めがみてんせーき   作:堀口十

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こんな世界が一つぐらいあってもいいはず




 

 

 荒い呼吸が落ち着くのをベンチに座り待ち続ける。

 駆け込んできたかと思えばベンチに倒れ込んでしまった俺に、子供たちを遊ばせていた奥様方が不思議そうな顔を向けているがそれはスルー。これがあと2、3年もしていたら不思議そうな顔ではなく、不審そうな目で見られていただろう、子供でよかった。

 とりあえず現状、命の危険が迫っているということは無いだろう。子供のはしゃぎ回る声が途絶えたら危険信号だが。

 

 それにしても、若さというのは素晴らしい。あれだけ肉体を酷使したのに、既に体調が戻り始めている。

 これがインドア派だった前世の肉体なら十分も全力疾走すれば酸欠で力尽きていたのは確実だ。水泳をやってるおかげで多少体力があるのかもしれない。今後は続けられそうにないのが残念でしかたない、先生の水着姿が拝めなくなってしまうとは。

 

 まぁ、それもこれも、メシアとガイアがもっと派手にドンパチやってないのが悪いんだ。

 お前らのせいで世界がぶっ壊れるんだから、もっと分かりやすく暴れろよ。そのせいでこの歳になるまで全然気付かなかったぞ、オイ。帰ったら駐日アメリカ大使が誰か調べにゃならん、トルーマン、あれ、トールマン、どっちだっけ?

 というか、メシアとガイアが台頭するのって核が落ちた後だっけ、落ちる前は悪魔がちょろちょろしてたけどメシアメシア、ガイアガイア言ってなかったような気がする。あかん、十年以上昔の話だから憶えてねー。

 

 大体、メガテンの世界だって気付いたら今の姓なんて何かのフラグに思えてしかたない。チクショウ、頭がパンクしそうです。

 メモ取ろうにもこんな場所で重要キーワード書き殴る訳にもいかねえ、万が一誰かに見られでもしたら、即死亡フラグだ。

 

 そもそもの問題として、今年で既に西暦1997年だってことにある。

 

 仮に1999年に落ちるとしても、あと二年しかない。

 既に誤射ってるのなら問題なし、デビサマルートに進んでるってことだ。誤射ってなければ明日にでも核が振ってくるかもしれない。そういえば、その前にクーデターが起きてたような……とにかく、最短だと明日にでも、長くても二年程度が俺に残された準備期間だってことだ。

 悪魔との契約に武器の調達、やることが盛り沢山ですね。こんなときは子供の身が恨めしいぜ、時間的拘束に移動範囲の制限、こちらの事情に理解のある保護者役を見つけなければならない。

 

 場合によっては全人類に死亡フラグが乱立するってどんな糞ゲーだよ。

 なによりメガテンの恐ろしいところは、一度事が起きてしまえば後はもうどしようもない、悪い方に転がるだけ転がって最後にようやく解決するってことにある。しかも解決したあとは悪魔どもに無茶苦茶にされた世界、元の生活に戻れる保障が欠片もありゃしない。

 

 いや、そうでもないのか?

 葛葉あるし、ライドウあたりがトールマンの処分を……だからクーデターのゴタゴタでライドウ動けないのか。

 

 クーデター起きたらトールマンが核ミサイル発射する前に倒さなきゃいかんのか、チクショウ、ヒーローってどこにいるんだよ。……ゴトウ取り押さえたらライドウが解決してくれないかな。

 

 結局、予兆としてクーデターが当てにならないのは痛いな。ゲーム的な描写だけじゃクーデターから核までの時間的猶予が分からない。そうなると先にトールマンを暗殺するしか手はないのか……

 

 

 俺の未来は手に入れたばかりのCOMPを使い、地力をどこまで伸ばせるかにかかっているのだ。

 とりあえず、家の近所に手頃な異界がありますように。存在は確定しているが、利益とかあんのか分かったもんじゃない神様に祈りを捧げてみる。

 

 

 ベンチに座り込んで頭を抱えてうんうん唸ってたら奥様に心配されてしまった。

 あ、いえ大丈夫です。そうだ、ついででなんですけど、ここらへんで大き目の図書館って知りませんか。

 

 心配してくれた奥様に図書館の場所を聞いてみる。

 ちょっと考えてみれば、ミサイルの誤射未遂なんて大事件が起きてたらいくら同盟国が相手とはいえ隠しきれる筈がない。ニュースにもなっただろうし、そうなれば記録として残されていて当然だ。過去の新聞記事に載ってたって不思議じゃない。

 

