ベース好きと青薔薇のギター   作:黒色エンピツ

4 / 5
手作り弁当

「うぉああぁぁぁ!?遅刻遅刻遅刻ぅぅぅ!!」

 

昨日の氷川さんに会った時の事考えて唸ってたら寝るの遅くなって寝坊してしまった。

いや、まだだ。後数秒……!!

 

「セーーフ!」

 

「アウトだよ。遅刻届け書いて来い。」

 

「うぇ〜い……。」

 

あー……間に合ったと思ったんだけどなぁ。

 

 

 

 

遅刻届けを提出して一限目後の休憩に入ると、俺は教室の後ろで氷川さんに正座で説教されていた。あれ、これって普通先生がやる事じゃない???

おい、クラスのやつら、またやってるよってなんだ。

 

「墓前さん、遅刻しないようにと言いましたよね?」

 

「はい、言いました。」

 

「では、どうして今日は遅刻したんですか?」

 

「えっ。」

 

「何か言いづらい事なんですか?」

 

「いやー、言いにくいと言えば言いにくいですけど……。」

 

「けど、なんですか?」

 

「も、黙秘権を行使します!」

 

「……どうしても、言えない事ですか?」

 

「ん、ん〜、まあ、うん、氷川さんには言いづらいかな。」

 

「では、今日は聞きません。」

 

ふぅ、助かった。

 

「それと、今日はお弁当は持って来ましたか?」

 

「あ〜……まあ、購買で買えば大丈夫だと思うんですけど。」

 

「それで昨日は食べれませんでしたよね。」

 

「あれは……たまたまですし。」

 

「はぁ……準備しておいて、良かったです。」

 

そう言うと目の前に弁当箱が置かれる。

 

「あの……これは?」

 

「お弁当です。」

 

「いや、氷川さんの分じゃ無いんですか?」

 

「私は自分のがあるので。それに、これは昨日のお礼です。」

 

「いや、暗かったから送っただけですし……まあ、ありがたく貰います。」

 

おおおおぉ、氷川さんからの弁当だぁぁ!!んん、自重しないと、変な顔してないか?ニヤついてたりしないよな?

そっ、と口元に手を当てて隠す。

今日の昼休憩が楽しみになってきた。

 

 

 

 

キーンコーンカーコーン。昔から変わらないチャイムを聞いて弁当箱を掴んで廊下に出る。今日は屋上で食べよう。幸い、天気も良い。

歩きながらふと思えば、この学校には随分と目立った人が多い気がする。

たまたま知ったがアイドルバンドのパスパレとか、確か、弦巻こころ?だったか。お金持ちのお嬢様が居るらしい。まあ、見掛けた事がある程度だけど。スカートでよくハンドスプリング出来ると思った。

屋上に出ると心地良い風が吹く。屋上を選んで正解だったな。

 

「彩ちゃん?ちょっと、野菜が少なく無いかしら……?」

 

「うぇぇ!?ご、ごめんなさーい!」

 

噂をすれば、先客にパスパレの二人が居た。バンドだから多少は興味がある。白鷺千聖と言えば幼い頃からドラマに出ているから知ってる人も多いだろう、演技も上手いし。それに、彼女はパスパレではベースをやっている。女優の仕事をしながらベースの練習、合わせetcをするのは非常に大変であるはずだ。一人のベーシストとして是非話をしてみたい所だ。

まあ、そんな機会はないだろうと思い、テキトーな柵に背中を預けて座る。

 

「さてさて、ご開帳。」

 

開くとまず目に入ったのはハンバーグだ。通常のミニハンバーグよりもやや大きいのが三つ……ハンバーグ好きなのか?それに付け合わせでフライドポテトがある……出来がやけに良いな……ご飯は普通の白米だ。

何だか弁当のはずなのにハンバーグセットを食べる気分になってきた。

 

「あ、美味しい……。」

 

ハンバーグやポテトが冷えても変に油っこくないし、ジューシーさを失ってない。どうやって作ったんだ……。

夜に家に送ったくらいでこんなのを食べても良いのか?今度お返しを考えておこう。

 

「……〜♪」

 

ああ、ベースを持っていれば気分良く弾けてただろうに、明日から学校に持って来ようか。アンプは電池式の小型で良いだろう、音には気を付けないと。

 

「いい?アイドル何だから体型の維持にはしっかりも気を付けておかないといけないって常日頃から言っているはずよ。それにこの前だってSNSにスイーツを食べている自撮りを上げていたでしょ、あれもあの時は注意しなかったけれど良くないわ。」

