朽ちた地下へと続く建造物。かつての道は崩落していたり、土砂や水が流れ込んで天然の迷宮へと変わっている。
暗闇に包まれた道を小型の
「大分寒いけど、二人とも大丈夫?」
ここは氷室のように冷えている。装備は借りてきたとはいえ、体としては少女のもの。特にまだ
「わ、私は大丈夫です」
クトリちゃんが少し緊張した様子で、ラーントルクは周囲の気温と変わらぬ冷たい視線が返ってきた。うん、大丈夫そうだね。見なかった事にして視線を前に戻す。
降りれば降りる程に冷えていって、流れ込んだ水が凍り付いていた。足を取られないように気をつけるように伝えながら、私は記憶にある道を歩いて行く。
「……あの、アルマリアさん」
「んー?」
先導して歩いているとクトリちゃんに声をかけられた。地下で狭い空間だからか、クトリちゃんの声が少し反響した。
「アルマリアさんは、ヴィレムの家族……なんですよね?」
「うん、血は繋がってないけど」
「どうしておとーさんなんですか?」
「おとーさんっぽいでしょ? あの人」
クスクスと笑ってみると、クトリちゃんの息遣いが不安げなものに変わった気がした。
小姑としてはクトリちゃんのような子は大歓迎なんだけどな。恋心とはいつだってままならないものだねぇ。
「私の事、アルマリアで良いよ? クトリちゃん」
「え?」
「おとーさんの良い人でしょ? 気を使わなくて良いよ」
「わ、私はヴィレムとまだそんな関係じゃ!」
「“まだ”なんだ?」
あぅぅ、と声を漏らしてクトリちゃんが沈黙してしまう。きっと顔は真っ赤になっているんだろうなぁ、と楽しくて笑い声が零れちゃう。
「私は嬉しいんだけどな。クトリちゃんみたいな良い子がおとーさんと一緒にいてくれたのが。本当にありがとうね」
「お、お礼を言われるような事は……むしろ私の方が助けられてばっかりで……」
「おとーさんもきっと同じ事を言うと思うよ。相性良いと思うんだけどなぁ」
「ほ、本当にそう思います?」
「今からおねーちゃんって呼んでくれても良いんだよ?」
「そこはおかーさんじゃないんですね」
「ふふふ、年齢的にはおばあちゃんって言われちゃうしね」
「……貴方は、本当に100年以上も生きているんですね」
今まで黙ってたラーントルクが会話に入ってくる。うん、と私は頷きながら肯定を示す。
「500年丸々起きてた訳じゃないんだけどね。はっきり自覚してるのはもうちょっと短かった筈。数えてないから曖昧だけど」
「……ずっとここにいたんですか?」
「うん。夢の中に引き籠もってたからね。その中で色々とやってたんだ」
「色々ですか?」
「自分の中の獣と和解したり、私が取り込んだ人間の知識を自分のものにしたり、
「……知識を取り込む、というのは?」
ラーントルクが厳しさを増した声で問いかけてくる。確かにそのまま受けとると怖がられても仕方ないよね。
「私がおとーさんが帰って来るのを待つ為に夢の世界を作ったのは言ったと思うけど、世界を保管する為に街の人間を取り込んだんだよね。で、その人達も夢を見ているようにその世界で生きてたんだ」
「その人達は……?」
「もう人間に戻る事も出来ない。夢から覚めれば獣になる。一人ずつ説得して、私に溶け込んで貰ったの。全員って訳じゃないけどね。そのまま消えたい、って人もいたし、私に夢を見せてくれてありがとう、って言う人も、色んな人がいたよ」
私が本来の歴史に介入出来るまでの時間、“私”は自分が取り込んだ人達の知識を得る事を考えた。夢の世界で保存していた人達と対話して、時には取り込んで、時にはそのまま消して、長い時間をかけて全ての人を見送った。
本当に私の夢の中に私とあの子、“エルク”と“カーマ”しか残らなくなった時は本当に世界が終わってしまったんだと実感してしまって、その時の事はよく覚えている。
「あ、これ、おとーさんには秘密にしてね? きっと気に病むから」
「……私達に言って良かったんですか?」
「もう終わった事だから。本当に終わった直後は色々と思う事もあったけど、もうずっと前だから整理ついちゃった」
