双月の使い魔   作:日卯

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第13話・舞踏会

「衛兵の報告は?」

 

「巨大なゴーレムは見たそうですが、現場に向かっている途中でゴーレムが崩れてしまい、実際の戦闘の状況は確認出来なかったようですな。後に見たのは飛び去る風竜だけとのことです」

 

 コルベールの報告に、学院長のオスマンが真白い髭をさすって頷く。

 

 翌日の早朝。

 トリステイン魔法学院本塔前には学院教師と一部の生徒、そしてその使い魔が集まってきていた。珍しい時間帯に集まっている彼らに、使用人寮から仕事に向かおうとしていたメイド達がちらちらと視線を向けていた。

 

「で、犯行の現場を見ていたのは?」

「わたくしと、この三人ですわ」

 

 ロングビルがさっと進み出て、後ろに控えていた三人を紹介する。

 ギーシュにサイトにトールの三人である。サイトとトールの後ろにはそれぞれルイズとタバサが控えていた。

 

「ふむ……、君たちか」

 

 オスマンは興味深そうにサイト達を見つめた。この老人は少し前から度々目の前の少年達を『遠見』の魔法がかかった鏡で覗いていた。

 数日前、戦闘に最も向いた系統であるされる風のラインクラスを正々堂々降し、その戦いにて見事ドットクラスからラインクラスへと成長してみせた土メイジのギーシュ・ド・グラモン。

 コルベールの報告によって伝説の使い魔ガンダールヴではないかと睨んでいる遠い異国の武人、サイト・ヒラガ。

 魔法を使えない身でありながらギーシュやルイズに新たな魔法の使い道を教導するサイトの弟、トール・ヒラガ。

 

 ギーシュはトリステインの名門貴族。そしてヒラガ兄弟は平民でありながらもミス・ヴァリエールとミス・タバサの使い魔であり学院の準客員という、特殊な待遇だ。護衛と相談役の地位は、先日ヴァリエール公爵家から正式に手紙が送られてきたことによって確固たるものになっていた。どうやらルイズがサイトの強さやトールに魔法学で習ったことを家に伝えたらしい。それに伴い、学院も正式な待遇を決めることにしたのだ。それが準客員というかたちだった。それにトリステイン最大貴族家系であるヴァリエール公爵家のみならず、タバサの正体の件もある。学院長であるオスマンは、もちろんタバサの本当の名前を知っていた。

 

 学院における最高権力者のぶしつけな視線にギーシュはかしこまり、サイトは訝しみ、トールは眠そうに目をしばしばさせていた。

 

「詳しく説明したまえ」

 

 すでに話は聞いていたが、オスマンは彼らからの説明を求めた。

 ギーシュが進み出る。

 

「突然大きなゴーレムが現れて、踏みつぶされそうになったんです。ぼく達はそれをなんとか避けたのですが、その間にもゴーレムは宝物庫のあたりの壁を殴っていました。多分、宝物庫の中身を狙っていたんだと思います。それからすぐにトールがゴーレムの肩に乗っていた黒いメイジを見つけて、サイトがゴーレムをよじ登ってメイジの杖を落としました。ですがサイトがゴーレムから落ちてしまい、間一髪ミス・タバサの使い魔の風竜に助けられ、ぼくは落ちてきたサイトを受けとめました。……すみません。情けないことに力及ばず、ぼくはそのときに気を失ってしまいました」

 

「それで?」

 

 次にサイトが進み出る。

 

「落ちた俺はギーシュに助けてもらったんですが、その間にメイジが近くにいたミス・ロングビルを人質にして逃げたんです。杖を二本持っていたのか、もしかしたら俺が落としたのは偽物だったのかもしれません。それで俺と透とでシルフィードに乗ってフーケを追ったのですが、ミス・ロングビルを助ける際に返り討ちにあい、追撃を諦めました」

 

「返り討ちとな?」

 

 最後にトールが進み出る。

 