 

「は、はいぃ……。」

 

……あの二人は見てるだけでも暇しないな。

 

 

 

 

昼休憩が終わると教室に戻った。

 

「あ、氷川さん、弁当美味しかったです。弁当箱は洗って返すんで。」

 

「いえ、今返してください。」

 

「え、いや、でも、せめて洗うのはこっちでやりますよ。」

 

「また作って来るのに弁当箱が無いと入れる物が無いでしょう。」

 

「……つまり、また作って来てくれるんですか?」

 

「だからそう言っているでしょう。」

 

「じゃ、じゃあ、お金を渡すんで、その範囲で良いですから。」

 

「?別に私と日菜の弁当に使った材料と同じ物を使うからいりませんよ。」

 

「そ、そうですか。」

 

提案してもさらっと問題ないって返される……でも、ここまでしてもらうのはやっぱ悪いよなぁ。

 

「じゃあ、俺で返せる事だったら何でもするんで、何か無いですか?」

 

「墓前さんにしてほしい事……?」

 

すると氷川さんは顎に指を当てて考え始めた。そんなに悩む事なのか……。

 

「では、ベースを弾いてください。」

 

「え、そんな事で良いんですか?」

 

「ええ、前から聴いてみたかったので。」

 

「まあ、そのくらいなら。いつにします?」

 

「今日は大丈夫ですか?ロゼリアで集まるのでその時に皆さんで聴きたいんですが。」

 

なんだ、二人きりじゃないのか……って、何で俺が残念そうにするんだ。訳わかんねぇ。

 

「墓前さん?」

 

「あ、いえ、何でも。今日ですね。場所は?」

 

「CiRCLEでお願いします。弾く曲は好きなので良いですから。」

 

「分かりました。」

 

……じゃあ、まだ打ち込み終わってないからソロだけど、みんなで喧嘩しながら作ったあの曲かな。

……後はあれに気を付けないと。

 

 

 

 

時間が経ってCiRCLEの一室。挨拶や自己紹介も程々にベースを構える。

 

「じゃあ、聴いてください。『Heart Shout』」

 

初っ端からスラップで始まるこの曲は、本当にバンドメンバーのみんなの心で思った事を叫ぶ曲になっている。誰かが俺はこうだって言って、別のやつがいいや俺はこうだからこうだって言って、喧嘩にすぐ発展した曲。

何度作るのを諦めかけた事か……。

 

サビ前でツーフィンガーにする。うわ、やばいテンション上がって来た。

歌は止めずにベースを一旦止めて服の肩を掴むとバッ、と上の服を脱ぐ。

 

「「「きゃああぁぁぁ!?」」」

 

「ワラビィ!?」

 

流石に空とはいえギターケースを顔面に投げ付けられたのは初めてだ。

 

「あー……失礼しました。」

 

「は、墓前さん!なぜ服を脱いだんですか!?」

 

「いやはは、テンションが上がっちゃって、つい。」

 

「笑ってないで早く服を着てください!」

 

言われた通り、もぞもぞと服を着る。これって昔からの癖だから直らないんだよなぁ。

 

「あ、曲どうでした?」

 

「聴き入ってしまいましたし、他の方の反応も良かったですよ。脱ぐ前までは。」

 

「おぉ、そりゃあ良かった。」

 

うん、嬉しい。

 

「良かった、じゃありません!人前で脱ぐのは止めてください!」

 

滅茶苦茶睨まれた、ショボーンと気分が下がる。

 

「すんません……。」

 

すると頭に手が乗せられる。

氷川さんの後ろの方で「おおっ!」と声が聞こえた。いや、声上げなくて良いから。

 

「そんなに落ち込まないでください。曲はとても良かったですよ。」

 

そのまま撫でられる。これは……気分がかなり上がるけど、恥ずかしいな。

下を向いて顔を見られないようにする。絶対にやけてるだろうし。

カシャッと横からカメラの音が聞こえた。

 

「あっ。」

 

と、撮られた。絶対に、にやけてる顔を撮られた……!!

