双月の使い魔   作:日卯

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第11話・土くれ

 

「どうしてこうなったのかね?!」

 

 ギーシュ・ド・グラモンの叫びが風にさらわれて夜に融けていく。

 ぎぃっぎぃっという音と共に揺れる彼の体は、あと十数サントほど爪先が足りず宙に浮いていた。

 

「これは、禊ぎなのです。ミスタ・グラモン」

「全ての男の涙の海に、お前は溺れなければならない。ギーシュ」

「だから! なぜこんな真似をするのかと訊いているのだよ!」

「自分の胸に手を当てて考えてみろ」

「これじゃ胸に手も当てられないんだがね?!」

 

 どんなに叫んでも、ロープでぐるぐるに巻かれ、本塔近くの木の枝に吊されたギーシュに優しく微笑むのは双月だけであった。

 彼ら兄弟の二つの双眸は冷え冷えとした温度の明かりしか灯していないことに、ギーシュはこのときになってやっと気付いた。この兄弟のこんな顔を初めて見たギーシュは息をのんだ。

 

(――ぼ、ぼくが一体何をしたというのだ? ぼくは何をしてしまったのだ?)

 

 トリスタニアから帰り、湯浴みに向かおうとしたところでヒラガ兄弟と出くわしたのは憶えている。

 久しぶりに心浮き上がるような時間を過ごした後だったこともあり、ギーシュは言われるがままに話があるという二人に着いていった。そうしたら、

 

(……そうだ。トールに杖を取り上げられ、サイトがぼくを縛り上げた。それからサイトがロープを振り回して、枝に掛けたんだ。見事な縄掛けだったな。なぜか彼の左手も光っていて、驚いた。……だがなぜこんな真似をする? どうしてだ?)

 

「……すまない。ぼくには君たちの怒りがまだ理解出来ていない。よければそれを教えてくれないだろうか?」

 

 トリステインの名門、グラモンの四男坊が平民に頭を下げる。

 本来あってはいけないその光景にサイトはぐっと拳を強く握り、トールがそれを押し留めた。

 そんな二人の様子に、いよいよもって自分がなにか大層な間違いを犯してしまったのではないかとギーシュは顔を青ざめさせた。

 

 サイトには命を助けてもらった恩がある。あれはそう言っても差し支えない事態であった。以降身分の差こそあれ友人として彼と付き合い、奔放で快活、懐の温かいサイトの存在は一時とはいえ心的外傷を負ったギーシュを持ち直させてくれた。誰にも気付かれないようにはしているが、本当は女性全般に対して未だに軽い恐怖を覚えるのだ。それでも笑っていられるのは彼のお陰に違いない。

 

 トールには自分の弱さを気付かせてくれた恩がある。ドットとはいえ、土メイジとしての自分のワルキューレ(ゴーレム)は一角の物だと思っていた。だがそれが無手のサイトやオチコボレだと勘違いしていたルイズよりも惰弱であることを示し、そこから先の強さの手に入れ方を、心の鍛え方をサイトと共に教えてくれた。特に彼が考え出すワルキューレ強化訓練や土メイジ戦術論は聞いたこともないような突飛なものでありながらも、有効性はとびきりであった。

 実際にそれは証明されている。

 先日トールを庇うかたちで行われたヴィリエ・ド・ロレーヌとの戦いで、ギーシュは彼らから得たものを昇華させ、ドットからラインへと駆け上がったのだ。これ以上の照査はあるまい。

 

 付き合いはまだたった十数日。だがそれまでのギーシュでは考えられないほど濃密な十数日であった。だからそれほどの恩がある彼らここまで変えてしまった自分の正体不明な罪に、ギーシュは恐れおののいていた。

 

 サイトのきつく引き絞られていた口がゆっくりと開いていく様に、彼は息をのむ。

 

 すでに彼の心象風景では最終法廷の罪人席に立たされ、周囲を親兄弟に仲の良い友人達、今日という最後の日を飾ってくれた心優しき蝶々(おとめ)たちに囲まれていた。ただ皆一様に表情を苦渋にまみれさせ、様々な感情渦巻く瞳を向けている。

 見上げる眼前には裁判長、サイト。

 

「ギーシュ」

 

 かつて友と呼んだ彼の声が震えていることに、ギーシュの心に荒波が立つ。

 

「今日、どこに行っていた」

 

 意図は未だ分からない。だがギーシュは誠心誠意、罪を償うために応える。

 