「もう治りましたが、僕が怪我を負ったのです。ただその際、メイジは自分のことをフーケだと言っていました。暗くて顔は見えませんでしたが、男の声でした」

 

「ゴーレムが出たとき、ミス・ロングビルはどうしておったのじゃ?」

「怖くて、木の陰に隠れていたのです。そこをフーケに……」

 

 そう言い、ロングビルは申し訳なさそうに俯いてしまった。

 

「他に手掛かりは?」

 

 三人は黙って首を横に振った。

 ロングビルは何も出来なかったどころか足を引っ張ってしまったことを恥じているのか、身をちぢこませて「申し訳ありません」と謝罪の言葉を口にした。

 

「これ以上の手掛かりはナシというわけか……」

 

 それからオスマンは、気付いたようにコルベールに尋ねた。

 

「ときに、昨晩の当直はどうしていたのかね?」

 

 その言葉に、近くにいたミセス・シュヴルーズが震え上がる。貴族子弟にものを教えるほど優秀なメイジである教師陣は、夜間交代制で門の詰め所に待機する当直の仕事も請けおっている。だがまさか魔法学院を襲う盗賊がいるなどと夢にも思わなかった彼女は当直をサボり、自室でぐっすり眠っていたのだ。

 ゆえに事が発覚し夜中に叩き起こされた彼女の全身を覆うローブの下は、寝間着であった。しかも帽子はいつも被っているものではなく、ナイトキャップである。

 

「も、申し訳ありません……。わたくしが当直でした……」

 

 告白したミセス・シュヴルーズに、他の教師から叱責の言葉が降りかかる。それは飛び火して、何も出来なかったロングビルにも向かった。

 とうとう自責の念にかられた彼女達はボロボロと泣き出し、よよよとその場に崩れ落ちて身を寄せ合った。

 

「これこれ。女性を苛めるものではない。どうせこの中にまともに当直をしていた者などおらぬ事ぐらい、私も知っておる」

 

 髭をさすりながらオスマンにそう言われると、教師達は顔を見合わせて恥ずかしそうに面を伏せてしまった。妙にお堅いところがあるコルベールですら、研究に夢中になると当直をちょくちょくサボっていたのだ。

 

「この中の誰もが……もちろん私を含めてじゃが……、メイジの巣窟であるここ魔法学院が賊に襲われるなど思っていなかった。好きこのんで虎穴に入りたがる輩はおらぬからな。しかし、それは間違いじゃった。全員が油断していたのじゃ。賊に侵入された責任は我ら全員にあると言えよう」

 

 オスマンは、ロングビルとシュヴルーズの二人を見つめた。

 

「それに、ミセス・シュヴルーズもミス・ロングビルも、メイジじゃが軍務経験はおろか戦闘経験もない女性じゃ。結局なにも盗まれていないのだから、これ以上責める必要はなかろう」

 

 シュヴルーズとロングビルはオスマンの慈悲に感激の声をあげて抱きついた。

 オスマンはそんな二人をあやすように背中をぽんぽんと叩いていたが、いつしか手の平は下がっていってお尻を撫でている。

 この老メイジ、実は普段から秘書のロングビルにこのようなセクハラをしているスケベ爺であった。ロングビルを秘書として雇った理由も、街の酒場で給仕をしていた彼女のお尻を撫でたのに怒らなかったからだという、筋金入りであった。

 ロングビルがフーケであることを鑑みれば、賊侵入の責任は確実にこのエロジジイのものであった。

 撫でられている間、二人はなにも言わなかった。

 オスマンは一頻り触覚を楽しんだあと、咳払いをして二人を解放した。周囲の視線に耐えられなくなったともいえた。

 

「まあよい。無事賊は退けられたのじゃ。しかも相手がフーケであったならば、初めて退治できたことになるはずじゃ。三人には私個人から何かしらの褒美をとらせよう。ただし今回の件は無闇矢鱈に人に話さぬように。無用な混乱を招きかねん」

 

