沈黙が私とおとーさんの間に落ちる。私達の視線は交わらない。私は空を見上げて、おとーさんは私を痛ましげに見つめているのを感じる。
そう。結局、犠牲なしではクトリちゃん達は救われない。私の犠牲なくして
空に向けていた視線を下ろす。おとーさんと視線を交わして、私は微笑む。
「もしかして、私が犠牲になってクトリちゃん達を救おうとしてるって思ってる? それなら誤解だよ?」
「……誤解?」
「だって
「それは……そう、なのか? だが、お前が犠牲になるのには変わらないだろう?」
「犠牲って考え方がよくないんだよ。私が望んでやってるから、って言う問題じゃないんだろうけど……」
私は犠牲になる、なんて考え方はしてない。クトリちゃん達を助ける為には確かに私自身を削らなければならないのは事実。
けど、重要なのはそこじゃない。
「確かに私自身は有限で、
「悪い事じゃないって、……どうして、そう思うんだ? 死ぬんだろ?」
「だって、もう私3桁は生きたんだよ? おとーさん。人間としては、もう十分生きたと思わない?」
くすくす笑って私は言う。
「私には目標があって、自分が終わる前には果たしたい事があって、それはおとーさんと再会したり、クトリちゃん達を助ける事が出来たり、未来を繋ぐ可能性を残す事が出来たんだよ? これ以上は贅沢ってものだよ」
「……だから、死ぬのも、自分が砕けるのも怖くないって言うのか?」
「そうだね。もしかしたら怖いって感情は麻痺してるのかもね。ねぇ、おとーさん。私はもう獣なんだよ? 純粋な人間じゃない。確かに納得し合って、今の私になったけど、どうしたって違うものなんだから齟齬が出るものなんだよ。だから本当は回帰願望が消せてない」
帰りたい、帰りたい、と。そんな痛みと虚無感は私の胸にずっと残っている。
灰色の砂漠が恋しくて、静寂な世界に戻りたいと思ってしまう。よくよく考えれば獣は人間と交わった事で産まれた死の象徴。それは死滅願望とか、そういうものなんじゃないかなって思う事もある。
だから私は、多分きっと終わりたいんだと思う。納得はしたけれど、最高ではない。互いに譲り合って、妥協した上での私が成り立ってる。それを続けるのは……きっと、どこかで苦痛なんだと思う。
まぁ、苦痛に思ってるのは獣としての部分の私なんだろうな、と。そう思いながら。
「おとーさんだって似たようなものでしょ?」
「……否定はしねぇよ」
「流石、世界を救った
「俺は、何も救ってなかったし、守れなかったよ」
「それだったら私だって同じでしょ? 約束も、居場所も、何も守れなかった」
「それでもお前はクトリを救ってくれた」
「じゃあ、今度はおとーさんが頑張る番でしょ?」
「……俺の、番?」
「戦うだけじゃ何も守れないなら、戦う以外で守る方法を探せば良いんだよ。勝つ為なら何でも手段を探すのがおとーさんでしょ? どうして戦い以外でそれを発揮しようと思わないのかなぁ」
少し呆れたように肩を竦めて、私はおとーさんに言ってやる。
「おとーさんの勇者としての戦いは、もう終わったんだよ」
「――――」
「世界を救った。未来に繋げた。それ以上に戦えって? ひとりぼっちにされて、おとーさんが繋いだ後に何も出来なかった世界の見せ付けられて、まだ戦えって? 私はそんなのおかしいって言うよ。1人が犠牲になって救われる世界なら、いっそ滅びちゃった方が良いんだよ」
あ、滅びちゃってたね。そんな冗談も織り交ぜて。
おとーさんは案の定、渋い顔を浮かべている。冗談が余程に笑えなかったみたいだ。
「それは、お前にそっくり返せる言葉じゃないのか?」
「犠牲になってクトリちゃん達を救おうとするのは間違いだって?」