整理をつけたからこそ、覚悟が出来た。自分という存在を差し出す覚悟を決めたのも、きっとその時だ。
私は多くの命を背負っている。その背負った命を食んで生きている。だからこそ悔いが残らないように自分が未来に何を残せるのか考えて生きようと決めた。
「辛くなかったですか?」
「心配してくれるの? クトリちゃん」
「……私だったら、辛いなって」
「そっか、優しいね」
辛くなかったかと聞かれれば辛かった。けれど、気遣ってくれるだけで十分。
「当時はすっごく思い悩んだけど、エルクがいてくれたしねぇ」
「エルク……神様、なんですよね?」
「うん。ちょっと夢見がちの男の理想が高い女の子だけど」
「……神様、ですよね?」
「君達の大元でもあるよ?」
クトリちゃんとラーントルクに振り返って言ってみると、2人とも苦虫を噛み潰した顔を浮かべた。それが面白くて吹き出してしまう。
「クトリちゃん、私に敬語使わなくて良いよ? 近所のお姉さんみたいに気安く接してくれていいよ」
「え? で、でも」
「ラーントルクを見てよ。私に鋭い視線を向けて、全然友好的じゃないんだよ?」
「それは貴方が信用ならないから悪いんです」
「もう秘密にするのは止めたでしょう?」
「貴方が単純に気に入らないだけです」
忌々しそうな声で言われると大分ショックだ。仲良くなりたかったのに。そこまでラーントルクと相性が悪いんだろうか、私。
ただそれはそれでカワイイのだけど。素直じゃないけど、なんとなく構い倒したくなるのがラーントルクだ。抵抗されるのも微笑ましく感じるのは私の性格が悪いのかな?
「……どうして、アルマリアさんは」
「アルマリア」
「……アルマリアは、私達に良くしてくれるの?」
ぽつりとクトリちゃんが問いかけてくる。その問いかけに私は足を止める。
振り向いて2人に向き直る。この話は、歩きながら流して伝えるような話じゃない気がしたから。
「理由はいっぱいあるけど、貴方達を私が好きだからだよ」
「好き、だから?」
「エルクは貴方達の大元、貴方達はエルクじゃないけど、エルクは貴方達でもある。だからずっとエルクの夢を通して貴方達の事を私は見てきたの」
貴方達、
エルクと一緒に見守り続けて来た。……本当は、何度手を差し伸べに行こうかと思ったかわからない。
「貴方達よりずっと前の子も、私は知ってる。貴方達がどう生きて、どういう風に使われてきたのかも」
でも、出来なかった。
そもそも目覚めても私が私であろうとすれば空を飛ぶ事も出来ないし、助けに行っても何も出来ない目算の方が高かった。
私がこうして辛うじて信頼を得られているのはおとーさんがいるから、というのが大きいと思ってる。
……そして、言い訳でもある。私は知った。クトリちゃん達の前の妖精兵達がどういう思いで戦ってきたのか、数多くの死を知ってしまった。
それでも動けなかったのは、私が本当に助けたいと選んだのはクトリちゃん達だったから。だから歴史に介入しなかった。
自分勝手だな、とは自分でも思う。でも私は神様じゃないし、神様が万能じゃないって事だって知ってる。自分で何でも出来るとは思わないから、自分の身の丈に合った望みを選んだ。
「償い、でもあるかな。助けようと思えば、もしかしたら間に合ったかもしれない。でも私は手を差し伸べなかった。確証がなかったから。手段がなかったから。言い訳はたくさんあるんだけど、だから今度こそ手が届くなら絶対に見捨てない、って」
軽蔑されても良い。それでも私はクトリちゃん達を助けるって決めたから。それで自分を犠牲として使い切っても良い。
勿論、それで罪が償えるとは思ってないし、これを罪と思えばエルクを傷つけてしまう。あの子だって望んでそうした訳じゃない。結果的にそうなってしまっただけで、あの子が悪意を持っていた訳じゃない。
世界はどうしようもない事がいっぱいで、その中で何を失わないか、何を選ぶのかが重要なんだって自分に言い聞かせて来た。それを信念の芯として私はここにいる。
