「そう?」
そう言うと、紫は何処からともなく見たことのないお札を取り出し、スキマを介してお賽銭箱の中に放り込んだ。……あれ、使えるのかしら。贋作なんかだと色々と面倒なのよ。
まぁ、ああ言ってしまった手前、それと私も喉が渇いているのだし、お茶を淹れに行く。湯呑を二つ取り出し、そういえば彩もいたことを思い出してもう一つ取り出して茶葉を急須に入れる。紫の分は出涸らしにしてやろうか、と一瞬考えたけれど止めておいた。
「ほら」
「ありがとう。……彩、飲む?」
「ん」
淹れてやったお茶を紫との間に置くと、紫は湯呑を彩に手渡していた。彩はというと、囁くような声で肯定なんだか否定なんだか分からない生返事をしていたけれど、受け取ったということは肯定なのだろう。……本当に静かね。下手すればいることを忘れてしまいそうなくらい。
紫と彩が飲んでいるのを横目に、私もお茶を一口含む。うん、美味しい。
「ところで紫。さっきのお札は使えるわよね?」
「二千円札のことかしら?」
「……人里の子供でも分かる偽物じゃない。淹れてやって損したわ」
「嫌ねぇ、本物よ? 外の世界で記念に発行されたけれど、使いづらいからと早くも忘れ去られたの」
「何の記念か知ったことじゃないけれど、本物なら別にいいわ」
本物なら使えるだろう。
紫が餌付けでもするように彩に饅頭を押し付けているが、私はお茶を飲み干してから話を切り出した。
「で、何の用かしら?」
「別に急ぎじゃないけれど、少し見に行って欲しいところがあるのよ。ちょっと怪しい家」
「……そう」
紫にそう言われ、私は湯呑を置いて立ち上がった。手持ちは十分にある。
「あら、もう出るの?」
「早い方がいいでしょう?」
「まぁ、そうね。場所は――」
言われた場所を覚える。奥まった場所にある家で、いかにもと言った感じの場所だった。v何もなければそれでいい。留まってくれればそれもいい。そして、既に成ってしまっていれば退治する。ならば、早い方がいい。成ってしまえば、もう遅いのだから。
「帰ったら夕食奢りなさい」
「いいわよ」
紫が嗤ったのを見てから、私は飛び出した。少しでも早く済ませるために。
……きっと、もう手遅れなのだろうけれど。