 逃げた方角が良かったのか、歩いて五分程度の位置にあるらしい。ありがとう、おねーさん。

 可愛らしい奥様にお礼を言って図書館へと向かうことにする。公園の時計で確認したが時刻は二時前、帰りの時間を考えるとあまり長く調べることはできない。それでも、家の近くにある寂れた図書館で調べるのに比べたら情報量は断然マシに違いない。ドキドキとハラハラ、キリキリに苛まれ俺は図書館へと歩き出す。

 

 

 辿り着いた図書館は大き目とは微妙に言い難いものだったが、街の規模を考えれば十分なのだろう。家の近くにある図書館よりも大きいし、こんなもんだろうと諦めることにする。

 

 幸いにも貸し出し口の近くにあった検索用の端末には誰もいない。調べる単語がアレなので、できれば近くに人がいない方が嬉しいのだ。

 

 端末に入力する単語はミサイル、誤射、メシア、ガイア、ゴトウ、クーデター、アメリカ大使、トールマンと、打ち込んだ単語を覗かれていたら、どんな目で見られるか分かったもんじゃない危険ワード連発である。ちゃうねん、しゃーないねん、家の近くにある貧乏図書館、端末すら置いてないからここで見付けておかないと手探りで調べる破目になりかねないんだ。

 あ、ついでにファントムのことも調べておこう。あいつら影薄すぎ、門倉と西次官だっけ? 会社の名前なんて忘れちまったよ。

 

 ごーしゃーごーしゃー、みーさーいーる、ごしゃー。物騒な鼻歌をご機嫌で歌ってみる、もし聞かれでもすれば危ない子確定だ。

 検索完了、状況終了。

 

 ミサイル、誤射なし、状況イエロー。

 メシア&ガイア、台頭済み、状況レッド!

 アメリカ大使、トールマン、状況詰んだ!?

 

 やべえ、動揺しすぎて端末の前で変な声出そうになった。顔色もアカンっぽいのか、貸し出し口のお姉さんも心配そうにこっちを見てる。

 だ、だいじょうぶデスヨ。ボク、頑張ってイキテいけるカラ。……うん、声が裏返る。

 

 ふら付きそうになる体を支え、端末を初期画面に戻してその場を去ることにした。順番待ちの人が並んできたし。

 

 

 人気の無い場所を選んでイスに座る。

 やっべー、最悪の想定として数日を考えたけどマジでそうなるかもしれない。頭痛がしてきた、お腹痛い、吐き気がする。なんかもー、始まる前から駄目っぽい。

 

 あまりの詰みっぷりに、図書館に来る前の意気込みが全部吹き飛んだ。

 いやね、90年代も半分以上過ぎてるし、とっくに誤射ってると思ってたんだよ。最悪、大使がトールマンじゃなけりゃ核の炎に包まれることもないだろうって安心できたのに。メシアもガイアもピリピリしてるッポイから、何か切欠があれば連鎖的に事態が進行してメガテンルートが確定してしまう。

 

 くっそ、あのお姉さんと接触しなかったの失敗だったかな。あー、でもいきなり話しかけて信じてもらえる訳ないだろうから、あの男と一緒に処分されて誰もいなくなるのは嫌だ。それを考えると今の状況はベターと言えなくもない。

 

 あまりの混乱っぷりに頭を掻き毟ってしまったぜ、落ち着け。

 

 現状の確認をしよう。

 目的、メガテンルート阻止。

 手段、ゴトウ及びトールマンの暗殺。

 戦力、無し!

 伝手、無し!

 装備、無し!

 ど、どうぐ、石ころ。

 じょうほう、むしくいのげんさくちしきー。

 

 おい、オイ。

 

 アカンて、いや、ヒーローまじヒーロー。COMP一つであんな大立ち回りよくできるわ、下手すりゃメシアとガイア両方敵に回すんだぜ、俺には真似できない。やばい、確認したら更に気落ちした。

 もう最悪生き延びることだけに専念して、事態の解決はヒーローとかライドウに丸投げしようかな。うん、それがいいや、なんてったって俺は一般人だし、COMP持ってるだけで超人でもなんでもないし。

 

 

 今の俺、絶対、死んだ魚みたいな目してる。

 

 

 イスに腰掛け、目の前にある机に倒れこむ。

 体中の力が抜けて立ち上がれない、きっと魂とかも抜けかけてるに違いない。

 

 そのままかなり時間を無駄にしてしまった。多少時間が経ったとはいえ、帰るにはまだ早い。事態が事態だけに少しでも情報が必要だ。

 とはいえ、今すぐ何かをという気分にもならない。首尾良くCOMPゲットして絶頂期かってぐらいテンション高かったけど、図書館きてからストップ安、上場廃止も脳内で検討中なぐらいの下落振りだ。よくよく考えたら俺死んだ時の記憶無いじゃん、すぐ傍まで迫っている死の危険はこれが初めてかもしれない。

