2番浮遊島を後にした私達はそこでスウォンくんと別れて11番浮遊島へと向かっていた。
そこにはコリナディルーチェという最古の都市があって、ここは良く舞台の撮影スポットにもなっているそうなのだと。前世風に言えば聖地って言えば良いのかな?
ここには
ついでだから私も、という事で私も検査を受ける事になった。なにせ私は獣、前例がない生き物なのだからどこで診て貰えば良いのか? という話になったのだけど、とりあえず口が硬く、関連がある施設でという事でクトリちゃんと一緒に検査を受ける事に。
まぁ、今のクトリちゃんは獣の因子も混ざってるから比較データが取れるならその方が手っ取り早いよね。そんなこんなでやって来た施療院で検査を受ける。
「……ふむ」
私の検査結果を目に通しながら一つ目の大柄な体躯を持つお医者さんが呟きを零す。
「……既存の生物とは大きく異なる生態、と言うべきだろうか」
「はぁ」
「もっとはっきり言うと、前例にない未知の生物だという事だ。よって、判断が出来ない。お手上げといった方がわかりやすいかな」
「まぁ、はい。仰る事はわかります」
血液からレントゲンなどなど。思い付く限りの検査をしてみた結果が“よくわからないもの”だという話で。
前例がないから健康なんか、健全なのか、健常なのかもわからない。ただ未知の生物がポッと出てきて、判断する事も出来ない。
それが私という獣、というのがお医者様からの診断結果だった。
「定期的にデータが欲しい所だね。観察記録もだ。あまり気持ちが良いものとは思えないが……」
「いえ。自分の存在が異質だというのはよく存じていますので」
「……そうだね。個人的な観点で言えば、肉体と精神が釣り合っていないような印象を受ける」
「なるほど。もう少しお尋ねしても?」
「君の肉体はあまりにも強靱だ。とても年月の経過などで劣化するようにも思えない。外部からの刺激がなければ変化すらしないのではないかと思う程に。けれど、その肉体を持ちながらも君は不調も感じれば、言ってしまえば気分が悪くなれば身体機能が低下すると感じている。そういった印象を受ける」
「……成る程」
「病は気から、とは言うけれども。君という存在は精神を崩せば肉体にすぐに影響が出る、というのが個人的な意見だね。これはクトリちゃんの結果も合わせての判断なのだけど」
「クトリちゃんはどうでした?」
「至って健康だよ。
改めて言われてみると、精神から受ける肉体の影響が大きいというのは納得かもしれない。
私は獣の肉体を魂に合わせて変質するように獣の不変であり、不滅の体を改変している。それは本来混ざらないものを無理矢理混ぜ込んでいるようなものに等しい。
だからこそ精神の影響を大きく受ける。それは獣の因子を受けとって、魂側に合わせるように変質する肉体を持つクトリちゃんも似たようなものかもしれない、と。
「他の
「そうだね……君は
「……前世からの兆しを受けたタイミング、という事ですね?」
「あぁ。君の言う獣の因子を埋め込めば確かに
「なるほど、お聞かせ頂いてありがとうございます」
いくら実体は持てても妖精である為、その存在の根幹となるのは精神的な部分が大きく依存するのだと、
為になる話を聞かせて貰った事に深々と頭を下げてお礼を伝える。すると
「感謝するのはこちらだよ。君という存在は彼女達にとって未来の可能性になり得るものだからね。ただ医者として要請したい。不用意に君の因子をクトリちゃん以外の妖精には渡さないようにして貰いたい」
「はい、それは勿論です。クトリちゃんに関しては緊急事態という事もあったので処置しましたが、本来であれば安全を確認してからというのが筋というものですからね」
「わかって頂けて嬉しいよ」
穏やかに笑う