 オスマンは城への報告をぼかして行うつもりでいた。

 フーケ撃退は称賛されるべき出来事であったが、退けただけで逃げられてしまってはフーケであったという証拠がないことになる。王都に居を構える宮廷貴族にはフーケにしてやられた者が多いはずであり、下手に騒げばやっかみを受けかねなかったのだ。宮廷貴族は無駄にプライドが高い者が多く、自分がやられたフーケを学生一人と平民二人で退けたあっては気にくわない者も出てくるだろうと考えてのことだった。

 

(これがミスタ・グラモン一人で退けていれば、話が早かったのじゃがな……)

 

 グラモンは軍部との繋がりが深い。そちらによって彼一人が英雄視されれば宮廷貴族との折り合いも逆に付きやすいのだ。だが話を聞けば実質倒したのは平民のサイトであり、ギーシュはあっさりやられてしまっている。このまま報告しては面白くない者が湧いて出て来るだろう。

 それに捕まえていたとしても、ギーシュはともかくヒラガ兄弟へ王宮から直接の報奨はなかっただろう。あっても主人であるルイズやタバサへのものだけであったはずだ。如何に学院の客員であろうと、貴族か正式な兵士でもない限り王宮はその身分を保障しない。それ故の仕方がない結果であった。もっといえば、オスマンが『ガンダールヴ』かもしれないサイトを王宮に紹介したくなかったというのもあった。

 故にただ、フーケと思われる賊に奇襲を受けるも学院の戦力で撃退、と報告するのだ。詳細な人員などは明かさず、その際にギーシュが頑張ったとでも添えておけば、グラモンに話がいっても問題はおこるまいという考えだ。

 

 だがなんにせよ、ここの教師や衛兵よりも早く三人は行動を起こし結果を出した。証言の少なさから狂言である可能性も最初はあったが、ロングビルも見ている。実際に衛兵も巨大ゴーレムを確認しているとあれば、嘘ということもないだろう。だからオスマンは三人への報奨は自身のポケットから出すことにしたのだ。

 

「詳しい話はさておき、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。このとおり、宝物庫は無事じゃし、予定どおり執り行う。ただし教師陣は当直の組み直しじゃ。今晩から門前当直は二人ずつとする」

 

 オスマンがぽんぽんと手を打ち、それで昨夜のことに関してはとりあえずの終了となったのだった。

 

 

 

 

「精神力の方はまだ大丈夫ですか? 帰りに元通りにする必要があるので、絶対に無理はしないで下さいね」

「――そう何度も言わなくったって、わかってるよ。でもまだ余裕があるくらいなんだ」

「そうですか。それは重畳。予想してはいましたが、それ以上に上手くいっているようでよかったです。でも気は抜かないで下さいね」

 

 サイトの持つカンテラの僅かな光しかない暗闇の中、ロングビルがトールに念を押されて頷く。

 それを横目にしながらトールはサイトからカンテラを預かり、火を取り出すと、持ってきていた他二つのカンテラにも明かりを移した。その一つをロングビルへと渡す。

 

 三人同時に掲げたカンテラに、広い空間の一画が照らし出された。

 目深にフードを被った三人の目に黄金が煌めく。

 それは先行するトールの身長ほどまで積まれた、壁一面の金貨の山だった。

 

「……驚いたね、こりゃ。貯め込んでいるとは思っていたけど、想像以上だよ」

「これ全部金貨かよ……」

 

 ここは王都トリスタニアが貴族街に建つ、一等上等な屋敷の足下。ロングビルがその警備の厳しさから手出しできなかったとある大貴族宅の地下金庫だ。

 

 日が落ちて『フリッグの舞踏会』の時間も近くなったところで、三人はシルフィードの背に乗り学園を抜け出し、王都まで急ぎ駆けて来ていた。

 

「ロングビルさんは金貨の真贋や仕掛けがないか確認してて下さい。すぐに使える軍資金にしますので、問題ないようでしたら少し貰っていきましょう。メインは予定通り少し先にある魔法具や宝石細工ですので、持ちすぎないようにして下さいね。兄さんは僕と一緒に」