「トリスタニアに」

「誰と居た」

 

 その問いに一体どのような意味があるのか。疑問に思いながらもギーシュの思いは変わらない。

 

「ミス・モンモランシ。ミス・ロッタ。ミス・ゼッサールのお三方と」

 

 俯いてまぶたを下げ、心象の中に立つ彼女達に、ギーシュは心の中で微笑む。

 

 嬉しかった。一度は自分の至らなさから遠退いてしまった蝶々達が、自ら舞い戻ってきてくれたことが。また寄り添ってくれたことが。

 楽しかった。今一度味わうことができた、煌びやかに舞う蝶々達と交わされる春の調べが。香しくも華やかな一時が。

 でも少しだけ、怖かった。許してあげると言ってきた彼女達の瞳が。迷い寄って来た彼女の笑みが。

 

 それでも、否、だからこそ、ありがとう。

 

 薔薇はここで散ってしまうけれども、蝶にはまた新たな花を愛で

る権利がある。

 せめて幸せになって欲しいと、良き思い出になってあげたいと、薔薇は気高さだけは失わずに、色褪せる前に手折れるのだ――

 

 ギーシュは顔を上げた。サイト達の判決を真摯に受けとめようとまなこを開く。

 その瞳が映したのは血走ったかつての友の両目。

 サイトが、トールが、叫んだ。

 

「なに良い表情してんだこのバカチンがあぁぁあああああ!」

「今絶対薔薇がどうとか考えてたでしょぉぉおおおおお!」

 

「――ぬあっ?! おわぁぁぁああああああ?」

 

 吊されたギーシュの肩を掴み、憤怒の形相の二人が右に回す。回し続ける。猛烈な勢いで回しまくる。

 回転を続ける世界にギーシュの三半規管はリンパ液の片寄りを生み、平衡感覚の異常を訴える。異常は平衡感覚から知覚全てに感染し、意識の全てを混乱させる。

 遠心力によるものか、じわりと、嫌な汗が全身から滲み出た。

 それに伴い意識が浮き上がる感触がギーシュを襲う。

 

「兄さん!」

「はあぁぁあぁぁぁあああああ――今だ!」

 

「「成敗!」」

 

 二人が掴んでいた肩から手を離した。

 今度はギーシュの身体に直接的な浮遊感。それは偏っていたリンパ液の移動ゆえにだ。

 ギーシュを支えるロープに対して大量に加えられた力のモーメントが、釣り合いをとるべくロープのねじれを取り除き始めた。

 

「――?! ――ふぉぉぉおおおおおおお?!」

 

 あわや意識を失うかというところで始まった逆回転。またしても平衡感覚を乱され、犯され、陵辱され尽くしたギーシュは、回転が収まったときにはだらしなく涙と鼻水とよだれを垂れ流す木偶と化していた。

 

「…………な……ぜ……?」

 

 ギーシュが声を絞り出す。刑が執行されるのはいい。だが彼もその罪科を知って罰を受けたかったのだ。だがそんな口上もなければこちらから問う余裕もなかった事に、ギーシュは疑問の声をあげた。

 

「まだ、わからないのか」

「……ぼくは、ぼくは……なに、を……」

「……ハーレムだ」

「……?」

「僕達を踏み台に、ハーレムを作りましたね」

「……な、なに……? そん、な。ぼ……ぼくは……」

 

 ギーシュも今日の出来事がハーレムであったという自覚はある。だがこの兄弟を踏み台にしたつもりなど微塵もない。

 今回の事は先日突然言い渡されたミス・モンモランシとミス・ロッタの謝罪受け入れ条件だったのだ。新しくできた貴族向け高級店での奢り及び歌劇鑑賞。それが条件だった。そしてミス・ゼッサールもたまたま同じお店にいてどうせだからと席をご一緒し、たまたま同じ劇を予約していて、たまたま劇の席も近かったから一緒に行動していただけなのだ。第一、謝罪だって前回サイトに言われて謝りに行ったときに一度は受け入れられていたのだが、なぜだか二人揃って別々に今回の条件を追加してきた。だからちょうどいいということで一緒の行動になったというだけで本当に全部たまたま――

 

「言い訳は無用! 事実ギーシュ・ド・グラモンは――」

 

「――兄さん!」

 