こうして私とクトリちゃんは体に異常は現在は診られないと診断され、経過観察を言い渡されるのであった。記録を取っていくのは今後おとーさんになるのだと言う。
元々クトリちゃんの処遇に関してはおとーさんからスウォンさんに申請があった筈。なるべくしてなったのだと思えば、これも予定調和なんだろうなぁ、と。
こうして検査は無事に何事もなく終わり、私とクトリちゃんは解放されておとーさんと合流する事にした。
合流した私達は妖精倉庫に帰る前にお土産を買って行こう、という事になったのでおとーさんとクトリちゃんと一緒にコリナディルーチェの街を案内して貰える事になった。
本当は二人で行ってデートでもして欲しい所ではあるのだけど、折角なので
クトリちゃんもそこそこ舞台を見るのか、観光名所を解説して教えてくれた。お姉さんぶりたい背伸びした子と言う印象が拭えなくてどうにも微笑ましい。
先を行くクトリちゃんが手を振って呼ぶのを手を振って追うように歩いて行く。その隣にはおとーさんがいる。
「元気だな、アイツ」
「子供は風の子ってね。元気なのは良い事だよ」
「……あぁ、本当にそうだな」
眩しそうにクトリちゃんを見つめるおとーさんの声色は暖かい。私に向ける声の質と少し違う事に思わずくすくすと笑ってしまう。
「お前のおかげだよ、アルマリア」
「どーいたしまして」
「……お前も無理すんなよ。何か不安があったら言えよ」
ぽん、と頭を撫でてからおとーさんがクトリちゃんを追うように一歩先を歩いて行く。
きっと診断結果の事を聞いたんだろうな。精神の不調こそが今の私とクトリちゃんにとっては致命的なものになりかねないって。
私はそこまで自分が脆いとは思っていない。クトリちゃんは恋する乙女パワーで元気いっぱいだけど、私は積み重ねてきた年月と知識がある。もし、その時が来たらその時はその時とも覚悟は決めている。
そんな覚悟なんてしなくて良い、なんて言われそうだから黙ってはいるけれども。クトリちゃんに追いついたおとーさんが何かクトリちゃんと話しながら足を止めている。おとーさんに笑みを向けていたクトリちゃんがこっちの手を振る。
「……うん。ちょっと、眩しいな」
見たかった光景がそこにあった。
守りたかった光景がそこにあった。
長い時間だった。ここに来るまでの時間を思えばこの一瞬など瞬き程でしかない。
それでも心が蠢く。歓喜に打ち震えて、二人に抱きついて叫んで回りたいぐらいに嬉しい。
「お土産は何がいいかな」
妖精倉庫に先に帰ったノフト、ラーントルク、ネフレンちゃんの事を思う。そして、まだ出会えていない妖精達の事も。
どんな明日が待っているんだろう。代わり映えのない日々は終わって、これから新しい日々が始まる。
自然と浮かんだ笑みをそのままに先に行くクトリちゃん達に追いつくべく、私は歩を進めるのだった。
* * *
「あの、さ。ヴィレムはアルマリアとは……その、どんな感じだったの?」
「……あー、なんでそんな事を?」
お土産を見て行きたい、と店に入った3人だったがアルマリアが1人で見て回りたいと行ってしまった後、気を使われたのかな、と思いながらクトリはヴィレムと一緒に店を見て回っていた。
ヴィレムと一緒に土産を物色していたクトリだったが、ふと思い立ったようにヴィレムへと問いかける。クトリの問いにヴィレムは一瞬、間を開けながら質問の意図を聞く。
「だって、ほら。君と親しいから、ちょっと気になって……」
「お前が思ってるような関係じゃねーよ。俺にとっては……娘だ」
「でも、昔は年はそんなに離れてなかったんだよね?」
「昔のアイツも色々あったからな。面倒見てたらいつの間にかそうなってた」
「ふーん。昔のアルマリアってどんな子だったの? 今と変わらない?」
クトリの質問にヴィレムは記憶を辿る。養育院にいた頃のアルマリアと今のアルマリアを比較して首を左右に振る。
