終末に幸せを夢見てました   作:駄文書きの道化

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私と彼女の奇行

 クトリちゃん達の稽古の初日を終えてからというもの、私の日常は子供達の世話、掃除に洗濯、おとーさんの稽古指導と慌ただしく動き回っていた。

 あれからクトリちゃん達と稽古はしていない。まずは基礎を高めるという事でクトリちゃん達は体力作りと知識を身につける為の勉強中だ。

 そのついでというように、まだ成体になっていな妖精達にも授業の時間を設けた。その時はクトリちゃん達も教える側に回っている。

 そんな日々の変化に加えて、私には大きな変化が1つあった。それは……。

 

「……」

「……」

(ま、また見てる……)

 

 何故か、ラーントルクが隠れるようにして私を見るのが増えた。

 ふと視線を感じれば必ずいる。暫く視線を合わせていると姿を隠すけれど、気付けばまた観察する為に物陰にいる。

 料理をしている時も、掃除をしている時も、洗濯をしている時も、おとーさんとの個別稽古をしている時も。気が付けば、ラーントルクが見ている。

 何を考えているのかわからない無表情で、感情が絶えた瞳で見据えられるのは正直、怖い。

 

「……ラーントルク?」

「……」

 

 声をかけると、キッ、と睨んでからラーントルクが去っていく。

 

(んー……どう捉えてあげた方が良いんだろうなぁ)

 

 ラーントルクが私への好き嫌いはともかくとして、関心は高いんだろうと思う。

 ただ本人が何を望んでいるのか言われないといまいち確信に至れない。推測は立てられるけれども、推測で気を遣うとラーントルクに拒絶されそうな気がする。

 

 それから変化があったのは数日後。私がキッチンに入ると先客でラーントルクがいたのが切っ掛けだった。

 

「あれ、ラーントルク?」

 

 声をかけると無表情で見返される。けれど、すぐに眉がつり上がって視線を逸らされる。

 ラーントルクは手際よくパウンドケーキを作っていた。その手並みに思わず関心する。随分と上手だと。

 

「ラーントルク、料理上手だね」

 

 反応はない。けれど肩がぴく、と跳ねたのは見逃さなかった。

 ラーントルクの邪魔にならないように下処理でもしていようと作業していると、パウンドケーキの良い匂いが香る。その中に僅かに混ざった香りに感心してしまう。

 

(少しブランデーを入れたのかな?)

 

 ラーントルクの好みを知る手がかりとなるかもしれない、と心の中でメモを留めておく。

 そうして私も下処理が一段落した時だった。ラーントルクが無言で切り分けたパウンドケーキを持ってきた。フォークと一緒に差し出されて私は思わずきょとんとしてしまった。

 

「……えーと、食べれば良いの?」

「食べてください」

 

 食べて、と言う割りには視線が挑みかかるような程に力が篭もってるけど……。

 気になったけれども、食べてと言われて否とは思わなかった。折角だから頂いて味わおうと思ってラーントルクのパウンドケーキを口に運ぶ。

 

「うん、美味しいよ」

 

 感想をつけるなら大人風味。甘みよりも苦み、けれど口に残る苦みは嫌味には感じない。風味でつけられたブランデーの香りも良い。コーヒーの豆かな? しっとりとした味わいに思わず笑みが零れる。

 私が感想を言うとラーントルクは目を細めてジッ、と私の顔を見つめて来た。その死線の圧に思わず一歩引いてしまう。

 

「……何か、気になった事とかは?」

「え? 気になった事?」

「……」

「え、えー? えーと……総じて言うなら、私は好きだけど皆はどうだろ。まだちっちゃい子も多いから苦みが好まれないかも。でもおとーさんとかナイグラートさんなら美味しいって言ってくれると思うよ?」

「……成る程。食べる人の視点ですか。それは盲点でした」

 

 うん。私が食べる分には良いけど、子供達のおやつにするには味わいが大人っぽすぎる。

 ラーントルクぐらいだったら丁度良いのかもしれないけれど、こればかりは好みも関わる。料理を作る上で、上手に作るのも大事だけれど食べて貰うという事を意識して貰うのは大事だったりする。

 おとーさんだって料理はそこそこ出来るくせに、私の方が美味しいからという理由でバターケーキを作らないのも似たような理由じゃないかな。あいつの方が上手く作れるんだから自分が作る必要はない、って。

 

「……ありがとうございました」

「え、あ、どうも?」

 

 パウンドケーキを抱えたままラーントルクが去っていく。その姿を見送って、思わずぽつりと呟いてしまう。

 

「……何だったんだろう?」

 

 

 * * *

 

 

