終末に幸せを夢見てました   作:駄文書きの道化

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始まりの夢を見た

 幸せになって欲しかった。言ってしまえば、きっとただそれだけの願いだった。

 

 * * *

 

 夢を見ている。

 自分の人生を振り返る夢。正直に言って気分の良いものじゃない。

 有り触れた人生、特徴のない、山場もない。平凡という二文字がよく似合う人生だ。

 目標は大きくなく、ささやかな日々の糧の為に気の合わない上司に頭を下げ、仕事に追われる日々。

 日々の癒しは数々の物語。胸を躍らせる冒険活劇から、甘酸っぱい恋物語、幾多の登場人物達が描く群像劇。

 漫画であれ、小説であれ、アニメであれ。そういったものを求める日々だった。そうして何事もなく1日は過ぎ、そして繰り返す。

 そんな人生を追想する。繰り返す夢は終わりが見えない。また最初から。ダイジェストのように繰り返す自分の人生を振り返るのははっきり言えば苦痛だ。

 意識を逸らす。自分という存在から意識を逸らしてみれば、目の前に広がったのは……灰色の砂漠。

 見た事のない景色の筈だった。寂しい筈の世界だった。それなのにどうしようもなく落ち着くという矛盾を感じた。

 

 帰りたかった。――どこに?

 

 わからない。自分が帰るべき人生はこのどうしようもなく平凡で平坦な人生で。

 決してこのような何もない灰色の砂漠ではなかった筈だった。けれど、落ち着いている。

 これは夢だ。きっとそういう事もあるだろう。自分が理解出来ないものもある。目が覚めて見ればおかしいと思う事だって、夢の事であればどうしようもなく普通な事なんだろう。

 帰りたい。灰色の世界で思う。あぁ、帰りたかった。この静かな世界はどうしようなく落ち着く。日々に追われる事もない、そんな日々はきっと良いものだろう。

 

 ――夢を、見た。

 

 知らない街。知らない人達。知らない過去。知らない、知らない、知らない。

 これは、私の現実だ。私を振り返る夢だ。私はこんな灰色の世界も、平凡な人生も知らない。

 世界は危機に満ちていて、平凡な“自分”が見るような物語に出てくる架空の者達が現実にいて。

 灰色の砂漠に望郷と安心を覚える感覚なんてさっぱり理解が出来なくて。それがどうしようもなく恐ろしい。自分じゃないものが自分の中にあるような錯覚を覚えてしまう。

 

 これは夢だ。何度も言い聞かせる。――誰が?

 自分とは誰だ。私とは誰だ。灰色の世界を見るのは誰だ。

 わからない。わからないけれども、夢は夢だ。なら、出来れば良い夢が見たい。

 最近見た記憶は何だろうか。そう、妖精だ。妖精の夢を思い出す。

 命をかける少女達の、終末が近い世界で繰り広げた……とても、悲しくて、切なくて、でも目が離せなかった物語を。

 

 

 * * *

 

 

「――は……?」

 

 唐突に意識が戻る。夢を見ていた浮遊感から意識が現実へと引き戻される。

 夢を見ていた、という感覚は強く覚えている。そして目覚めたばかりの脳は現実を認識しきれない。

 

「あー、あぁー、うん」

 

 呼吸を思い出すように息をしてみた。声が出ると、聞き覚えのある、聞き覚えのない声が聞こえた。なんだろう、この矛盾に満ちた感覚は。

 起き上がってみようとして、自分が灰色の砂漠で寝転がっている事に気付いた。

 

「……どうしてこんな所で寝転がって……?」

 

 わけがわからない。最後の記憶を辿ろうとして意識を集中して、けれど絡み合う記憶で思い出せない。

 しかもとても不可思議な事が起きていて、思わず眉を顰めるように力を込めた。

 

「……記憶が、いっぱいある?」

 

 そう。記憶がいっぱいある。少なくとも3つはある。

 平凡だった誰かの夢。平坦な争いのない世界を生きて、物語に心を揺らされた誰かの夢。

 灰色の砂漠の夢。帰りたくて、静かな砂漠が恋しくて、寂寥感に心が満たされていた夢。

 そして――神様が世界を滅ぼそうとしていた、帰りを待ちわびた誰かが帰って来なかった夢を見た。

 痛い。どうしようもなく心が痛い。最後の夢を想えば想う程に心が引き裂かれていくようだった。

 帰らなかった。あの人は帰らなかった。待っていたのに、帰ってこなくて、寂しくて、悲しくて、とても辛くて。

 そうして私、――“アルマリア・デュフナー”は心を痛めながらも、彼が守った世界を生きようとして。

 

 

「――アルマリア・デュフナー?」

 

 

