警戒も兼ねて周囲を軽く見回してみれば、食べ歩きをしている少年少女、お店の前で列を作っている人間達、お店で注文をしている男などなど。お昼時だしお腹空いてるんだなぁ、と思った。どうでもいいけど。
「あ、ここですね」
「阿求様が先程言ってた幻想郷初の喫茶店ですか」
私の前を歩いていた阿求が立ち止まり、私に振り向きながら指差した喫茶店には、分かりやすく喫茶店と彫られた木札を吊るしていた。窓から店内を覗いてみると、八席のうち半分くらいが埋まっている。どうやら閑古鳥は鳴いていないらしい。
暇だったから阿求のお屋敷に遊びに行ってみると、少し前に開店したという喫茶店に行こうと言われたのでとりあえず付いてきた。道中で人間の里で初めてコーヒーを売り出しているとか、外の世界から流れてきた細々とした情報から喫茶店を名乗ることにしたそうだとか、そんな事前情報を聞かされた。……コーヒー豆、紫様が横流ししたんだろうなぁ。多分。
「早速入りましょうか」
かなり期待しているらしく、阿求は私の返事も聞かずにさっさと喫茶店の扉を開けて中へ入っていく。チリンチリン、と軽い鈴の音が鳴った。
「おや、阿求様じゃないですか。何名様で?」
「二人です」
扉の向こうから喫茶店の店長と思われる渋い声と阿求の会話が聞こえてくる。私は帽子を深く被り直してから、喫茶店の扉を開けた。その瞬間、コーヒー特有のあの苦く香ばしい香りが漂ってくる。
ちょっとした苦い思い出が浮かんできて思わずため息を吐いていると、既に席に座っていた阿求に手振りで呼ばれたので隣の席に腰を下ろす。改めてこの喫茶店を利用している客を見回してみると、身に付けている服装や表情から生活に余裕のありそうな雰囲気を漂わせていた。……まぁ、今すぐ阿求に跳びかかるような無粋な人間はいなそうだ。
「ふむ……。珈琲って思ってたより高いんですね」
「そこは数がまだ少ないので。申し訳ございません」
「いえ、そういう意味で言ったのでは……」
「はは。分かっていますよ」
お品書きを見ていた阿求と店長の会話を聞き流しつつ、どのくらい高価なのか横目で覗いてみる。……うわ、本当に高い。普通のお茶の数倍はするんじゃないかな? あと、アイスクリンとか季節の果実の搾りたて果汁なども書かれていた。これらも高いけど。なるほど、余裕のありそうな人間ばかりいるわけだ。
お品書きに視線を戻した阿求は、囁くような声で私に問うた。
「……彩様、苦味は平気ですか?」
「あんまり」
コーヒーは紫様に飲まされたことがある。苦味の種類が違うからか、かなり飲み辛かった。
まぁ、たとえ飲めたものではなかったとしても対策はある。というか、目の前に粉砂糖が入った瓶が置かれている。値は張るようだけど、ミルクコーヒーを頼んでもいい。……あぁ、お品書きでは牛乳付き珈琲か。
そのことを軽く伝えてやると、阿求はすぐにミルクコーヒーを二つ注文した。私の分まで頼まなくてもいいのに、と思ったけれどここはありがたく受け取ることにする。何か買うつもりではなかったので、あまり手持ちがないのだ。はぁ。
「どうぞ。好みで量を調節していいからね」
少しすると、店長が私達の前にコーヒーとミルクを置いてくれた。言われた通り、私はミルクを全部入れて軽くかき混ぜる。チラリと阿求の様子を窺ってみると、コーヒーをそのまま飲んで口元を押さえていた。やっぱり苦いよね。うん。
砂糖を少し入れてから口に含んでいると、鈴の音がした。足音の向きから察するに、新たな客らしい。
「何名様で?」
「一人です」
その声と横目で見た姿で思わずミルクコーヒーを吹き出しそうになった。何とか堪えたけど。
「久しいですね。阿求、彩」
「お久し振りです、映姫様。何かあったのですか?」
「いえ、今日は休暇です」
当然のように私の隣に座ってきた映姫と阿求が私を挟んで挨拶を交わしていた。……物凄く居づらいんですけど。
ミルクと砂糖で大分飲めるようにしたはずなのに、何だか苦く感じ出したミルクコーヒーを静かに置いた。……あの、横からの視線が痛いんですけど。
「牛乳付き珈琲を一つ、お願いします」
視線が外れた、と思ったら映姫はお品書きを見ることなく店長に注文し、そしてすぐに視線が戻ってきてしまった。何でさ。私、何かした? ……何もしてないからか。はぁ。
「注文が届くまでの短い間ですが、貴女達に一つずつ説いてあげましょう」
そんなことを考えていたら、映姫はそう言った。私達に対してありがた迷惑だと言われるお説教らしい。阿求は身体を映姫に向けてしっかりと聞く気満々のようだが、私は聞きたくない。しかし、そう思ったところで、たとえ口に出したとしてもその口を閉ざすことはないだろう。はぁ。
「まず、阿求。貴女は少し妖怪との縁が濃過ぎる。現状は罪となるほどではありませんが、深入りをし過ぎて道を外さぬように」
「はい、これからも気を付けます。映姫様」
まぁ、確かに人間の里に住む人間の中では格段に妖怪と接する数が多いよね。主に私の所為で。……まぁ、目の前で人間を辞めてしまった存在を見せてしまったのだ。流石にあんな風に成ろうとは思わないだろう。
そんなことを考えていると、映姫を視線が頬に突き刺さった。
「次に、彩。貴女は少し嘘を吐き過ぎる。貴女は妖怪なので嘘を吐いたところで舌を抜く必要はありませんが、貴女の場合はあまりにも多過ぎる。このままでは誰もが偽りの貴女しか知らず、三途の川を渡り切れなくなるかもしれない」
「……いや、流石に零人じゃないと思うんですけど」
紫様と藍、それと阿求と霊夢も一応。両手どころか片手で済んでしまったけれど、まぁしょうがない。……あ、妖精達と楽しく遊んでいたし、それら全員含めればかなりの数になるかな。含めていいか知らないけど。
そんなことを考えていたら、注文していたミルクコーヒーが映姫の前に置かれた。
「ゆめゆめ忘れることのないように」
その言葉を最後に、お説教は終了となった。
まだちょっと苦いかな、と思いながらミルクコーヒーを飲みつつ、ふと映姫がミルクをコーヒーに注いでいるのを眺めていた。……何故か混ざり合わずにミルクがコーヒーの上に乗っている。一体何が起きてるんだ……。
「おっと、いけませんね」
そう呟いたと思ったら、ミルクがコーヒーの中に沈み込み、そして混ざり合っていった。手品か。