 それからというもの、ラーントルクは行く先々で私の傍に現れた。

 料理の手際を、掃除の手順を、稽古の様子を。すぐに見つかるというのに物陰から隠れるようにして伺っているのだ。けれど近づいて来るのは希で、普段は声をかけても姿を消してしまう。

 そんな私とラーントルクとの不思議な距離感は当然と言えば当然だけど皆が知っている。

 

「まるで猫みたいな奴だな」

「ラーントルク?」

 

 おとーさんの体を触りながら私はおとーさんと雑談に興じる。ここはおとーさんの私室。おとーさんは上半身の服を脱いで、傷が無数に残った体を晒している。

 その体に私は触れて行く。もう、おとーさんの体はズタボロの半死人といった状態だ。その治療を施す為に改めておとーさんの傷の状態を確認してるけれど……。

 

「ここまで呪詛が入ってると、うん。……ほぼ人間を辞める事になるね」

「そうか」

「うん。……ただ、クトリちゃんみたいには行かない。おとーさんは人間だからね、星神(ヴィジトルス)の因子が足りない。過剰に与えたら獣の侵蝕に耐えられなくなる」

 

 おとーさんの完全治癒は不可能。完全に人間を辞めた上で、というのなら完全治癒も有り得たけれども、それはおとーさんが拒絶している。

 となれば、獣の因子で修復出来る所は修復して、不変の状態に固定するしかない。獣は不老にして不死、そして不衰の存在。これを弱める事で、おとーさんがこれ以上に壊れていかないように保存する、というのが治療の処置となる。

 

「全盛期には戻せないし、それ以上強くもなれない。最低限の因子で済ませるから不調が全部治る訳でもない。それが、おとーさんが人間でいられる最低限のラインかな。それでも人間から外れた存在にはなる。魔力は……多分、もう使えなくなる」

「そうか」

「……それで良いんだよね?」

「あぁ」

「わかった」

 

 これ以上はお互い、何も問わない。おとーさんは最低限の処置を受けて、人間を辞めつつもその影響を最小限に。今という状態を維持したまま、これからも生き続けていく事になる。

 外的要因以外での死亡はほぼ無くなると思う。寿命も、病魔も。きっとおとーさんを殺すには至れなくなる。

 勿論、獣の因子を更に注げばおとーさんの獣の因子が覚醒して、その制限も何もかもが無くなる可能性もあるけれど。きっと、おとーさんはその道を選ばない。私も、選ばせたくはない。

 

「ん。もう服を着てもいいよ。処置はまた今度にしよ」

「あぁ、悪いな」

 

 診察を終えておとーさんが上着を着始める。私も部屋を出て行こうとドアノブに手をかけた所で、扉の向こうの気配に気付いてドアを勢いよく開ける。

 そこにいたのはラーントルクだった。扉が勢いよく開いた事でビックリしたのか、その目が皿のように見開かれている。

 

「ラーントルク?」

「あっ」

「……何やってるの?」

 

 思わず肩を掴んでしまう。色々と様子を伺っているのは放置していたけれども、ラーントルクは何を思っているのだろう。そんな興味は私の心に浮かんだ。

 逃げようとしたラーントルクを素早く捕まえて部屋へと引き摺り込む。上着を着終わったおとーさんが一瞬驚いたような顔をして、すぐに苦笑へと表情を変える。

 

「何やってるんだ? ラーントルク」

「……別に」

「大方、アルマリアと俺が話してる声が聞こえて盗み聞きしてたんだろ?」

 

 ラーントルクは何も言わずに視線を背ける。最近の彼女は随分とわかりやすい。

 

「まぁ、お前がどう考えて動くかは自由だし、お前の自主性を重んじるつもりだがな。素直になった方が楽な時もあるぞ」

「……わかったように言わないでください」

 

 苛々とした様子を隠さずにラーントルクがおとーさんを睨む。おとーさんは飄々とした表情で、似合わない笑い声を零している。

 うーん。ラーントルクが何を考えてこうしてるか、か。多分、私への対抗意識だとは思う。私は何かとラーントルクの神経を逆撫でしてしまうようだし。

 けれどラーントルクは相手から学ぶ事が出来る頭の良い子だ。例え嫌いな相手だったとしても、いや、逆かな。嫌いだからこそ相手を観察して、その美点、欠点について考える事が出来る。

 ただ、頭ではそう思っていても感情まで同じ方向まで向けるかと言われればそうじゃない。ラーントルクは頭は良いし、探究心が強い。けれどプライドだって高いし、疑り深い方だ。だから私やおとーさんへの態度に現れるんだろうなぁ。

 

「あまり盗み聞きしちゃダメだよ? 聞きたい事があったら答えるからね」

「……」

 