「……そうだ」
「ふふっ。おとーさんは心配性だね。昔からずーっと変わらない。それなら大丈夫だよ」
「何が大丈夫だって言うんだ」
「甘えん坊ってね、甘えたがりだけど、自分が甘えるだけの存在なのは耐えられないんだよ」
「……はぁ?」
「黙って救われるなんてご免だ、ってきっとノフトなら言うんじゃないかなぁ。ラーントルクだって貴方に施されるなんてご免です、なんて拗ねるだろうし。でも死んじゃいそうなら助けちゃっても文句は言えないでしょ? 抵抗出来ないんだから。それが嫌だったらあの子達は自分を自分で助けなきゃいけない。そしたらやる気も出るんじゃない?」
ぽかん、とおとーさんが口を開けて私を見る。私はそんなおとーさんがおかしくて笑ってしまう。
だってそう言うに決まってる。過ごした時間は短いけれど、ノフトとラーントルクはただ甘やかされるだけの子供じゃないと感じるには十分だった。
それでも助けたいのはこっちの勝手。あっちがどう思おうと、私はあの子達に幸せを押し付けたい。それが嫌なら逃げれば良い。ただこっちに逃がすつもりはないけど。
「私が欲しくて、あの子達にあげたいのは時間なの」
「……時間?」
「幸せを探す時間。考えて、悩んで、迷って、そして選んでいける。選ばされる事もあるし、誰かと生きて行けば意見は擦れ違う。絶対の価値観なんてものもない。でも、だから人って幸せになろうと思うんじゃないかな? 私はいっぱい悩んで、あの子達にもこんな時間を過ごして欲しいって強く思ったの。……勿論、おとーさんにもね?」
勿論、時間があれば幸せになる、なんて思ってない。
それでも無いよりは探せる。間違えたって回り道する事が出来るかもしれない。時間を置けば気付けなかった事に気付けるかもしれない。
「重要なのはどう生きるか、なのはわかってる。短い時間でも胸を張って生きれたら、それで幸せだと胸を張れるならそれでも良い。……でも、それでもやっぱりあげたいじゃん。貴方達はもっと悩んでいいし、楽しんでいいし、満足まで生ききって、それでも満足しきれなくても死んじゃっても」
「アルマリア……」
「自分が届かないなら、誰かに託す事だって出来る。命ってそうやって繋いでいくものじゃないかな?」
私という命の形はとても歪で、きっと未来はない。あくまで私は架け橋になるもの。かつていた獣と、かつてあった星神を繋ぐもの。
その生命の形はクトリちゃんを以てして形になった。私にだってまだ猶予があるし、あの子達にだってこれからの時間が与えられる。望める選択肢はきっといっぱい広がっていく筈で。
「もしかしたら私も最後まで削りきらなくて助かる未来だってあるかもしれない。未来を望むのを止めたら、もうきっとどこにも行けない。それに私が死んだら、今度は
「……ねぇな」
「なんで否定したのかな!?」
「甘え下手のお前がなれるかよ。お前はあんな風に可愛くはなれん」
「ひどーい!」
まるで昔懐かしいやりとりに私は声を上げて笑ってしまう。遠くて、長くて、それでも何も色褪せてないおとーさんとの日々。
いつの間にかおとーさんの表情も和らいでいた。顔を俯かせて、目元を隠すように手で覆う。
「……俺が知らない間に、立派になったんだな」
「おとーさんに負けてられないからね」
「嫌味かよ」
「嫌味に聞こえる?」
「……」
「無言は肯定と見なします! はい、どうせ劣等感みたいなの感じてるんでしょ? まだ2桁しか生きてないおとーさんには荷が重いと思いまーす」
「ババァか」
「女の子になんて事を!」
「3桁の年齢の女の子がいてたまるか」
あぁ、この口の悪さ。本当におとーさんは変わらない。けけけ、なんて似合わない笑い方しちゃって!