パシッと今井さんの手を掴む。

 

「い、今井さん、今撮った写真消してくれません?」

 

「大丈夫大丈夫、紗夜には見せないし。」

 

「そういう問題じゃないんですけどねぇ!」

 

チィッ、どうしても消してくれないらしい。女子の見せないって言葉って割と信用ならないんだって、特に写真。

 

「でも〜、紗夜に見せたって良いでしょ?こんな面白い顔してるんだもんね。」

 

チラチラと氷川さんに見えそうで見えない感じでスマホを向ける。くそっ、確実に劣勢だ。

どうしよう、そう思っていると袖を引かれた。

誰だ、と振り返ると氷川さんが袖を摘んでいた。

 

「あの、氷川さん?」

 

「え?あ、いえ、何でもないです。」

 

ぱっと手を後ろに回す。どうしたんだろう?

すると、今井さんが氷川さんに耳打ちをすると顔を赤くした。可愛いけどどうしたんだろ。

結局この日はみんな集中出来ないだろうから、と解散になった。悪い事したな……。

 

 

 

 

帰り道を歩いていると今井さんに言われた事を思い出す。

 

『大丈夫だよ、紗夜の彼氏取ったりしないからっ。』

 

別に、墓前さんは彼氏ではありませんが、なぜか顔が熱くなって、墓前さんの顔が見れなくなってしまいました。

 

「それにしても、音也のベース凄かったね〜。」

 

「分かる!凄いジャキジャキなんだけどババーンって感じ!」

 

「あこちゃん……ちょっと分からないかな……。」

 

「友希那はどうだった?」

 

「確かに、彼のベーシストとしてのレベルはとても高いわ。あの技術をリサが自分のものに出来れば、私達はもっと上へ行けるはずよ。」

 

今井さんが墓前さんの名前を呼ぶ。彼女はよく名前を呼ぶからおかしくはないけれど、少し心に引っ掛かる。

 

「さーよっ。どしたの?黙り込んじゃって。」

 

「別に、少し考え事をしていただけです。」

 

「ふっふっふ〜、当ててあげよっか?」

 

「急に何です「名前で呼んでたのが気になったんでしょ?」っ……。」

 

「紗夜って分かりやすいからさ。ごめんね。」

 

「謝る程では……。」

 

「だからさ、紗夜も音也って、名前で呼んじゃお?ついでに音也に名前を呼んでもらおう!」

 

「えっ」

 

今井さんは何を言っているのでしょうか……。ですが、名前を呼ぶ……クラスメイトですし、良く話もしますから、呼んでもいいかもしれませんが、それだとロゼリアのメンバーはどうなるのでしょうか……。

 

「そういえば、紗夜は連絡先知ってる?」

 

「いえ、知りません。」

 

「じゃあそれも聞いちゃおっか。」

 

どんどんとハードルが上がっていっているような気がします。

 

「あの、それは難しいのでは……。」

 

「大丈夫大丈夫、音也って抜けてる所とかあるでしょ?」

 

「そう、ですね。よく遅刻する事でしょうか。」

 

「じゃあ、遅刻した時にすぐ連絡出来るからって理由付けたりして聞こっか!」

 

「なるほど……。」

 

それなら、聞けますね。

 

「今井さん、ありがとうございます。」

 

「いいのいいの!頑張ってね♪」

 

「……ありがとうございます。」

 

今井さんがここまで言ってくださったんですから、私も頑張ってみましょう。

 

 

 

 

「次はカバー曲の練習でもしてみようか……。」

 

昼休み、いつも通り屋上で紗夜さん製の弁当を食べてゆっくりとしながら、考え事をする。

んー、何の曲にしよう。ボカロ曲にでも挑戦してみるのも面白いかもしれない。

 

「彩ちゃん、またエゴサしているの?」

 

「も、もうちょっとだけ……。」

 

「この前だってそう言ってたわよね?」

 

あの二人は本当に仲が良いな……。

話声をBGMにスマホとベースを取り出してアンプを繋いで構える。もちろん音はかなり小さくする。今回も昔の曲だ。

 

「『HERO TIME!!』」

 

スマホから打ち込んだ曲が流れ始める。やっぱり、打ち込んだ音は何か違うけど仕方ない。

この曲はとにかくかっこいい曲を作ろうぜ、かっこいい曲ってなんだよ、ヒーローってかっこいいよな。という会話から生まれた曲だ。バンドで演奏する時はみんなで間にヒーローっぽいセリフを挟んだりしていた。あれはあれで楽しかったよな。

目を瞑りながら弾き続ける。

今回は歌は歌わずに鼻歌にする。これはこれで悪くない。

フィニッシュ、そう思って息を吐くと拍手される。

 

「え、な、なんだ?」

 

目を開くとさっきまで話をしていたパスパレの二人が居た。

 

「凄いね!なんて言うか……凄かった!」

 

「彩ちゃん……もうちょっと感想なかったの?