 いつものように私を睨み付けて、ラーントルクは部屋を後にしていく。その背中を見送って頬を掻く。うーん、打ち解けられない。無理強いはするつもりはないけれど、ちょっと寂しい。

 

「あの年頃の娘は難しいな」

「そうだね」

「お前もあれぐらいだったか」

「私はもうちょっと大人だったよ」

「はいはい」

「むー。何さ、その反応」

 

 投げやりなおとーさんの反応に不服を申し立てるように頬を膨らませて見せる。

 

「俺達は約束を破ったからな。あの続きはなかった」

「……そうだね」

「でも、彼奴等はこれからがそうだ。俺達と同じ道は歩ませたくはないよなぁ」

「うん」

 

 それが、きっと私がここにいる意味だから。

 

「おとーさんだって、クトリちゃんを泣かせたら承知しないよ?」

「わかってる。今日の事を言えば少しは気も安らぐだろ」

「そうだね。きっと喜ぶと思うよ」

「ありがとうな、アルマリア」

「いえいえ、どう致しまして」

 

 お互いに顔を見合わせて、なんだかおかしくて笑い合う。

 悩み多けれども日々は平穏そのものだ。きっと、これは終わりに向かう世界では最高の贅沢なんだろうな、なんて。強くそう思えた。

 

 

 * * *

 

 

「相変わらずラーンには逃げられてるのか?」

「うーん、ぼちぼち?」

「ぼちぼちって何だよ。あ、それ1つ頂戴」

「つまみ食いはだーめ」

「ケチ」

 

 夕食の準備をしていると、今日のお手伝い担当のノフトと話に話が咲く。やっぱり話題となるのはラーントルクの事だったりする。

 

「ラーントルクはどんな調子?」

「こう、いつも眉間に皺寄ってる感じ。上の空な事が増えた」

「重傷?」

「大分」

 

 そっかぁ、と相槌を打ちながらも手は止めない。ノフトが切り分けた材料を確認を頼まれたので視線を向ける。問題がない事を確認してこちらで預かる。

 そこで一度、会話が途切れて食事を準備する音だけが響いていく。次の話題の切っ掛けを作ったのはノフトからだった。

 

「なぁ、アルマリア」

「ん?」

人間族(エムネトワイト)ってどうして強いんだ?」

 

 ノフトからの質問に私は鍋を掻き混ぜながら、どう答えようか考える。

 

「ん、んー……。難しいな、どう答えよう。ノフトは強くなりたい?」

「そりゃ、強くないとあたし等のいる意味がないし」

「私は、そこが違うかな、って思うかな?」

「違う?」

「ノフトは“強くなきゃ意味がない”でしょ? じゃあ、意味が無くなったらノフトは強くならないの?」

「…………考えた事なかったなぁ」

 

 私の問いかけにノフトはたっぷり間を置いてから答えてくれた。

 

「だって、そんなのあり得ないし、考える必要なかったし」

 

 妖精兵達と獣の戦いは、妖精兵が自爆覚悟でようやく防衛が出来ていたという力関係だった。

 強くならなければ世界が守れない。守れなければ意味がない。だから命をかけて、自分の身を犠牲にしてでも獣の侵攻を食い止めないといけない。

 けれど、もしも。獣を妖精兵達が倒して、世界が平和になる事があったら? その時に妖精兵たちの居場所はあるのだろうか。多分、きっと無い。

 

人間族(エムネトワイト)はいっぱい考えたんだよ。強くならなきゃいけない、ってのもそうだけど、戦う人は皆強くなろうとした。……ノフトはセニオリスってどう出来たか知ってる?」

「セニオリス? クトリの遺跡兵装(ダグウェポン)だよな。知らないけど」

「あれって偶々出来たんだって。だから伝説の武器とか言われてるけれど、中身の護符(タリスマン)がありきたりなものとかしかないとか」

「そうなのか?」

「そうなの。風邪にならないように、とか、そんなの武器にしようと思う?」

 

 ノフトが驚いたように目を見開いて、それから信じられないと言うように首を左右に振る。

 

「思わない」

「でしょ? でもね、武器にしちゃったのが人間族(エムネトワイト)なんだよ」

 

 諦めが悪い、と言えばそうなのかもしれない。けれど、あの時代、皆が戦っていた。それぞれの理由で、それぞれの場所で。それぞれの理由を抱えて。

 諦める理由はたくさんあったし、諦めない理由も同じぐらいあって。じゃあ、結局人はどうすれば良かったのか、なんて問われたら答えは1つだ。

 自分がやりたいようにする。満足出来るように戦う。結局、そういう事だと思う。

 