「変わってない。だけど、大人になったな」
「大人に?」
「ただそう思っただけだ。ただ、俺が心配しなくてももう大丈夫なんだなって思うと、な」
「それが大人になったって事?」
「俺がそう感じただけどな」
アルマリアは変わっていなくて、変わった。それは獣になった影響や、月日を重ねたのも踏まえた上での変化なのだろうとヴィレムは思う。
決して悪い変化ではないと思う。自分の事を把握して、何をしなければならないか見据えて、地に足をつけているようにヴィレムには映る。
父としては複雑なヴィレムである。口には出さないが、二桁しか生きてないと言われたのはヴィレムの心にしこりを残していた。
「変わってないのに距離は離れたな、って。言っても仕方ないんだけどな」
「……そっか。距離を詰めたいって思う?」
「どうだろうな。あいつも俺も、今の距離感が心地良く感じてる気がするからな」
心配はするけれど、手を差し伸べに行く程じゃない。
会話しない訳じゃないけれど、積極的に行く程でもない。
いれば声をかけるし、いなければ時折思い出すぐらいで良い。
言ってしまえばそんな距離感。離れすぎず、近すぎず。そんなアルマリアとの距離感をヴィレムは存外、心地良く思っていた。
「まぁ、目は離せないのは変わらないな。幾つになってもな」
「そっか、良かったね」
「何がだ?」
「家族が戻ってきて」
家族。そうだ、家族だ。ヴィレムは改めて噛みしめるようにアルマリアの生存を思う。
もう会えないと思っていた相手。約束を破ってしまった罪悪感。世界が滅びた事で自暴自棄になっていた自覚があるヴィレムも、その気持ちが薄れているのに自分でも驚く。
新しい居場所は見つける事が出来たとそう思っていた。けれど、だからといって過去にあった場所の価値が下がる訳でも、変わる訳でもない事に気付けた。
そして今、自分が手を伸ばせる距離にアルマリアはいる。……この感情に名前をつけるなら幸福以外あり得ないとそう思ってしまう程に。
「ちょっと安心した」
「安心?」
「君、どこか自分を蔑ろにする所があったけど、なんか、雰囲気が薄れた気がする」
「だとしたら理由はアルマリアだけじゃないけどな。勿論、お前がここにいてくれるっていうのも理由だ」
「なっ……!」
クトリがアルマリアの事を聞いてくるのは、彼女の事を知りたいというのは間違いではないだろう。けれど、それだけじゃないんだろうな、というのもヴィレムは想像していた。
アルマリアは確かに大事だ。アルマリアは自分に欠けていたピースを埋める存在だった。そしてクトリもアルマリアと同じく代えられない存在になっている事をヴィレムは感じていた。
誰かが誰かの代わりになる事は出来ない。失ったものは失ったまま、新しいもので慰める事は出来ても傷が消えた訳ではない。ただ、気にしなくても良くなるだけだ。
失った筈のものが戻ってきて、失った事で空っぽだったものを埋めるものも手に入った。満たされていると間違いなくヴィレムはこの瞬間にそう宣言する事が出来た。
「お前が生きていけるようになった事は本当に嬉しいと思ってるんだ。帰ったらお祝いしようぜ? ナイグラートだって喜ぶ」
「……うん。そ、その、ありがと……?」
「お礼を言いたいのは俺なんだけどな。ついでにアルマリアの歓迎会も兼ねちまえば良い。あいつは子供の面倒をずっと見てきたしな、チビ達もすぐに懐くだろ」
「そしたら……賑やかになるね」
「ああ、もっと賑やかになる。お前達の戦いだって、俺もこれからもっと助けていける」
「そっか」
「あぁ。アルマリアが俺の体を治療出来るかもしれないって言ってるしな」
「……そしたら、君はまた戦場に飛び出しちゃうのかな?」
クトリが不安げに瞳を揺らしてヴィレムに問いかける。その問いにヴィレムは首を左右に振った。
