「……はぁ」
昨晩病死したという方の葬式から帰り、そのまま真っ直ぐと部屋に戻った。一人きりになった部屋の中、私は肺に重く圧し掛かっていた空気を吐き出した。喪服を身に包み当主を亡くして静かに涙を流す夫人のことを反射的に思い返してしまい、お腹の奥にズシリと重いものが圧し掛かる。それを再び吐き出そうとしても、肺には何も入っていない。息を吸ってやれば、吐き出した以上に重くなる。……命は、重い。
そんな時、閉ざされた襖を叩く音がした。
「阿求さん、お茶をお持ちしました」
「……彩様、ですか」
けれど、今は少し、一人でいたい。けれど、一人では押し潰れてしまいそうだ。そんな葛藤が私の中で揺れ、やがて彩様を部屋に招く方へと傾いた。それに、まだ礼を言えていない。
どうぞ中へ、と掠れた声で言うと、襖が静かに開いて慈しむような微笑みを浮かべる彩様と目が合った。圧し掛かる心の重みがほんの僅かだが軽くなったのを感じ、部屋に招いてよかったと思う。
「彩様。この屋敷の留守をしてくださり、ありがとうございました」
「気にしなくていいのよ。けど、どういたしまして」
彩様は、私が屋敷を出る際に屋敷に現れ、その時私が着ていた喪服を見て事情を察して留守をしてくれていた。その時の表情は悲痛が見え隠れしていて、見ていた私も少し痛かった。彩様が私に付いて葬式に参列しようとしなかった理由は、亡くなった方との関係がないのもあるだろうが、彩様が妖怪であることが一つになってしまうのだろう。
お盆に乗せられた二つの湯呑にお茶が注がれ、その一つを受け取る。湯呑から伝わる温かさが、今の私には心地いい。
「辛そうですね」
「……そうですね」
やはり私の表情に出てしまっていたようで、彩様に心配されてしまった。
亡くなった当主は、それなりに名の知れた方だった。私が年端もいかない少女であったころ、何度か顔を合わせて世間話をしたことを覚えている。しかし、一昨年に一人娘を亡くしてからは少しずつ憔悴していき、それを境に表に顔を出さなくなってしまい、最近になっては見ていられない程に変わり果ててしまったと噂され、そして娘の後を追うように……。
「私自身ならいざ知らず、誰かが亡くなるのはやはり慣れませんね。……とても、悲しいです」
「そうね」
寂しげに微笑む彩様は、開いた両手をジッと見下ろした。
「手を伸ばしても零れ落ちてしまった命を、手を伸ばしても振り払って落ちていく命を、手を伸ばしても気付いてくれなかった命を、私はいくつも見てきたわ。私にもっと出来ることがあったんじゃないか、って思ったことが何度もある。……その亡くなった方も、私から何かしてあげていれば、その病気を癒していればもしかしたら、って思ってしまう。けれど、もう私に全ては救えないわ」
そこまで言って口を閉ざした彩様は、顔を上げて私の目を見詰めた。その瞳の奥に強い意志を感じ、目が離せなくなる。
「だから、忘れないであげて。けれど、引き摺らないであげて。それが、遺された者の責務だと、私は思うの」
「……そう、ですね」
忘れない。私は、忘れられない。そんな能力を持っていてよかったと、そう思った。