「貴方達が嫌がっても幸せに押し込む。それが、私の願い。おとーさんと同じような感じかな。あの人の戦いはもう終わってるけど、貴方達の戦いはこれから。それを限られた幸せだけで終わらせて欲しくなかった。それを選ぶのだとしても、もっとたくさんの選択肢があって、その中で納得して未来を選んで欲しかった。そんな、ただの我が儘だよ」
我が儘に生きようと決めた。その果てに自分自身が消えてしまう事になっても。
後悔はしない。……そう強く言える程、強くはなかった。だからいっぱい後悔しながらでもいいから、間違えても良いから、満足行くように頑張ろうと決めた。
私はおとーさんを幸せにしたくて、クトリちゃんを幸せにしたかった。そこから始めた。今はラーントルクも、ノフトも、ネフレンちゃんも助けたいって思ってるけど。
「……その為なら、自分を犠牲にしても良い?」
「ラーントルク?」
「自分の存在が削れてもいいから、私達に未来の選択肢を与えたい?」
「なんで、それを」
「自分の我が儘だから私達の意見は聞いてない? 誰が、そんな事をしてくださいって頼んだんですか。頼んでもいないのに押し付けて自己満足に浸って? 何様なんですか、貴方は」
まるで爛々と瞳が輝くようにラーントルクが私を睨み付けて来る。
……もしかして、昨夜の話を聞かれてた? うぅん、言うつもりはなかったんだけどなぁ。いつか知る事にはなってたかもしれないけれど。
「なんでラーントルクがそんなに怒るかなぁ……?」
「気に入らないに決まってるじゃないですか。押し付けられて迷惑です」
「……真っ正面から言われると、ちょっと来るなぁ」
頭にとか、罪悪感とかが。ちょっと尻込みしそう。でも……胸を張ってラーントルクと視線を合わせる。
「自分が納得してるから、なんて理由にならないものね。でも、それは私だってそうだよ?」
「何ですって……?」
「“助けて欲しいなんて思ってない”なんて、知った事かって言いたいのよ」
「……なんて自分勝手な」
「私は我が儘だから」
「私は貴方の思い通りになんてなりませんからね……」
「結構。好きなだけ抵抗しなよ、頑張ってね? ラーントルク」
「貴方の事なんか嫌いです! 大嫌いですからね!」
きっ、と私を睨み付けるラーントルクに微笑みを返す。嫌われても良いかな、ってちょっと思った。それでこの子が満足して生きる事が出来るなら悪くないな、って。
クトリちゃんがおろおろと困ったように私とラーントルクを交互に見ているのだけが、ちょっと可哀想だったけど。
そしてラーントルクとのちょっとした口論をした後、私達は歩みを再開して目的の場所へと辿り着いていた。
そこには1人の少女が退屈そうに氷の床に身を投げ出して寝転がっていた。その胸に中には目を覆いたくなるような傷がよく目立つ。
見るからに致命傷としか思えない傷を負った少女は、私達が近寄ってきた気配を感じたのか勢いよく飛び起きた。
「おかえり!
「ただいま、エルク。良い子にしてた?」
「してたよ!」
まずは私に飛びついてくるエルク。私に頬をすり寄せてから、すぐに私から離れて私の背後にいたクトリちゃんへと目標を変える。
私から離れ、クトリちゃんを視界に入れて、目をキラキラと輝かせて、そのまま勢いよくクトリに飛びつきに行くエルク。クトリちゃんは驚きながらも咄嗟にエルクの突撃を受け止めていた。
「
「あ、貴方が……エルク……?」
「エルクだよ! 現実では初めまして、
ぎゅうぎゅうとクトリちゃんを抱き締めながらエルクがはしゃぐように笑う。
どうしたらいいかわからない、といったクトリちゃんがエルクの体温の冷たさに驚きながらも抱きかかえたりしている光景が微笑ましい。
「……これが本当に
「この世界に残った2柱の内の片割れで間違いないよ」
「世も末ですね」
「上手い事を言うねぇ」
信じられない、と言った様子のラーントルクの呟きに相槌を返していると強く睨まれた。
「はいはい、エルク。はしゃぐのは良いけどここを出るよ?」
「お外に出て良いの?」
「いいわよ。
「
「こらこら、あんまり騒がないの。
「「えっ?」」