 声が掠れる。それは確かに私の声だった。アルマリア・デュフナーその人の声だ。

 けれど違う。少なくとも“自分”はアルマリア・デュフナーではない。それは自分が知る限りは物語の登場人物の名前の筈。

 飛び起きるようにして身を起こした。灰色の砂漠、そこに沈んだ見慣れた/見慣れない街の景色。そこに混じり合うようにして自分の知る世界が重なっている。

 ここはどこ、ここはどこでもない。覚めた筈の夢がまだ続いている。そんな気がする。じゃないとおかしい。ぐるぐると思考が巡って、自分の内側にあるものを全て吐き出したくなる衝動に駆られる。

 

「……なに、これ」

 

 整理が必要だ。少なくともこの状況を知る為の整理が。

 私はアルマリア・デュフナー。帝国領ゴマグ市にあるフォーリナー記念養育院で育った女の子。

 自分はアルマリア・デュフナーを物語の登場人物の少女として知っている。

 そして灰色の世界は、とても帰りたかった場所。恋い焦がれて追い求めた筈の場所だった。

 3つの認識が複雑に絡み合って、絡み合った結果にどうしようもない違和感と認識だけを刻み続ける。目の前が歪む程に辛い。

 

「……ここは、“すかすか”の世界……?」

 

 掠れた声が紡いだのは、どうしようもなく困惑した色が込められていた。

 『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』は名作である。

 自分は最近読んだこのお話をいたく気に入っていた。絶望的な世界で生きる少女達の、そしてそんな少女達と共に歩いた青年のお話。

 私が知ってる、知らない筈の物語だった。けれど、それは遠い未来の話だった。少なくとも私が生きていた時代よりも遙かに先だと、そう認識出来る。

 そして灰色の世界は、物語の彼等が絶望的な状況に追い込まれる元凶達が生み出した光景で、この世界のあるべき姿で、どうしようもなく突きつけられる現実そのもの。

 そしてアルマリア・デュフナーという少女は、そんな灰色の世界を生み出した元凶達、〈獣〉と呼ばれる存在達の最初の〈獣〉へと変貌する少女である。

 

「――落ち着こう。これは夢だ」

 

 混乱する。一体全体何がどうしてそうなるのかがわからない。

 整理する。自分には3つの記憶があり、その3つの記憶を持った意志は混ざり合ってる。割合で言えば“この世界”を物語としていた俯瞰の自分がいて、そこにアルマリアとして生きた私の認識が混ざり合ってる。そして意識の端で〈獣〉としての回帰の誘惑がちらついている。

 ゆっくりと息を吸う。言葉を口にするのは大事だ。現実を認識して、適切な行動を取る事が解決への糸口……!

 

「転生もの!? 憑依もの!? どっちにしろ、どうして私なのーーー!?」

 

 なのー、なのー、なのー……。

 虚しく響き渡る自分の声が、どうしようもなく認識したくない現実への思いを表しているかのようだった。

 どうやら私は、アルマリア・デュフナー。もっと正確に言えば、この世界を滅ぼしたと言われる〈獣〉の一種になってしまったらしい。

 

 

 * * *

 

 

「夢、じゃないよね……」

 

 ぐい、とほっぺたを抓ってみても夢が覚める気配はない。現実逃避を体感時間で1日使ってみたけれども夢が覚める気配もない。

 それにお腹も空かなければ眠気も来ない。重たい溜息を零しながら起き上がる。世界はアルマリアとして知っている世界と、現代の世界の建物が灰色の砂漠の中に埋まってるという退廃的というか、終末的な景色だった。

 

「うーん、これ現実かな……それともまだ夢の中なのかな……」

 

 夢じゃないけれど、夢の中にいる可能性があると思うのは“すかすか”の物語の私、アルマリアを知っているからだ。

 アルマリア・デュフナーは人間が本来の姿である〈獣〉に戻った最初の人であり、約束を守れなかった“彼”、準勇者(クアシ・ブレイブ)を待ち続ける為に多くの人を巻き込んで架空の夢を作り上げた獣だった。

 そうして最後には“彼”の手で討たれ、夢は覚めて私という獣、<月に嘆く最初の獣>(シャントル)は討ち果たされる。そういう筋書きの物語。

 だから今、こうしてここにいる自分が現実の世界にいるのか、それとも夢の世界にいるのかわからない。わからないけれど……多分、夢。3つの認識が重なり合ってる世界が証明だと思う。

 

「……私がここにいる、って事は、まだすかすかの本編は始まってないって事だよね」

 

 <月に嘆く最初の獣>(シャントル)が討ち果たされるのは、すかすかの物語でも後の方だから。

 まだ私がそのまま存在しているという事は、そういう事なのだろうと思う。

 

「……うん。それなら、そうだなぁ」

 