でも、確かに凄かったわ。正確なピッキングもだけれど、表現力が今まで見た中でトップレベルね。それだけに、他の楽器が打ち込んだ音なのが残念ね、バンドとしてしっかり聴きたかったわ。

あなたは、バンドは組んでいるのかしら?」

 

「いや、俺はソロか助っ人くらいですよ。

個人的にはインストラクターでもやる予定ですよ。」

 

「そうなのね、ちょっと残念ね。」

 

「すいませんね。まあ、白鷺さんも何かあったら聞いてくださいよ。俺が答えられる範囲であれば答えますから。」

 

「え?良いのかしら?」

 

「演奏が上手く出来ても、人に教えられるのが上手いとは限らないんで。」

 

「それもそうね、じゃあ、頼らせてもらうわね。」

 

「是非。それと前から聴きたかったんですけど「もー!二人で話さないでよー!」うおっ」

 

ずっと俺と白鷺さんで話していたからか丸山さんが間に入って来た。仲間外れにしてしまったか。

 

「あー、すみません、忘れてました。」

 

「酷いよ!」

 

……ストレートに言い過ぎた。悪いけど逃げるに限る。

 

「あははー、俺はここらで失礼しますー。」

 

ぱぱっと片付けて荷物を持って教室に戻ると氷川さんに弁当箱を渡す。

 

「今日も美味しかったです。ご馳走様でした。」

 

「そうですか。お粗末さまでした。

それと、ここまでベースの音が聞こえてきましたよ。屋外ですから、なるべく気を付けてください。」

 

「き、聞こえてました?」

 

聞こえてないと思ってたのに。

ちょっと恥ずかしくなって席に戻って伏せる。寝てやる。

 

 

 

 

『しゃー!みんなありがとう!今日も最高のライブだったぜ!』

 

俺は観客に向かって拳を突き出した。それと同時に歓声が湧く。これだよ、これ。この瞬間が最高に気持ち良い。

 

『なあ!お前らも楽しかったよな!!』

 

後ろを向いて呼ぶ。きっとあいつらも最高だって、そう思っているはずだ。

 

『え……』

 

でも、振り向いた先には楽器だけが置いてあった。

 

 

 

 

「あああああぁぁぁ!?」

 

「きゃっ!?」

 

「はぁ……はぁ……今のは?」

 

「あの……墓前さん、大丈夫ですか?」

 

「ここは……っ、ライブは、ライブはどうなった!?俺達のライブは!?」

 

「ライブって、墓前さんは組んでないでしょう?それにここは教室ですよ。」

 

その言葉で周りを見る。確かに、教室だ。ステージじゃない。

 

「……ちょっと、俺、早退します。」

 

鞄を掴んで廊下に出る。

 

「ちょっと、墓前さん!?」

 

あー……なんで、あんな酷い夢見たんだ……。

 

 

 

 

家に着いて鍵も閉めずに自室に行ってベッドに倒れる。手探りでベースを探す。

 

「あ、学校に忘れた。」

 

今更取りに行くのも面倒だし、明日学校行くから良いや。

 

「ほんと……悪趣味な夢。」

 

気持ち悪い。やっぱり、合わせて弾くのはダメかな。ソロだとこんな事はなかったのに。

 

「……寝よ。」

 

 

 

 

「ちょっと、墓前さん!?」

 

追い掛けて廊下を見ればふらふらと危ない足取りで歩く墓前さんがいました。大声を出して起きたと思えば急に早退するだなんて……。今までも寝る事はあっても早退はしなかったのに。

 

「あ、ベース。」

 

墓前さんがベースを忘れるだなんて、いつも頭の中はベースばかりだと思っていました。

 

「……届けた方が良いですよね。」

 

誰かが下手に触ったり、ぶつかって倒したりしたらいけません。

帰る時に持って行きましょう。

 

 

 

 

「ここが、墓前さんの家ですか。」

 

湊さんの家のすぐそばとは聞いていましたが隣だとは思いませんでした。

先に帰りましたし、居るはずですからチャイムを鳴らしました。

 

「……?来ませんね。体調悪そうでしたから、病院にでも行ったんでしょうか?」

 

ちょっと悪いと思いながら玄関のドアを押すと開いた。……鍵が掛かっていませんね。

 

「墓前さん、居ますか?」

 

返事がありません、本当に倒れているかもしれない。

いくつかのドアを開けて回ると二階の一室で墓前さんがベッドで寝ていました。

 