クトリちゃんとラーントルクが勢いよくこっちに振り向いた。
「あれ、言わなかったっけ? ここ、
「聞いてないよ!?」
「聞いてませんわ!?」
「あ、ごめん。でもこの人数なら起きないと思うから、早く出ちゃおうか」
「「そういう事は早く言って!?」」
いや、私だけだったら素通り出来るし。危険でもないから忘れてたんだよね。
そんな事もありながら、私達は
* * *
「……これが、“あの”エルク・ハルクステンねぇ」
エルクを連れ帰ってきて、あまり騒ぎにならないように部屋の一室を用意して貰ってエルクと妖精兵達、そこに私とおとーさんが集まっていた。
エルクは相変わらずクトリちゃんに懐くようにして彼女に抱きついている。クトリも慣れてるのか、満更ではないのかエルクの面倒をよく見てくれている。
「これ、セニオリスの呪詛か」
「セニオリスの呪詛?」
おとーさんがエルクの傷を見て、思い出したと言うように呟く。それにクトリちゃんが首を傾げる。
「セニオリスの
「セニオリスにそんな力が……」
「
問答無用剣。言い得て妙だな、と私とおとーさんが思わず吹き出す。
「
「私、
すっかり懐かれたクトリが困ったようにエルクをあやしている。
「何はともあれ、上に戻ってからだねぇ。あぁ、エルク。カーマは何か言ってる?」
「
「そう。ならいいわ」
「カーマって?」
「エルクに取り憑いてる
『へー』
驚く事に慣れてきたのか、おとーさん達の反応が雑になってきた。まぁ、立て続けに常識を金槌で粉砕するような事が続けばそうもなるかなぁ。
ともあれ、これで私が地上でするべき事は全部やった筈。あとは問題が起きないようにして
「……どんな場所があるのかな」
知識としては知っていても、実際に目にした訳ではない。そう思うと少しだけ楽しみだ。
私の呟きに反応したのか、おとーさんがこっちに近づいて来た。力の抜けたような表情だ。何か吹っ切れたような、そんな顔。
「気になるのか?」
「上はどんな場所があるのかな、って。気にならない訳がないでしょ?」
「あぁ、そうだな。色々と見せてやりたいな」
「案内してくれる?」
「クトリ達と一緒にな」
それは、楽しそうだなって。おとーさんが言う光景を想像して私は笑った。
「……なぁ、アルマリア」
「何?」
「負担じゃなかったら、俺の体、治してくれるか。元通り、って程じゃなくて良い」
「……珍しい。おとーさんからそう言ってくるの」
「今のままじゃお前に何しようとしても止められそうだからな」
「それは否定しないけど……」
「これからも彼奴等の事を助けていくなら、俺も少しは動けるように戻らないとな。剣を教えるのも、付き添うのにもな。だから、ほんの少しで良いんだ。もう少し、彼奴等の傍にいてやりたい」
……その言葉に、胸に来るものがあった。
思わず零れそうになった涙を押し込めて、肩を預けるようにおとーさんに姿勢を寄せる。
「……良かった」
「ん?」
「おとーさん、ちゃんと帰る場所が出来たんだね」
彼の言葉として聞けば、知っていても感じ入るものがあった。
泣きたくなるぐらいに切なくて、嬉しくて、胸がじんわりと熱くなっていく。
安堵と歓喜と。ほんの少しの寂しさ。
私達は約束を守る事が出来なかった。だから仕方ない事はわかってる。帰りたい場所に私達は帰る事は出来ない。
でも、居場所をもう一度見つける事は出来る。そう言った彼が、ちゃんと居場所だとあそこにいる事を望んでくれる。命を繋ぎたいと言ってくれる。
「……お前も来れば良い」
「私も?」
「得意だろ? 子供の面倒を見るの」
「ふふっ、就職先候補として考えておくね」
おとーさんと一緒に妖精達の面倒を見て、クトリちゃん達と一緒に過ごす未来。
叶うならば、きっと幸せを感じる事が出来るだろうな、なんて。強くそう思えて。
空はまだ遠く。自分が帰る場所はどこなのか、私は定めきれていないけど。
まだ歩いて行ける。まだ先に、未来に向かって。その先に何があるのかわからないけど。
頑張ろう。想像した未来の眩しさに、思わず目を伏せながらそう思った。
地上編はこれで終わり。次回から