 思考する。3つの意識は統合されつつある。

 灰色の砂漠の、静謐なる世界に落ち着く自分がいる。

 意図せずして自分の未来の結末を知ってしまった私がいる。

 私はきっとアルマリアで、同時に〈獣〉で、そしてこの世界の行く末を見た誰かだった。

 こんな奇跡は本編には存在しない。有り得る筈のない異分子だ。だからこそ思う。

 

「未来を、変えたい」

 

 変えたい。『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらってもいいですか?』はタイトルの通り、とても救いがない。

 それだけ必死に生きてきた彼等の、報われて、それでも報い切れてない、そんな切ない物語だった。

 

「おとーさん……」

 

 そんな切ない物語を歩んだ主演の1人であり、自分にとって大事な家族だったヴィレム・クメシュの顔がよぎる。

 

「クトリ……」

 

 そんな彼と寄り添い、ヴィレムに恋をして世界一で幸せだったと言い切りながら燃え尽きた妖精兵の少女、クトリ・ノタ・セニオリスを思う。

 

 

「――認めない」

 

 

 そうだ、認めない。これがどこかで終わった物語だとしても。今、自分が認識している世界では先の話かもしれない。

 だったら認めない。あんな風に燃え尽きて終わる物語は認めない。だって、幸せだと笑ったクトリの、幸せにしたかったというヴィレムの物語があんな形で終わってしまうのは嫌だ。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。安心なんかしてられない。帰りたいなんて思ってられない。強く心が軋んだ。体に力が込められていく。

 機会があるなら、それが叶えられる機会があるなら。生きないと嘘だ。それが私の結論。全てを知った上で望む願い。

 

 

「――私は、終末に立ち向かったあの人達の幸せが見たいんだ」

 

 

 

 * * *

 

 

 時は、流れる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 遠目に炎の色が見える。

 日が沈んだ先に見えるその灯りに少しだけ彼女の心が躍った。

 表現するならわくわく、と言った具合だ。軽くなった足取りで彼女は砂漠を踏みしめる。

 人の声も聞こえてきた。わくわくは更に膨れあがって、彼女の顔に笑みが浮かんだ瞬間に、そしてその笑顔は同時に引き攣る。

 視線の先、一直線に自分に向かってくる2つの影を目にしてしまったからだ。

 日が落ちた世界で眩く輝く2つの燐光。蝶のような羽根を広げてそれは向かってくる。

 

「わ、わ、わぁ、ま、待って、まっ――!」

 

 待って、ともう一度、叫ぼうとした。けれども、それよりも早く到達し振り抜かれた剣に彼女は自分も持っていた剣で応戦する。

 甲高い金属音が鳴り響く。振り回すには巨大な剣だ、それを押し込まれるのを必死に押されまいと力を込め直す。

 向かって来たのは、まるで少年のような風貌をした赤髪の少女。敵意を隠さず、明らかに怪しむように眉を寄せた少女を見て、相対する彼女は少しだけ笑みを浮かべた。

 

「あー、あー、えっと、私は敵じゃ――」

「――ノフト!」

 

 敵じゃない、と説得しようとした所で飛んで来たもう1人、青髪の少女が振り抜いた剣をノフトと呼ばれた少女の剣を弾き返しながら受け流す。

 そのまま2人から距離を取るように地を蹴るも、追いすがるようにして二人が迫る。いやいや、と思わず彼女が声を上げて口元を引き攣らせる。

 

「ちょ、ちょっとお話を聞いて!」

「……何者ですか?」

 

 冷たい声だった。警戒を隠さない、けれども動きを止めてくれた事にホッと息を吐く。

 

「それ、“遺跡兵装(ダグウェポン)”ですね?」

 

 青髪の少女が問う。彼女の手に握られた剣は、まるで金属片を組み合わせたパズルのような刀身を持っている。それはこの場にいる3人の武器の共通点だった。

 警戒心を剥き出しにする少女2人に対して、彼女は剣をそのまま地面に突き刺すようにして手を離す。そのまま両手を挙げるようにして、おずおずと2人の少女を見やる。

 

「えーと……良ければお話を伺いしたいな、と思ってるんだけど、その、こっちに敵意はない、って信じて貰える……かな? あぁ、えっと、何者か、っていう質問には怪しいものじゃないと答えたいけれど……説得力ないよね?」

「ありませんね」

「うん。だから怪しまないで、とは言わない。じゃあ、何者かと聞かれれば私はこう答えるしかないね」

 

 そう言って彼女は被っていたフードを脱ぐ。丁度、月明かりが差し込んで彼女の顔を鮮明に2人の少女の前に晒す。

 

 

「――人間、だよ。初めまして、妖精のお2人さん?」

 

 

 彼女、アルマリア・デュフナーはそうして笑いかけた。

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