「良いことばっかりじゃないんだよ、でも」
「ん?」
「獣の因子を与えるって事は、死の象徴と向き合うって事なんだ。それって凄くしんどいよ? あの子達、死に対しての忌避感が薄いんでしょ?」
「……知ってるんだな」
「見てましたから。だから、私の因子を受け入れるって事は死とか、回帰の虚無感がどうしたって付きまとうと思う。クトリちゃんは、きっとこれから大変だ」
死と向き合うって事は、生きるって事だ。生きるって事は、辛いって事だ。
人生は辛いからこそ、たくさんのものを得て幸せという字を書くしかない。
辛いまま終わってしまうなら、生きてても意味がない。だから皆、幸せになりたがる。幸せにならないから、死にたがる。
「まだ続けていたい、って思うのは幸せだと思うし、このまま終わっても良い、だって幸せだと思う。望める終わり方が出来る事が一番の幸せだよね」
「……アルマリアは、幸せになれそうか?」
「たくさんの子供に囲まれて、最後までありがとう、って言って貰って終われたら幸せかな」
「そうか」
「おとーさんは?」
「……俺は、少し、自信がない」
「そっか」
空へと視線を上げる。夜風は涼しく、もっと言えば少し肌寒い。それでどうにかなる体ではなくなってしまったけれど、それでも物悲しさまで消える訳じゃない。
隣に座るおとーさんに頭を預けるように体を預ける。一瞬、身を竦ませたおとーさんだけど抵抗はしなかった。そのまま寄りそうようにして、どちらから話す事もなく時間は過ぎていった。
* * *
ラーントルク・イツリ・ヒストリアは憤慨していた。
最初は思考を整理している内に疲労を感じた為、夜風にでも当たろうと思ったのが切っ掛けだった。同室のノフトが気持ちよさそうに寝入っていたのに少しだけイラッとした。
いつか話すと、信用しきれないアルマリア・デュフナーから語られた真実の数々。それはラーントルクの情報処理能力をあっという間に過負荷に追い込んだ。
確かに知りたいとは言った。けれど齎された情報があまりにもあんまり過ぎる。アルマリアを怒るのは筋違いだとは思いながらも、ラーントルクはアルマリアへの好感度を下げていた。
そうして夜風を感じる為に甲板に出ようとした所で、その出口で知り合いの顔を見つけたのだ。
「クトリにレン? 貴方達、入り口で何を……」
「シッ!」
クトリが慌てたように人差し指で口を塞ぐように息を潜める。それに合わせてネフレンもまた人差し指を口に当てていた。
一体何なのか、とラーントルクが思っているとクトリが口に当てていた人差し指をそのまま甲板の先を示す。
そこにはあの気に入らない女、アルマリア・デュフナーとクトリ達と一緒についてきたヴィレム・クメシュが並んで座っていた。
今、ラーントルクの機嫌を損ねる2人だ。何やら会話をしているようで、クトリ達は2人の会話を盗み聞いていたのだと察した。
クトリがあのヴィレムという
そのまま立ち去る事も出来たけれども、興味を惹かれてしまったのがラーントルクの運の尽きだった。
『クトリちゃん達を、
なんだ、それは。
ラーントルクの胸を埋め尽くしたのは言いようのない苛立ちだった。
誰がそこまでして助けて欲しいと言ったのか。出会ったばかりで、ましてや仲良しな訳でもない。
思わず聞き入ってしまった内容には、やはり苛立ちが増していって顔が歪んでいきそうだった。
『黙って救われるなんてご免だ、ってきっとノフトなら言うんじゃないかなぁ。ラーントルクだって貴方に施されるなんてご免です、なんて拗ねるだろうし。でも死んじゃいそうなら助けちゃっても文句は言えないでしょ? 抵抗出来ないんだから。それが嫌だったらあの子達は自分を自分で助けなきゃいけない。そしたらやる気も出るんじゃない?』
知ったように言う。
というか、拗ねませんし。
ラーントルクにとってヴィレムという男も気に入らないが、アルマリアへの苛立ちは今までの生で一番の苛立ちを感じる相手だった。
まるで馬鹿にされたような、暴れ回りたくなるような衝動がラーントルクの胸中に荒れ狂う。
「冗談、じゃない」
言っている事は、まぁわかる。否定し尽くす程ではない。所々頷く事だってある。
だけど気に入らない。とにかくアルマリアの言葉を鵜呑みにする事がラーントルクには耐えられなかった。思わず歯ぎしりをする程に。
「……ラ、ラーン? 顔が怖いよ」
「元からこんな顔です」
「怒ってる」
「レン、私は怒ってません。というか、2人とも。盗み聞きなんてはしたないですよ、部屋に戻りましょう」
「それここまで聞いてたラーンが言う!?」
小声で怒鳴るという無駄に器用な会話を交わして、その場から音もなく去っていく。
こちらの声も届かないだろう距離まで来て、ラーントルクは苛立ちに任せて眉を寄せたまま唸った。
このままではすまさない、と。脳裏に浮かぶのはアルマリア・デュフナー。あのわかって言うような女に一矢報いてやらなければ気が済まない。そんな気持ちでいっぱいだった。
「ラーン、大丈夫……?」
「……何がです?」
「大丈夫そうに見えないから……」
「大丈夫です」
クトリが気遣うように声をかけてくるのも気にせず、一刀両断するようにラーントルクは返答する。
(ねぇ、レン。もしかして私がヴィレムに突っかかってた時ってあんな感じだった?)
