「
誰もがその名に身構えた。そして、信じられないと言うように目を見開かせる。
まぁ、仕方ないよね。皆にとって獣は不倶戴天の天敵な訳だし。自分がそうだ、と名乗って警戒しない筈もない。
「それは貴方達がつけた名前だから、私としての名前はアルマリアのつもりなんだけど……」
「アルマリアが、獣? 獣だって……? なんだよ、そりゃ……何の冗談だよ!!」
首を左右に振っておとーさんが前髪を掴み上げるようにして拒絶するように叫んでる。
警戒と、敵意と、困惑と。それを混ぜ込んだ視線を受け止めながら私はクトリちゃんに改めて視線を向ける。
「体の調子はどう? クトリちゃん」
「…………私に、何をしたの?」
唾を飲み込んでからクトリちゃんが私を睨む。先程まで感じていた存在が消えてしまいそうな気配は感じない。むしろ“私”と似たような気配を感じる。
こうするしか無かった、とは言っても。やっぱり説明してあげたかったよね。だからこれは私の我が儘。勝手だけど、なってしまったのだから私の贈り物だと思って受けとって欲しい。
「簡単に言えば、クトリちゃんに
「なっ……!」
戦くクトリちゃんの反応に思わず苦笑する。
「先に言っておくけど、だからってクトリちゃんが獣そのものになったり、貴方達を襲うようになる訳じゃないから! それだけは先に言っておくね! これは本当に延命するなら必要な処置なの」
「……どこから質問すれば良いんだよ。わかんねぇよ、何がどうなってるんだ……」
おとーさんが頭痛を抑えるように頭を抑えて呟きを零す。気持ちはわかる。私がおとーさんの立場だったら一緒に頭を抱えると思うし。
でも、だからって上手にこの状況を説明する上手い方法が浮かぶ訳でもなく。どうしようかなぁ……。
「私もどこから説明すれば良いのかわからないから、もう疑問をどんどん聞いてよ。クトリちゃんの崩壊は回避したから何でも答えるよ?」
「……貴方は、<獣>なんですよね?
顎に手を添えて思考を回しているらしいラーントルクが質問を投げかけてくれる。
約束だったね。全部話すって、ようやく果たせそうだ、なんて思いながら質問に答える。
「人間だったよ。その後、獣に変わった。……正確に言えば、“獣に戻った”って言うのが正しいんだけどね」
「“戻った”……?」
「そう。それが何故なのかって説明をすると、まずこの世界の成り立ちから説明しなきゃいけない」
「世界の成り立ち?」
この世界の成り立ち。
元々、この世界に最初に住んでいたのは<獣>だった。灰色の砂漠が広がる世界こそが最初にあった世界の形。
その星にある神様達が流れ着いた。それが後に“
彼等は長い旅を続けていた。記憶が磨り減らして、時間が時間として意味を失う程に旅を続けていた。
その頃にはもう故郷の道は失われていて。振り返ってしまったら帰りたいと思ってしまった。失ってから始めて気付いたのかもしれない。
彼等には死という終わりがなかった。ただ故郷の幻影に浸って、焦がれ続ける永劫に近い時の中。彼等が下した結論は『故郷を摸した箱庭の中で眠り続ける事』だった。
「だから
原理は簡単。獣という肉体に
魂という内側からの“呪い”を受けて、獣達は人間へと姿を変えて世界に広がっていった。
問題は、素材が足りなくなった事。人間は増えすぎてしまった。人間を人間として加工する為の“星神の魂”が足りなくなった。
肉体は増えても、魂は補充されない。それは人類という種族が行き着いた袋小路だった。人類は滅びるべくして滅びるだろう、と。
「元々、獣は不死不滅の存在だったけど、
けれど、それは途中まで成功して、最後の最後で失敗した。
最後の
「おとーさんが
「……」
当事者であったおとーさんは血の気が失せた顔で拳を強く握りしめていた。