 突然、トールが叫び声をあげた。これまでの声とは趣が違う、本当の鬼気迫る叫びであった。

 そして、さあっ、と葉擦れの音が鳴り、三人に影が差す。

 ギーシュが視線を上に向けた。

 土の塊が、迫ってくるのが見えた。

 

「――っあ?!」

 

 悲鳴を上げそうになり、しかし上げる間もなくどんっとギーシュの体が押される。その衝撃の凄まじさに胸から全ての息がはきだされ、目の前まで迫っていた土くれが彼の金の巻き毛をかすった。吹き飛ばされ、地面を転がる。やっと止まって顔を上げれば、数メイル先、さきほどまで彼が吊されていた木がへし折られ潰されていた。

 

 ずうん。ギーシュの頭上で激しい音が響く。

 反射的に見上げれば、双月を隠す巨大なゴーレムが本塔の一角に拳を打ちつけていた。先ほどギーシュを潰そうとしたのはこのゴーレムの足だ。

 あの場にいれば彼も同じように潰されていたであろう。

 だが、そんなことよりも――

 

「サイトォォオ! トォォオール!」

 

 あの足の下にはサイトもトールも居たはずなのである。

 サイトが投げナイフでロープを断ち、トールがギーシュを体当たりではじき飛ばしたのだ。その後サイトがトールを抱えたのが視界の端に映っていたが、そこから先がわからない。

 いや、ギーシュの目には潰されてしまったように見えていた。

 

 なんてことだ。なんてことだ!

 

 わけもわからずギーシュは叫び出したかったが、まだ叫べるほど息が戻らない。焦れば焦るほど心臓は早鐘を打ち、鼓動するための息を欲した。そしてやっと喉に張り付いていたものが声になろうとしたとき、

 

「ギーシュ! 無事か?!」

 

 足の向こう側からサイトの声が聞こえた。聞こえたと思ったら、ざっ、ざっ、と影が走り、気付けばギーシュの体はサイトに片手で抱え上げられていた。

 

「サイトこそ無事だったか。よかった」

 

 すぐさま少し離れた木の側まで運ばれ、ギーシュのロープが断たれて解かれる。

 サイトの身のこなしはタバサやギーシュのワルキューレと模擬戦をしていたときよりも軽かった。ギーシュを抱えているのにも関わらずだ。ナイフが握られている左手ではルーンが青白く輝いていた。

 ギーシュの知らないことであったが、今日学院に帰ってきてすぐにサイト達はそのルーンの効果を実験して効能の確認をしていた。現在までにわかっていることは武器になる物を握っていると身体能力強化としか思えない、非常に強力な力を得ることが出来るということだけであった。サイトは今、そのルーンの効果を利用していた。

 

「トールは?」

 

 ギーシュの問いに、サイトは視線で答える。

 それを追ってみれば、巨大ゴーレムの足元でトールがその土肌に片手で触れていた。

 あのような場所に居続ければ、ゴーレムが動くだけで巻き込まれてしまうだろう。

 危ない! 速く逃げなければ! とギーシュの思考は焦りを走らせたが、サイトが「大丈夫だ」と一言放ち、状況を見るための余裕をギーシュに与えた。戦闘指南のときにも言われた冷静になれという言葉を、ロレーヌのときと同じくまたしてもすぐに実行できなかった自分にギーシュは歯がみしつつ、異変に気付いた。

 拳を打った状態のまま、ゴーレムが動き出さないのだ。

 

「見つけた。ゴーレムの左肩の上だ、兄さん!」

 

 サイトに向けてトールが呼びかけ、ピューィと口笛を吹く。

 

 サイトもギーシュに奪っていた杖を握らせると駆け出し、ゴーレムの下まで行くと、人間の限界を超えているのではないかと思わせる動きでその巨躯の上を跳ね、登っていく。

 彼が向かう先を、トールが呼びかけた場所をギーシュも見る。

 ゴーレムの左肩の上、そこに黒い衣装の何者かがいた。

 このゴーレムの繰り手であるメイジだ。

 そのメイジがサイトに向けて土轢弾(ブレツド)を放つ。

 サイトは両手に持ったナイフを獣の爪のごとくゴーレムの体に突き立て、それを起点に器用に体をひねり避けながらメイジに近づいていく。

 メイジがまた杖を振る。アース・ハンド。ゴーレムの体から生えてきた無数の手がサイトを捕らえようと迫る。

 

 だがその時には勝負は決していた。

 