「ふぅ……墓前さん、心配させないでください。返事の一つくらい……。」

 

顔を覗き込むと暑くもないのに酷く汗をかいていました。

 

「は、墓前さん!?大丈夫ですか!?」

 

あまり良い対処法とは言えませんが、思い切り揺さぶる。するとうっすらと目を開きました。

 

 

 

 

『くそっ!』

 

もうずっと何曲も弾いている。見た目や背丈は昔のままで思い出のステージで一人ベースを弾きながら歌を歌う。コーラスも何も無く、後ろでは人の居ない楽器が音を奏でているのが気に入らない。

仲間は誰も居ない。観客も誰一人として存在しないステージで一人で演奏を続ける。

喉が干上がって声が枯れてもずっと歌を歌い続ける。

なんて最悪なライブだ、バンドの一体感も無いし、観客の盛り上がりの欠片も無いこんなライブ。やっても意味が無いのに永遠と続く。

 

『誰か、早く止めてくれ、こんなのは俺の大好きだったライブじゃない。返してくれよ、俺達のライブを。』

 

「……さん」

 

観客席の奥から声が聞こえる。誰だろう。

 

『誰か居るのか?じゃあ助けてくれ。それか俺の曲を聞いてくれ、お願いだ。』

 

「は…ま…さん」

 

声と共に光が出てきた。ああ、やっと終わる。

 

「墓前さん!」

 

「!?……ああ、氷川さん。おはようございます。」

 

……一番嬉しいけど、一番居て欲しくなかったな。

 

「勝手に入ってすみません……その、大丈夫ですか?」

 

「えぇ……あ、ちょっと水を取って来るんで、リビングで待っててください。」

 

「あ、はい。分かりました。」

 

頭が痛い……。

冷蔵庫の取っ手を掴もうとすると手が空振る。夢の中は昔の姿だったし、それのせいだろう。

 

「んっ、んっ、んっ……ふぅ。」

 

汗が気持ち悪いし、今気付いたけど制服のままだ。もうシワになってるかもしれないけど一応ハンガーに掛けておこう。

 

「すみません、お待たせしました。」

 

「いえ、体調はどうですか?」

 

「まあ……ぼちぼちです。ちょっと頭痛はしますけど、そのくらいですよ。」

 

「そうですか……。」

 

氷川さんが安心した顔をする。自分には関係ないだろうに、この子は優しいな。

 

「あの、連絡先を交換しませんか?」

 

「はぇ?」

 

な、なんだって?

 

「ですから、連絡先を交換しませんか?」

 

「れ、連絡先って、メールとか電話番号とかラインとか?」

 

「それ以外に何があるんですか?」

 

「そ、そうですよね。」

 

そのままの流れでちゃちゃっと連絡先を交換した。おおおぉ……氷川さんのラインだ、やってる風に見えなかったからなんだか新鮮。

 

「それと、私の事は名前で呼んでください。」

 

「名前ェ!?」

 

え、な、名前って言うと……さ、紗夜さん?

 

「日菜もいますし、紛らわしいでしょう?」

 

「いや、それはまあ……。」

 

「では、お願いしますね。」

 

「わ、分かりました……えっと、紗夜、さん。」

 

うわー!すっげー恥ずかしい事してる気分!!

 

「っ……それでは、私はそろそろ帰ります。あまり遅くなるのもいけませんし。」

 

「あっ、じゃあ送って行きましょうか?」

 

「いえ、大丈夫です。おやすみなさい……音也さん。」

 

パタンと玄関のドアが閉められる。

……?今、名前で呼ばれた?

 

「あ〜っもう、何なんだよー……。」

 

明日からさ、紗夜さんの顔が見れねぇ……。

はー……顔あっつ……。

 

 

 

「……最後に名前で呼んでみたけど、大丈夫よね?」

 

連絡先が交換できたし、名前で呼んでもらえて嬉しい、でも、やっぱり恥ずかしいから耳が熱くなってる。

 

「今井さんにお礼は……言わなくても良いですね。」

 

どうせ次に集まった時にでも聞かれるでしょう。

 

「頑張って、次からはちゃんと面を向かって名前で呼びましょうか。」

 

ああ、耳がすごく熱いですね。

 

 






なんだかんだで文章が長くなってしまいました。
一部シリアスでしたけどフレーバー程度でほとんど出ない予定です。シリアスとか暗いのって胃が痛くなっちゃう。ハッピーエンド最高!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。