 

 全力ダッシュの時は結構勝算あってのことだ。お姉さんどっか消えてしまったのは回収役の到着に時間が掛かるから暇潰しにでも行ったのだろう、あんな場所で死体と待ち惚けなんて俺だって御免蒙る。もし、回収役がすぐに来るんだったら待ってても問題はない筈だ。だからあの時、焦ってはいたが時間的な猶予は問題ないと見込んでいた。

 

 それを自覚すると、体が小刻みに震えているのにも納得がいく。何時爆発するのか、そもそも解除手段があるのかすら分からない爆弾が頭上にあるってのは嫌な気分になる。

 

 あぁ、ちなみにライドウから続くメガテンの世界だってのは確定済みだ。何せ、大正が15年以降も続いてたことの違和感に今更気付いたんだから。

 

 

 そんな訳で気分を落ち着けるため、適当に本棚を眺めている。

 

 神話関連や都市伝説の本を読んでおくのもいいかもしれない、由来を持ってる悪魔とか結構多いし、何かの役に立つかもしれないので探してみるのもありだろう。

 

 で、何となく目に留まったのが猟奇事件特集の本だった。

 

 あの通り魔は逮捕されてるが、動機不明、精神健常、だけど犯行の記憶が喪失とかなりアレらしい。

 捕まってるけど、悪魔による仕業というのは葛葉から伝えられると考えたら、どういう扱いで裁判とか終わらせるつもりなのか気になる。異常者による通り魔で終わらせるのか、普通に殺人犯扱いで見ぬ振りか、心神喪失として無罪にするのか、事実を知っていると無罪にしてやってもいいとさえ思ってしまう。というか本当に被害者だよな、あいつ。

 でも流石に死者だけで十四人って庇い切れるのか、海外の銃乱射事件並みに殺してるから、よっぽど無茶やらんとどうしようもないぜ。

 あるいはスピード裁判で死刑にして、裏からどこかへと逃がしてあげたりするのだろうか。それでも当人や家族は救われないよな、操られてても殺したのは自分の手でやった訳で、周りからもそういう扱いを受ける訳だし、狂った挙句にメシア教とかに傾倒しなきゃいいけど。

 

 将来的に大量殺人犯として記録されるであろう男に憐憫を覚える。

 

 それはそれとして、本が気になったのは男の扱いからだ。常軌を逸しているとはいえ、普通のというのもアレだが、ただの通り魔殺人。それでも父の体が穴だらけになっていたのを考えると、猟奇的な犯行ということになってしまうのだろうか。

 

 具体的にどんな事件が載っているのか気になった俺は本を手に取った。

 開いたページを捲りながら目次に戻り、ついーと目を滑らせる。

 

 比較的、有名どころの事件は大体似通って起きているらしい。巻末には未解決事件や捜査中の事件が纏められていた。といっても、四分の一ほどを占めており、この内のどれだけに悪魔が関わっているのか想像するだけで気が沈む。

 ペラペラと流し読みしていた時、とうとうその文字を見つけた。

 

 

 井の頭公園殺人事件。

 

 

 我が目を疑い、思わず二度見どころか三度見、四度見してしまったのは内緒だ。

 

 本を持つ手がプルプル震える。ヤバイ、こんな本見ながら笑うとかありえない。急いで人気が無い場所に移る。ニヤケる顔が戻んない、マジでー、ひゃっほー、足運びがスキップになるのはご愛嬌ってやつだ、それぐらい嬉しくてしかたない。そうだよな、一回落として持ち上げるのは基本だよな。

 

 逸る気持ちを抑えながら目的のページを開く。

 

 事件は1994年四月某日に発生。

 三年も前だったのか。丁度自我を表層化させ始めた頃で夢現だったし気付かずにスルーしてたな、こりゃ。

 

 ということは、ゴトウとかトールマンとかも葛葉とヤタガラスが解決したのか、ご苦労様でした。……あれ、てことは今のトールマンってなんなの?