自分が命をかけて世界を守ろうとした真実。何故戦わなければいけなかったのか、そんな真実。おとーさんは確かに人間を守り、世界を救った。ただ、そこからが続かなかった。
「最後の失敗は、人間の技術では獣に注ぐ筈の欠片を砕く事が出来なかった。獣を人間にするだけの加工が出来なかった。それが人類が滅びた理由で、獣がどこから来たのか、という答え」
「……
ぽつりと呟いたのはラーントルク。彼女は知りたかった真実を知ってどんな気持ちだろう。そして、これが最後のピース。
「ここからは、貴方達の話だよ。じゃあ
「……死霊の類、という意味ではなくてですか?」
「妖精は本来はもっと希薄な存在らしいよ。貴方達はね、その砕けきれなくて中途半端に砕けた
沈黙。その結論を語った所で、誰もが口を開かなかった。いいや、開けなかったんだろうね。いきなりこんな話を聞かされても反応に困る。返答を待たず、私はそのまま説明を続ける。
「……クトリちゃんにやったのは
「逆?」
「魂に合わせた肉体の因子を用意して、それを器に埋め込んだの。だからもう妖精ではいられない。かといって人間とも言えないけれど、延長線上にはいる。そんな存在だね、新人類って言った方がいいんじゃないかな?」
それは私だから叶えられる奇跡。獣でありながら人としての形を保った
「これが私から話せる真実だよ」
「……アルマリア、どうしてそんな事を知っている?」
「うーん、理由はいくつかあるけど。1つの大きな理由として
『はぁっ!?』
声が大きい面々の唱和に耳が痛くなる。思わず涙目になりながら耳に手を添える。
「
「砕けきれなかったって言ったでしょ? 生きて……はいないね。元気に死体と幽霊やってるよ。力そのものは全盛期以下の力らしいけど」
「元気に死体と幽霊やってるって何!?」
疑問は最もだけど、いや、やってるんだよあの子。元気に幽霊と死体を。
「セニオリスで死を刻んで、死体という状態で保管されてるって言えば良いかな。で、その魂を少し前まで私が呑み込んでて幽霊状態だった、って言えば良いかな」
「なんだそれ……」
理解が出来ない、と言うように誰かが呟いて首を振った。まぁ、そう思うよね。私もそう思う。
「……私、もう妖精じゃなくて、
ぽつりと、クトリちゃんが小さく呟いた。
視線がクトリちゃんに集中する。クトリちゃんは胸に手を添えて私を真っ直ぐ見つめてる。
「そうだよ。
「私、もう記憶を失ったりしない……?」
「頭でも強くぶつけなければ大丈夫じゃないかな」
「もう前世の侵蝕もない……?」
「新しい生物として確立しちゃったからね。確約は出来ないけど、以前よりもずっと頑丈だから大丈夫じゃないかな。もしそうなっても対処方法はあるしね」
「私、まだ生きていて良いんだよね?」
「勿論。……ただ、寿命とかはすっごく伸びてるだろうし、もしかしたら老化もしないかもしれない。死ねない存在になっちゃった可能性は無くはない」
そう。本当はこれを事前に承諾を貰いたかった。もしかしたらクトリちゃんはもう死ねない存在になっているかもしれない、というのが怖かった。
ない、とは思うけれども、ないとは言い切れない。だって前例がないから。だからなってみないとわからない。
だから本当は事前に話して同意を貰うべきだった。そう思ってる。けれど、クトリちゃんには時間がなくて事後承諾になってしまうのが少し辛かった。
「もし、これから先、恨むような事があったら私に――」
「恨まない!」
遮るようにクトリちゃんが叫んで、思わず目を開く。
「私、まだ生きてて良いって、もう自分が無くしちゃう事に怯えなくて良いって、それが叶うなら、良い。これから凄く辛くなっても、でも、でもね、今、凄く、嬉しいの」