 サイトの放った一本のナイフが、メイジの杖を弾き飛ばしてしまっていた。

 サイトはギーシュの訓練でブレッドもアース・ハンドも見知っていた。ゆえにその動きには微塵も躊躇いがなかった。

 精神力の供給を絶たれ、アース・ハンドがサイトに指を掛けるもその先から力を失い、土くれに戻り崩れていく。

 ゴーレムも同じく上からボロボロと崩壊を始め、メイジが体勢を崩して落ちる。

 

 ゴーレムの頭頂部で隠れていた双月がまた顔を出す。

 そこに再度差す影。ギーシュも見覚えがある影だ。

 

「シルフィード! 兄さんを!」

 

 聞くやいなや、ぎゅん、と風竜の影が急降下した。

 メイジ同様、足場を失い二十メイル上空から自由落下を始めていたサイト。ゴーレムのもとが土くれではなく岩などであったならば、今のサイトはそれらを空中で足場にして無事着地できていたかもしれない。だがただの土くれではそんな軌道は不可能であった。

 そのサイトをシルフィードが一度口に挟んでからギーシュの方へ放る。そしてトールがまた叫んだ。

 

「ギーシュさん!」

 

 言わんとするところを理解したギーシュは呆けていた頭を自ら叩き、アース・ハンドを詠唱する。だが詠唱したはいいものの、サイトが放られた時の勢いが相当なものだったらしく、まだ体調が完全とはいかない状態であったギーシュの集中力の問題もあって、受けとめた手がはじかれ粉々に砕けてしまう。

 そしてサイトはギーシュを巻き込んで木に激突。

 サンドイッチされたグラモンの四男坊はここで気を失ってしまった。

 

 その間にもシルフィードは速度を落とさないまま今度は地面すれすれまで迫り、トールをはむと、翼で大地を叩くように羽ばたいて衝突を回避。精霊の力も存分に借りて垂直方向から水平方向へと力のベクトルを変え、滑るように低空を飛びゴーレムの体から崩れて降り注ぐ土砂を避けていく。

 途中、落ちてきたメイジを透が「ぬあっ!」と奇声を上げながら掴み、力が足りずに手放し、すぐさまそれをシルフィードが前足で掴んで上空に飛び上がった。

 

 やっと安全を確保できたシルフィードが透を背中に上げる。

 次に風竜はメイジの胴を口にはんだ。手よりも顎の方が力が強くて疲れにくいからであったが、意識のあったメイジは気が気ではない。必死に抵抗しようとするも杖がない唯人では竜種の力に敵わず、されるがままになってしまった。

 

 地上で手を振る才人に、透も振り返す。

 だが先ほど無茶をして人一人を掴まえたせいで、その両腕には激しい痛みが走っていた。

 

「ぐあ、あ、あたたたた……。無理しすぎましたね。なんて言ってタバサに治してもらおう……」

 

 脂汗をかきながら透はそう呟いて、黒いローブに身を包んだ謎の襲撃者に笑みを向けた。

 羽ばたきによる風のあおりを受け、襲撃者が身に纏っていた黒ローブのフードがはだけた。夜闇に翡翠色の髪がこぼれて舞う。

 

「きず物にした責任はとっていただきますよ。ミス・ロングビル。――いえ、『土くれ』のフーケ」

「……あんた、なにもんだい」

「その様子なら本当にフーケだったようですね」

「――なっ!」

 

 澄まし顔で透が嘯く。

 学院長付秘書、ロングビルは、抵抗を止めて地上に降りるまでの間透を睨み続けたのだった。

 

 

 

 

「いや、それはさすがに不味いだろう、透」

 

 平賀才人は眉を八の字にさせて弟が思い直すよう、意見していた。

 

「そうですか? 現状考えられる最高の案だと思ったのですが」

「ダメだ。後々のことを考えろ。バレたらルイズやタバサにも迷惑がかかる」

「バレなければ良いんですよ。大丈夫ですって兄さん。僕らが力を合わせればこの程度、どうってことないでしょう?」

「何が根拠でそんな大丈夫って……。第一これは子どものイタズラで済ませられるレベルじゃないぞ」

「当たり前です。イタズラで済ませる気なんてありませんよ。それに根拠はあります。これまで彼女が捕まっていなかったのです。今回もたまたま僕らが居たから撃退できただけの話で、本来であれば犯行は失敗していたものの逃げることは造作なかったのではないですか。ねえ?」

「ああ。ホント、あんた達にさえいなけりゃね」

 