「いや。……アルマリアも言ってた事だが、俺の
「……自分で戦いってもう思わないの?」
「“それ”が俺の戦いになるんだ、ってアルマリアに諭されちまった」
「……そっか。アルマリアは凄いな」
嫉妬しちゃうかも。自嘲気味に呟いてクトリは苦笑を浮かべる。そんなクトリの肩をヴィレムは叩く。
「あいつと比べると俺も自分が恥ずかしいと思うさ。だから、これから頑張れば良い」
「……これから」
「お前には、未来を望む時間が出来たんだからな」
肩に置いていた手で頭を撫でてヴィレムは穏やかにクトリに伝える。
ヴィレムの言葉にクトリは目を細める。穏やかに微笑むように。未来はあるのだと、望んでも良いと言われる感動が胸に駆け巡っていく。
「……本当に、良かった」
「そうだな」
「私、幸せになりたいな」
「あぁ、そうか」
「……幸せにしてくれる?」
「考えておく」
「むーっ」
「ほら、土産を選ぶぞ。アルマリアもそろそろ土産を見繕ったんじゃねぇかな。様子見に行こうぜ?」
「あっ、待ってよ!」
クトリを肩を叩いて促し、ヴィレムが先を歩き出す。先に歩いて行くヴィレムを追うようにしてクトリが小走りで駆け寄って隣に並んだ。
クトリの歩調に合わせるようにヴィレムが歩調を変えて、2人は歩いて行く。端から見れば仲が良い2人にしか見えないままに。
* * *
土産物を巡る名目でおとーさんとクトリで2人で行動させる目論見は成功したようだとほくそ笑む。
お土産はお土産でしっかりとちゃんと確保した。子供と言えばお菓子。土産物といえば地元のお菓子。そういう訳で子供達が好みそうなお土産を購入して妖精倉庫がある68番浮遊島へと向かっていた。
空からの空の旅。最初は気分が昂揚したものだけど、慣れてくると退屈に感じるのはご愛敬かな。暇な時間はつい眠って過ごしてしまった。
「アルマリア、ついたよ?」
「んぅ……ついたの?」
「降りるぞ、荷物を忘れるなよ」
「はーい」
おとーさんとクトリちゃんに起こして貰って荷物を手にして68番浮遊島へと降り立つ。
妖精倉庫と呼ばれるオルランドリ商会第四倉庫。その道のりは深い森の中へと続く細い道だった。
「おー……凄い森が鬱蒼としている」
「アルマリアには珍しい光景か」
「街育ちで滅多に養育院も出なかったしね。ちょっと新鮮かも」
「新鮮かぁ。私はもう慣れちゃったしなぁ」
「ずっと下にいたら緑だって物珍しいよ」
「「それは確かに」」
他愛のない会話を交わしながら3人で道なりに進んでいく。
「もう少し暗かったら視界も悪そうだね」
「そうだね。ちょっと歩きづらいかもしれない」
「そういえば夜の森と言えば、昔おとーさんが昔話でね……」
「おい、昔の話は止めろアルマリア」
「えぇ~! 何それ、気になるんだけど!」
「ほら、見えて来たぞ!」
昔のおとーさんのエピソードを語ろうとすると無理に話題を転換されて中断させられた。
クトリちゃんはどこか不満げだったけれども、見えて来た建物が近づくにつれて表情が綻んでいった。
その足がだんだん速くなっていって、歩きから小走りへ。そして走り出したクトリちゃんの先には入り口で出迎えるように立っていた見慣れた顔ぶれ。
見慣れない顔ぶれは小さな子供達と、クトリちゃんを迎え入れるように両手を広げた桃色の髪の女性。再会を喜び合うその姿に自然と笑みが零れる。
一歩、二歩、段々距離が近づいて行く中でおとーさんが何歩か先に進んで振り返る。
「ようこそ、って言った方が良いか。それから……今日からここがお前の帰る場所になる。おかえり、アルマリア」
おかえり、と。おとーさんが告げてくれた言葉に目を瞬かせてしまう。
風が優しく頬を撫でるように吹いていった。風で揺れた髪をそっと手で押さえながら私は微笑んで、答えを返す。
「改めてよろしく、だね。……――ただいま、おとーさん」