「ああ、わかった」

 

 ヒラガ兄弟を見送りつつもロングビルは言われた通り金貨を一つつまみ、懐にしまっていた別の金貨と重さを比べたり叩いたりしてその真贋をざっと調べた。

 本物と判断した彼女は手持ちの麻袋に詰められるだけ詰めて腰に下げる。

 

 それからもう一度全体を見渡し、先ほど三人で入って来た、彼女が開けた穴に目をやった。

 

 地下室にぽっかりと空いた穴。

 

 もちろんその先は大質量を誇る土壁と、遠く地上に続くトンネルとなっている。

 彼女の意識がその穴と、腰に下げた袋に向いた。

 腰にはまだ空いた袋がある。だがその内の一つだけから感じる重さはずしりと重く、一度の仕事で得る報酬としてはすでに悪くない額になっているだろう。さらに残りにも同様に金貨を詰めてしまえば申し分ない。

 逃げようと思えば、今すぐにここから逃げることが出来た。

 トライアングルの土系統メイジである彼女ならばここを出て練金の魔法で壁を再構成、ヒラガ兄弟を閉じ込めたままの状態で逃げることだって不可能ではない。

 事実帰りはそうする予定となっている。三人一緒に出て、だが。

 そして同様の手段でロングビルがここに彼らを残していけば二人とも餓死するか、見つかり賊として捕まってそのまま刑に処されることになるだろう。

 

(……まったく。本当にどうなっているんだい)

 

 だが彼女はここから単独で逃げようとは微塵も思っていなかった。

 単純に、もし二人が見つかってしまえば彼女の面が割れてしまうというのもある。

 しかしなによりも、本当にここまで来るのに自分が必要だったのかが疑わしかったからだ。

 そもそもにしてここは地上から十メイルは地下で、その上この地下室を覆っていたぶ厚い壁にかけられていた固定化の魔法は学院の宝物庫と同等レベル、つまり彼女よりも上位のスクウェアクラスのものだった。ここまで潜るだけでも土の処理などの問題から面倒が多く、ましてやスクウェアがかけた固定化の壁を突き破って侵入するとなると彼女一人では確実に不可能な作業だった。

 最低人数で想定すると、貴族街で屋敷の近くに穴を掘るのはほぼ無理なので、遠くから掘り進めるために土メイジがトライアングル一名。開けた穴を崩れないようにするため、練金と固定化をかけるトライアングル一名。壁の固定化を破るためにスクウェアが一名。運搬はそれぞれがそれぞれで請け負う。それが彼女の目算だった。

 長期の作業となればスクウェア一人でも事足りるが、こういった地下施設は定期的に土メイジがその大地への感度の高さを利用して調査しているため、時間をかけるほど見つかる可能性が高くなり難しい。さらに地下に施設を置く貴族は自身か身内が土メイジであることが多いのだ。時間をかけてやるのはほぼ不可能といえた。

 それをトライアングル一名に他平民二名という、実質一人でやってしまっている。しかもロングビルの計算は行きだけを考えたもので、帰りは掘った穴を放置することが前提だ。対してトールは壁も穴も埋めてしまうことまで想定した、発覚を遅らせ犯人及び犯行ルートの特定まで難しくさせるものだ。

 

(あのトールって小僧、何者なんだい。耳は尖ってないけど、エルフだったりするのかい)

 

 穴掘りは平民街にある空き家からのスタートだった。ただトールは方角を気にしながら、掘るべき地に手を数秒あてていただけ。そしてその場所をロングビルに魔法で掘らせ、掘った端から穴を固めさせていった。掘っては手をあてまた掘る。それだけの作業だ。だが何故か、不思議と想定していたよりも非常に少ない精神力で簡単に掘り進むことができた。壁面を固めるのも同様だった。気付けば大した時間もかけず、目的地まで精神力の半分も使わずに掘り進むことが出来てしまっていたほどだ。

 

(あの手をあてていたのに意味があるんだろうけど、さっぱりわからないね。本当にあの子はメイジじゃないのかい? 穴掘りだけじゃない。あいつが触った後は、スクウェアクラスの固定化も初めからなかったみたいにあっさり壁に穴が空いた。こんな技聞いたこともないけど、高位のエルフじゃないのかい?)