だからね、と。言葉を紡ぎながらいつのまにかしゃくりを上げていたクトリちゃんが涙に潤んだ瞳を真っ直ぐに向けてくる。
「ありがとう、アルマリアさん」
……あぁ、その言葉が聞きたかった。ずっと、ずっと。
クトリちゃんの笑顔が見れただけで、大きな仕事を1つ終わったんだと感じた。
これで心残りが、1つ消えた。
「……しかし、貴方は危険な存在ではないのですか?」
疑問を投げかけてくれたのはラーントルクだった。私の一連の話を聞いて、何かを考え込むように唸っていたけれども漸く現実に戻ってきたらしい。
「獣は
「そうだよ」
「貴方も、そうなんですか?」
「“そうだった”が正しいかな。今は、微妙に違う」
「どう違うんですか?」
「獣って種類こそあるけど、共通として言えるのがこの世界を塗り替えた存在への憎悪や嫌悪感から逃れられないんだよね。だから滅ぼしたがるし、破壊したがる。それが獣の共通原理。でも、私は“
「和解?」
「獣も
「どう覆したのですか?」
「獣が故郷を諦める事を。私達もただ“人であろうとする”事を諦める事を。どんなに悲しくても、過去を凄く後悔しながらも、私達は“新しいもの”になる事を選んだ」
その目覚めが、あの日の私の始まり。全てを知っていた“自分”という異端から始まり、私になって、私達は“私”になった。
私は人で、同時に獣。そしてどちらでもないものに変質したもの。
「私は獣である自分を学んで、獣である私が人を学んで、互いに寄り添って1つの意志に統一された新しい獣群にして、人ならぬ人。それが、今の
これは私の願いで、“彼”の願いだった。
本来あるべき歴史で死したおとーさんが、ヴィレム・クメシュが己の獣と対面して抱いた願い。
誰もが故郷に帰りたくて、ぶつかって。そのせいで世界は壊れてしまった。
悪い事なんてなくて、小さな願いだったのに取り返しのつかない事になった。
それでも、帰る場所がなくて辛くても。新しい居場所を見つけられると。
『こいつらは、こいつらの故郷の世界しか見えてねぇんだ』
『なくしたものしか視界に入ってない』
『俺らのことだって必死になって押しつぶそうとしてる』
『なんか悔しいじゃねぇか、そういうの』
『だから、どうにかしてぇんだよ』
『今は何かヘンなのが隣にいる。そう、こいつらに思わせてぇんだ』
人生すらも終わって、それでも彼は願っていた。この終わった世界を見限って旅立つ事が出来たのに。
それでも、この終わりかけた世界に残ると言って。獣と共にある事を選んだ彼を私は知っている。
おとーさんがやるなら、私だってやらないと。そのチャンスがあるなら、それこそ全力で。
「……私ね、本当はおとーさんの帰りを待つ為に、故郷をずっと夢の中で繰り返して待ってたんだ。獣になって、それでも約束を守りたくて夢の中に自分の世界を作って引き籠もってたの」
それが、私。
「でも、ある日ね。奇跡みたいな事が起こってね。私と獣が繋がった。互いに理解なんて出来ないのに、でも繋がっちゃって」
それが、“自分”。
「このままじゃダメだって。だから、私は私の夢の中に閉じこめた人も一緒になって獣を理解して、理解されようとしたの」
それが長き時に渡る研鑽。最後に残った“
「最後に“私達”は私になった。それが今の私。かつてあった人と、かつていた獣が結びついたもの。確かに危険かって言われたら危険だよ。滅ぼそうと思えば、きっと世界を破滅に傾けられると思う」
それは獣である以上、変えられない事実だから。
「――それでも私は愛したかった。だから、ここにいるの」
それがどんなに人から非難されても良い。わかって貰えなくても良い。
幸せの押し付けだって言われても良い。それが出来るなら、ただそうしたかったから。
大袈裟な理由なんかない。ただ、大好きだったから。