「戦わされてるだけじゃ強くなれない。強くなる必要も、意味もない。だからそこから先がない。もし先を望むなら、その先で本当に奇跡を起こせるかもしれない。それが人間族(エムネトワイト)の強さだった、って言えるかな」

「だから戦わされてるだけのあたしは弱いのか?」

「強くなる理由はあったの? ノフトには」

「……んー。そうだな。だってあたし等にしか出来ないって言われたら強くなるしかないしさ。アルマリア達と会うまでは自分が強くないと、って思ってた。でも、今は違う」

「違う?」

「だってアルマリア達の方がどうやっても強いじゃん。だから、なんか悔しいだろ」

 

 ノフトは私と目を合わせる事はない。ただ手を動かして、洗い物を片付けながら言葉を続ける。

 

「あたし等しか出来ないって言われてきて、でも自分よりも上手くやれる奴が来て。しなきゃいけない、じゃなくなって。なんか、悔しいだろ。だから強くなる。だからあたし達にはなくて、アルマリア達が強くなる為に何かを持ってるんじゃないかって」

「……そんな事を考えてたんだ?」

「ラーンがあれだけ悩んでたらな。あたしだって少しは考える」

「そっか。んー……私達にあって、貴方達にないものかぁ」

 

 手を洗って、濡れた手を拭ってからノフトの頭を軽く撫でる。

 

「時間、かな?」

「時間?」

「経験でも良いよ。経験ってね、受け継がれていくものなんだ。でも経験は教えて貰っただけじゃ身にならない。知識と体験が結びついて経験になる。そして経験は知識の下地になって、次の体験の備えになる。それは人生の道標に変わっていく」

 

 差し伸べて貰った手。それも道標。

 教え授けて貰った事。それも道標。

 追いかけてくる視線。それも道標。

 

人間族(エムネトワイト)が強かったのは経験があったから。受け継がれた知識と体験を恐れず冒険する心、未知に挑戦する心、そういうのが結びついて力になっていく。文明は積み重ねて行くものなの。だから、きっと貴方達に足りないのは時間なんだよ」

 

 ノフトが見上げるように視線を上げて来た。私もノフトの頭を撫でる手を止めずにノフトと視線を合わせる。

 

「私は貴方達に知識と経験を伝えて、体験の機会を増やしたいの。私達が積み重ねてきた時間は一度途絶えてしまった。けれど、私達には貴方達がいる。この世界がまだここにある。だから私は恐れず戦える。未来がわからなくても、可能性が見えなくても」

「だから、強いのか? それがアルマリアの思う強さ?」

「私はそう思う。私達の、人間族(エムネトワイト)の戦いは終わってしまった。けれどその戦いを受け継ぐ貴方達がいるのなら、私達の文化(いのち)は貴方達に続いていく。だからね、ノフト。貴方達は兵器であっても、捨て駒だとは思わないで。貴方達は私達を受け継ぐ、新しい世代になれる。未来を生きて、失う事を恐れて。それでね」

 

 ノフトと視線を合わせるように姿勢を下ろして、額を合わせる。祈るように瞳を閉じながら伝える。

 

「命を賭けて良いと思った瞬間が来たら、命を燃やしてもいいから生き抜いて。そこで終わったのだとしても、貴方から続くものがあると信じる時が来たら」

「……死ぬな、って言わないんだな」

「命は永遠には届かないから価値があるのかもしれない。人それぞれだけどね。私は嫌だけど、それを貴方に押し付けたくない。ノフトの命は、ノフトのもの。貴方が最後に決めて良いって思ってるよ。あ、でも粗末に扱うなら私が勝手に拾うかもね?」

 

 ぽんぽん、とノフトの背を軽く叩いて立ち上がる。ノフトの顔を見れば、目を閉じて何かに思い馳せるようで。

 けれどすぐに笑って表情を崩した。彼女らしい、真っ直ぐで曇りのない笑顔で。

 

「アルマリアの言ってる事、ちょっと正直わかんねぇ」

「そっか」

「あたしは難しい事を考えるのは苦手だし、それはラーンの分野だ。だからやりたいようにやる。あたしはあんたらに負けたままってのが癪だ。だからわからなかったら聞くよ。その権利があたし達にはあるんだろ?」

 

 ニッと笑みを浮かべながらノフトが言う。その笑みに、勿論だと頷いて。

 

「早く追いついてきてね、妖精さん達」

「すぐに追い抜いてやるよ」

 

 あぁ、そうだね。もし、そんな日が来て貴方達の背を見送って、見守って、そして帰りを迎える事が出来たのなら。

 それはきっと、かけがえのない幸福な事だ。だから頑張れ、頑張って。私が君達がこれから生きていける世界を用意するから。

 幸せになって、と。願いを込めるように。

 

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