 ふて腐れたように透の問い掛けに答えたのは黒ローブを身に纏った眼鏡の女性、ミス・ロングビルだ。

 彼女の身はロープで縛られ、木に吊されている。一寸前のギーシュと中身が入れ替わったような状況であったが、場所が違った。ここは学院から離れた森の中であった。彼らのすぐ側では、森の獣が襲いかかってこないようにシルフィードが警戒している。

 

「というわけで、この道のプロがいうのです。これ以上ない根拠たり得ます。……ところで聞きたかったのですが、ミス・ロングビル。どうやってあの外壁に穴を開けるつもりだったのですか? あの宝物庫近辺は特に厳重に『固定化』の魔法がかけてあって、あのような攻撃ではヒビ一つ入らなかったと思うのですが」

「……企業秘密さ」

「そうですか。……インパクトの瞬間拳だけではなく腕部全体を『練金』で鉄に変えてましたし、その後もなにかしようとしてましたね。僕がギーシュさんに教えた方法ですか。ですがあれでも多分無理ですよ」

 

 ロングビルの顔が強張っていた。

 

「……あの坊やは壁に穴開けていたじゃないか」

「穴は開けてません。少々削った程度です。理論上極めれば貫通することも可能かと思いますが、実際は無理でしょうね。あれだけ部分練金が上手いなら連続することで穴を空けることも不可能ではなかったかもしれませんが、一回行う事に衝撃でゴーレム本体が崩れていたでしょう。土製でしたし、踏ん張りがききません。なによりあの規模のゴーレム作成と練金を複数回行うのは、いくら貴女でも精神力が保たないのではありませんか?」

 

 しばしロングビルは透を睨み続け、俯くと、諦めたように溜め息をつく。

 

「じゃああんたは一体どうやる気でいるんだい。わざわざあたしを仲間にしてまでやるってことは、メイジが必要なんだろう?」

「企業秘密です」

「あ、あんたねえ……」

「いやあのな、透。まずこんなことはダメだと……」

「まだそんなことを言っているのですか。兄さん。僕らが彼女を城の衛士隊に引き渡したところで利は薄いのです。主人であるルイズさんやタバサになんらかの報奨が考えられますが、それだけでしょうね。後は居合わせたギーシュさんですか。実際ほとんど役に立たないまま気絶していたので置いてきてしまいましたが。彼は有名貴族なのでなんらかの報奨を得るでしょう。封建社会の貴族とその従者とは、そういうものなのですよ。ですよね? ミス・ロングビル」

「ああ。だろうね」

 

「だからやろうと思うのですよ。王都貴族様のお宝強奪を」

 

 才人は頭を抱えた。こんなに攻撃的な弟は久しぶりに見た。こういうときは確固たる意志を持って彼は攻めるため引いてはくれないのが常だった。つまり才人が何を言っても聞かないのだ。

 気絶したギーシュを放置して、すぐさま才人を連れてここまでやってきた透は、大盗賊土くれのフーケことミス・ロングビルを衛士に引き渡さないことを条件に協力を申し出た。フーケですら手をこまねいていたとある大貴族様の邸宅からお宝を全て盗み出して、山分けしましょう。と。

 

「いやほんとさ。捕まったら打ち首ものだろそれ。世話んなってる人達にも迷惑かけるし、碌なもんじゃないぞ」

「策は無数にあります。僕達が組めば盗めない物はありません」

 

 それに、とトールが続ける。

 

「ミス・ロングビルにはこの一件で足を洗ってもらい、以後捕まる可能性を低くしましょう。できれば偽装工作して死んだように見せかけたいところですが、それは折りをみてですね。あ、もちろん職を奪うわけにもいかないので、その後のお仕事についても斡旋させていただきますよ?」

 

 呆けたようにロングビルはトールを見て、慌てて口を閉じた。

 

「……あんた本当になにを考えてんだい? ここで話が纏まったとして、あたしが裏切らない保証はないじゃないか」

「ミス。貴女は裏切りませんよ。もし貴女が裏切り、僕達のどちらか片方を殺したとして、そうしたら貴女はどちらかに確実に復讐される。何の意味もなくその復讐で死んでもいいというのならその必要はありますが、今回の件で共犯者になれば貴女は僕達の弱みも握ることになる。そうなれば僕らも貴女を裏切りませんし、貴女も裏切る必要はなくなるでしょう。貴女はそこまで愚かではないはずだ。ゆえに裏切りませんよ」