「……あたしは難しい話はよくわかんねーし、とりあえずアルマリアが悪い獣じゃねーってことはわかったぜ。それでいいんじゃねーの?」
ふと、ノフトが声を上げた。そういえばさっきから随分と静かだった、と思ってしまいながらノフトに視線を向ける。
頭の後ろで手を組むノフトは自然体で、いつものように勝ち気な笑みを浮かべている。
「クトリも助かって、獣の一匹は敵にならない。妖精兵のあたし達も崩壊に怯えなくて良くなる。それって良い事尽くしだろ?」
「……そうだね」
「ちょっと、ノフト、レン! これはそんな簡単な話じゃ……」
「難しい事を考えるのはラーンの仕事だろ。何か危ないってわかったらラーンが気付く」
「ノフト、貴方は……!」
けらけら笑うノフトにラーントルクが頭が痛いというように額を押さえた。
確かにちょっと楽観的過ぎるかもしれないけれど、でも、それが凄く、凄く、……嬉しかった。
いつの間にかクトリちゃんも笑っていた。ノフトも、ネフレンちゃんも。
皆の笑顔がそこにあった。それが堪らなく嬉しくて、私は目に焼き付けるように彼女たちの事をじっと見つめていた。
* * *
情報を纏めたい、思考を整理したい、とラーントルクが言い出した事で内緒の密談会は解散となった。
それから作業が手伝っていたりしていると、いつの間にか夜が来ていた。私は外に出て、空を見上げながらぼんやりとしていた。
「冷えるぞ」
「あ、おとーさん」
いつの間にか近づいて来ていたおとーさんに目を向ける。
おとーさんは私の隣に腰を下ろして、一緒に星を見上げる姿勢になった。
それからなんとなく言葉が続かなくて、無言の時間が続く。
「……お前と、またこうしてゆっくりする日が来るなんてな」
「私も」
おとーさんの呟きに私も同意を返す。この光景は“自分”がどれだけ夢見た光景だろう。
本当に奇跡みたいで、実を言うと少しだけ実感がない。長いこと、ゴールだけ目指して走ってきたから。まだ道半ばだけど、ここは1つの到達点だったから。
「あ、そうだ。おとーさんも体、治したかったら言ってね? ボロボロなんでしょ?」
そう。おとーさんの体はもうボロボロだ。正直生きているのが不思議なぐらいに酷いらしい。
だからもう戦えない体で、戦おうとすればあっさり死んじゃいそうになる。その癖に本来の歴史だったらすぐに飛び出してしまうんだから、目を離せないな、なんて思ってしまう。
「クトリちゃんがこれからも生きていけるようになったんだし、面倒は最後まで見てあげないとダメだから。だからおとーさんがボロボロだったら良くないでしょ?」
「いや、いい」
「え、良いの?」
「――“代償”は何だ? アルマリア」
おとーさんの射貫くような視線が私を見据える。
怒っているような、悲しんでいるような、そんな感情が私に伝わってくる。
静かにおとーさんは怒っていて、嘆いていた。あぁ、そんな顔、させたくなかったのにな。
「代償のない奇跡なんてない。俺は、思い知った」
「……」
「お前に会えて嬉しかった。クトリが助かったのも良かった。懸念が1つ消えた。喜ぶ事ばっかりだ。あいつらの未来に希望が見えた。――それに、お前は何を支払った?」
「おとーさんの勘違いじゃない? ……って言ったら怒る?」
「凄く怒るぞ」
そうだよね、と呟きを零す。はぁ、と溜息を零して、視線をまた空に映す。
「私がやった事は
「言ったな」
「逆なだけで同じ事だって言ったら、わかる?」
「……じゃあ、それはつまり、そういう事なのか」
……どこからか、歯車が欠けた音がしたような気がした。
「クトリちゃん達を、
代償がない奇跡なんてない。全力を尽くして、差し出すものがもう何も残らなくて。そんな最後の最後で零れ落ちてくるものが奇跡だと言うのなら。
これは、ただそれだけの話なんだ。