 ぬか喜びですか、そうですか……

 

 うん、最悪発端だけ起きてそのままズルズルと引き延ばしも考慮しにゃならんな、解決してねー。

 

 この場合、どっちを狙うべきだ、クーデター起こすゴトウか、ミサイルぶっぱのトールマンか。考えるまでもねえ、トールマン一択だ。ゴトウは自衛隊やらに期待しよう、まて、ゲームでゴトウと戦った記憶が……い、異能者とか葛葉の管轄だし、放置するってことで。

 でも、いきなりクーデターもどきが起きて周辺国から干渉されるのも困る。メガテンルートを防いでも、日本が暮らし難くなったら本末転倒ってやつだ。ロの字とか、大陸とか、出っ張りとか、我先にと乗り込んでくる奴らには事欠かない。そうなったらアメちゃんだって黙ってないだろう、終いには結局核が降りそうだ。

 ゴトウをどうにかして諌められないもんかね。まあ、そう簡単に片付くならクーデターなんて起こさないか、次いこう。

 

 メシアとガイアが野放しな理由。

 メシアは分かる、あれで主義主張はそこらの宗教と大して変わらないからな、やってることはカルトそのものだけど。いや、天使がアレなだけなのか、ゲームのせいで碌でもないイメージしかない。

 それに、拠点があるのは日本だけじゃないだろうし、表向きの理由とか証拠がないと捜査もできなけりゃ解散に追い込むなんて以ての外ってやつかね。モチーフになってる宗教のことも考えると、下手しなくても規模がでかそうだ。

 

 だけどガイアは理解できない。なんで野放しなんだよ、ちょっと突付けば絶対にボロが出るだろ、ヤタガラス仕事しろ、せめて日本から追い出せ。

 

 それともあれか、互いに潰し合わせるために戦力を均衡させてると見るべきか。それでも何かもうちょっとやりようってもんがあるだろ、本のタイトルなのにカルトやら裏側とかの文字が躍りまくってたんだけど。

 

 どちらにせよ、俺にとっては両方とも目障で仕方ない宗教なんだが。

 

 チクショウ、大体なんで東京でやるんだよ可笑しいだろ、日本でメシア復活させんじゃねーよエルサレム(約束の地)でやれ。いや、それをされると防ぎようがなくなるから勘弁。そもそも、メガテン世界における海外の組織って何があんのか知らないんだよな。それに日本みたいな宗教観ごっちゃになってる国の方が珍しくね、下手すると国を挙げてメシアどもに協力するとか……マジ勘弁。

 ゲームだと仕方ないで済ませられるけど、現実でやられると納得いかねー。小説版とか解説本で納得行く説明があったんでせうか、それとも忘れてるだけでゲームにも出てきたのかな。

 

 

 とりあえず現状としては、懸念事項の発端が三年前に発生済みで、何らかのトラブルで事態延期の可能性が高い。……先が予測不可能で厄介になってる。

 

 何だろう、これ、ゲーム通りに進んでた方が楽だった気がしてきた。

 

 ゲーム通りなら頑張ってゴトウとトールマン殺せば解決な訳だろ。いや、実際その通りなのかは知らないが、さしあたっての元凶とか標的がハッキリしている分まだマシといえる。

 今現在、どうなっているのか全然予測が付かない。最悪、別の人間、ってか悪魔が計画を進行してるかもしれない可能性だってある。そういう意味では、メシアとガイアが対立してピリピリしてるのは好都合だ。上手いこと扇動して互いに潰し合わせ、最後だけライドウあたりに頑張って貰えばいい訳だから。

 

 問題は、その最後の場面が全然想像できないってことだ。

 

 ゴトウは滅ぼすとかそういう思想じゃなかった筈だけど、クーデター起こすってこと考えると武力行使を厭わない危険人物。

 トールマンはいうまでもねえ、メシアの思想を象徴するような奴だ、危険人物通り越して抹殺対象。

 厄介なのはヒーロー勢だ。あいつら本人の思想次第だから、最終的に何処に付くのか分かりゃしねえ。オマケに敵対勢力は確実に滅ぼしやがる、死神集団といっても過言じゃない。下手にロウやカオスルートに進まれたら手が付けられん。

 

 あと忘れてたけどファントム……は、まあいいや。スプーキーズがどうにかすんだろ。

 

 落として上げて、また落とされた気分だ。

 何か色々と疲れた、今日はもう帰ろう。もし、戒厳令が敷かれたら東京から離れよう、もうそれでいいや……

 

 

 

 

 この日、俺はどうやって帰宅したか憶えていない。

 ポケットにはその日得たCOMPと石ころがちゃんとあったことから、白昼夢を見た訳ではないことだけは確かだ。

 

 帰宅した俺を、母は温かく出迎えてくれた。

 何かあまりにも落ち込んでる姿に、どうしたのかと微妙に慌てながら聞いてきたけど……知らんがな。とりあえず母に抱き付いて、上がり下がりの激しかった今日一日を無かったことにしたいと願う、後半部分だけよろしく。……あ、涙が出てきた。

 

 

 結局、当初の予定通り、母に泣き付いて今日という日を終わることする。

 

 

 


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