 

 ロングビルはサイトやトールとは学院で彼らの身元登録と寝具等の用意をした際、一度会っていた。

 ルイズの使い魔兼護衛として登録されており、直接戦って実力を知っているサイトはともかくとして、ルイズの相談役兼タバサの使い魔でしかないトールに彼女を殺すことなどできるだろうかとも考えたが、あのときなぜかゴーレムの操作が出来なくなっていたことをロングビルは思いだした。そしてその間、トールがゴーレムに触れていたことも。

 トールが東方の賢者だという噂は聞いている。学院長が妙に気にしていたことも知っている。メイジでもない癖に魔法の扱いを心得ている節もある。その上やけに風竜が懐いており、使い魔でもないのに声一つで言う事を聞いている。

 ロングビルはこの少年がまだ隠しているなにかがあることを理解した。下手に引っ掻けば火傷では済まない相手だ、とも。

 

 なんにしても今この場を切り抜けなければ待っているのは死だけだ。ここに放置されるだけでも獣がうろつくこの森では朝日を拝めない可能性がある。彼女の杖は今、周囲を警戒している風竜が口にくわえていた。諦めるしかなかった。

 

「わかったよ。協力させてもらうよ。その代わり本当に仕事の斡旋、あるんだろうね? あたしは野良メイジで身よりはないし、今の仕事より稼げなかったら、またやらなきゃならないんだからね」

 

 こちらに召喚されたばかりのトールには確固たる地盤はないはずである。ルイズによるヴァリエールの加護は多少あるであろうが、ロングビルには身元を証せない理由があった。そんな相手を雇えるほどの権力を持っているとは到底思えない。普通に考えれば仕事の斡旋など出来そうにないはずなのだ。

 だが同時にこの少年なら、とも思えた。

 

 トールはロングビルの最後の言葉になにか思うところがあったのか、ふむと頷いてから答えた。

 

「ええ、もちろんです。結果に関してはミス・ロングビルのがんばり次第というのもありますが、まあまず大丈夫でしょう」

「あのな透。だから――」

 

 このままなし崩し的に決定してしまいそうな雰囲気にサイトが口を挟もうとするも、トールがそんなサイトに口出し無用と言葉を被せる。

 

「兄さん済みません。これは決定事項なんです。これほどのチャンスはまずそう巡ってきません。兄さんがごねればごねた分だけ面倒が増えます。僕は何があっても兄さんを信用できますが、ミス・ロングビルは違います。僕達が不仲であるという印象を与え、仲違いの結果不評を買う可能性を考えて裏切られるかもしれません。犯罪に手を染めるのが嫌なのはわかりますが、僕達には絶対にルイズさんには頼らない経済力が必要なんです。一定以上の資本さえあればいくらでも増やすことが僕らなら出来ます。そしてその資本も、この一回で揃うでしょう」

 

 才人は俯き、頭をがりがりとかいた。

 

「あー、あー、もう。頑固なヤツだなホントに。わかった、わかったよ。ただし一回ぽっきりだからな。これっきりだからな。こっからは真っ当に稼がないとダメだからな。後、ちゃんとここまでする理由を教えろ。終わってからでいいから」

 

 才人の返事に透は嬉しそうに笑う。

 才人は透の行動パターンをよく知っている。平時に見せる攻勢は大抵ブラフで、ここまで本気で攻めの姿勢をみせるのは追い詰められているときだけであった。

 

「ええ。心配してくれてありがとうございます。兄さん。兄さんがストッパーでいてくれるから僕は気兼ねなく行動できる」

「言ってろ。言うことなんざ聞かない癖に」

「はは。ではまず戻りましょうか。兄さんはミス・ロングビルのフードを剥いで抱えて下さい。逃げたフーケに人質に取られていた事にしましょう。ミスを救出するも、僕は負傷。フーケには逃げられたということで」

 

「は? 負傷って……おい、その腕!」

 

 見えるように掲げた透の腕が酷く腫れ上がっていた。暗がりでもわかるくらい色もおかしい。

 

「最低でもヒビが入っていると思います。さっさと戻りましょう。さすがに限界です」

「ああ! もう! お前ってヤツはホント!」

 

 意味をなさない言葉を叫びながら才人は言われた通りに作業をこなし、二人を抱えてシルフィードに飛び乗った。

 

 学院に着いたときには透は気を失っていた。

 

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