(あの時のクトリにそっくり)
ひそひそと話し合っている2人に目もくれず、ラーントルクは思考を回す。
アルマリアの思うようになるのは、癪に触る。けれど、自分はどうするべきなのか。どうしたいのか。何をすべきなのか。
答えは、出そうになかった。
* * *
夜が明けて。おとーさんとはあの後、特に何か話す訳でもなく離れた。
船が小型のせいで持ち出せる荷物も人員も限られている、らしい。おとーさんが言うには回収用の大型飛空艇も準備が急がれてるらしいけれど、それまで私達はここで待機らしい。
まぁ、妖精兵がいなくなったら獣に対する戦力がいなくなるし、先当たって問題だったクトリの延命はクリアしたし、急いで
そして、帰る前にやっておかないといけない事もあるし。
「という訳でおとーさん、クトリちゃんを借りて良い?」
「どういう訳だ」
朝食の席でクトリちゃんとネフレンちゃんと座っていたおとーさんを見つけて声をかける。用件はクトリちゃんのレンタル。
おとーさんは要領が掴めなかったのか眉を寄せて、ジト目で私を見てくる。
「まだ上には戻れないんでしょう? ちょっと用事があったからクトリちゃんを貸して欲しいな、って」
「なんでクトリなんだよ」
「クトリに会いたいってずっと言われてるから」
「……誰に?」
「エルク」
「……だから、誰だよ」
エルク、という名前にクトリちゃんが反応したのを見つつ、眉を寄せたままのおとーさんに視線を向け直す。あまり大きな声では言えないから、顔を寄せて小声で言うように。
「
「ぶーっ!!」
「わっ、汚いッ!? おとーさん最低ーーっ!!」
口の中のものを噴出しておとーさんが悶える。折角小声にしたのに何事かって目を向けられてるじゃん!
クトリちゃんが慌てて机の上を布巾を持ってきて拭いている。その間に咳き込むおとーさんの背をネフレンちゃんが優しくさすっていた。
「げほっ、げほっ……! おい、アルマリア。マジか」
「マジだよ」
「……なんで
「ファンだからじゃない?」
「ファンだぁ……?」
わけがわからん、と頭を抱えるおとーさん。
「ともかく、持って帰れば有用だから拾ってきていいでしょ?」
「お前な……まぁ、確かにスウォンにでも引き渡しが方が良い気もするな」
「だからクトリちゃんを貸して?」
「……もう、崩壊の心配はないんだな?」
「うん。
「だが、クトリは
「あるでしょ? ラピデムシビルス」
「クトリには使えない可能性があるぞ?」
「その時は私が戦うし、大丈夫。傷1つもつけないで返すから。ね? お願い、おとーさん」
「……どうする? クトリ」
困ったようにクトリちゃんへと視線を向けるおとーさん。視線を向けられたクトリちゃんは一瞬、慌てたような挙動をする。
けどすぐに落ち着いて、表情を引き締めて少し上目遣いになるようにおとーさんを見る。
「……行ってきていい? それに、エルクって聞き覚えがあるの。多分、話した事があるかも。夢で」
「クトリが行くなら俺も」
「体がボロボロな人は連れていくのはちょっと……」
「おい、アルマリア」
「事実でしょ。私は許さないからね? それにクトリちゃんともお話してみたかったし。ね?」
「……ヴィレム」
ダメかな? と乞うような表情を浮かべるクトリちゃんにおとーさんが呻く。
そこに割って入るように声をかけられる。食事を載せたトレイを持ったラーントルクだった。
「それなら私も同行しますよ」
「……ラーン?」
「技官はクトリが心配なのでしょう? それなら私も同行すれば構いませんよね? 船にはノフトとレンが残れば大丈夫でしょう?」
「……うぅむ、しかしだな」
「大丈夫だって、取って食う訳でもないし。というか、ラーントルクも付いてくるの?」
「邪魔ですか?」
ギロッ、と音が似合うように私に睨むように視線を向けてくるラーントルク。
あれ、なんでか対応が昨日よりも鋭くなっているような。あまり好かれていたとは思ってなかったけど、ここまで露骨でもなかったような……。
うーん、まだやっぱり警戒してるのかな。あれだけの話を聞かされた後だし、それにエルクに興味があるのかもしれない。連れて行くのは問題ないけど、あとは保護者の許可があれば大丈夫かな。
「ラーンが付いてくるなら大丈夫よ」
「……わかった。あまり無茶するなよ? まだ何が起きるかわからないんだ」
「わかってるよ。大丈夫だって」
クトリちゃんを気遣うようにおとーさんが声をかけている姿に思わずほっこりと笑みを浮かべてしまう。
その間、食事を続けるラーントルクからずっと睨まれる事になったのは余談だったりする。