 

 考えてもわからないことだらけだ。

 だがなんにせよ、確実なことがあった。

 

(今敵に回すのは愚策だね)

 

 折角今は味方でいてくれているのだ。わざわざ危険を冒す必要はないし、話が本当であればこの仕事からも抜け出せるようになる。

 彼女とて、この仕事がいつまでも続けられるようなものではないことぐらい最初から理解していた。いつかは捕まって、そのまま縛り首となることも覚悟の上だった。

 それでも稼がねばならない事情が彼女にはあるのだ。

 

(新しい仕事がどんなだか知らないけど、稼ぎが悪かったらまた盗賊業にもどりゃいいさ。それまで当分の間は今日の稼ぎで問題ないだろうしね)

 

 上手くいくようだったら、めっけもんだねぇ。

 

 彼女のその呟きは、少々の悲哀と自嘲を伴って闇に解けて消えた。

 

 そして、その闇の向こうからお声がかかる。

 

「おーい、ミス・ロングビル。ちょっとここに練金で穴開けてくれませんかー?」

「今行くよ。少し待ってな」

 

 彼女はカンテラを片手に、暗闇に沈む黄金の向こう側へと歩を進めたのだった。

 

 

 

 

「なによ。せっかくわたしが誘ったんだから、サイトも参加したらいいじゃない。なにが学生でも給仕でもない平民が参加する訳にはいかないよ。わたしの護衛なら側にいなさいよ。――なにが、なにが楽しんでこい、だってのよ。フーケ退けたのだって、ほとんどあなたの功績だってギーシュから聞いてるのよ。せっかく頑張ったんだから、あなたも参加したらよかったじゃない……」

 

 にぎわうフリッグの舞踏会会場。その一角。楽隊が奏でる調べを背景に黒髪黒目のメイドの少女シエスタが、そうですよね、と頷いた。

 肯定の先はろれつが回らなくなってきているラ・ヴァリエールが三女ルイズ・フランソワーズだ。

 そしてシエスタの首から上はルイズに同意を示しつつ、手足は大量の料理を固形物流動物肉料理野菜料理問わず頬張り続けるタバサへの配膳と給仕をこなしている。

 またルイズのグラスが空いた。すぐさま彼女は準備されていた盆からワインの注がれた新たなグラスと交換して口を付ける。

 

 フリッグの舞踏会でのシエスタの仕事はホールでの配膳と給仕、そして汚れが出た際の掃除と貴族の補佐であった。

 そしてシエスタは舞踏会開始と共に壁の花となったこの二人の専属のようなかたちで使い回されている。

 他のテーブルや貴族の補佐に回ろうとすると、ルイズが愚痴を聞け酒が足りないと引き留め、タバサはハシバミ草の料理をもっとと言葉少なに訴えるのだ。さらにこのテーブルにはちょくちょくとキュルケやギーシュがやってくる。二人ともそれぞれ多くの異性を引き連れてくるものだからその都度ワインも料理も一気になくなる。なんとか隙を作り補充をするのだが、このテーブル一つだけでメイド一人がてんてこ舞いな状況であった。

 

「聞いているのシエスタ。サイトよ。あのバカはなんだってわたしを軽く扱うのかしら。こんなによくしているのに、なんでかしら。もっと敬ってもいいと思うの」

「ミス・ヴァリエール、飲み過ぎですわ」

「これっぽちじゃ、喉を潤すこともできないわ。それよりもサイトよ」

「サイトさんはミス・ヴァリエールをとても大切にされてますわ。ええ、それはとっても」

「そんなわけないじゃない。トールがタバサにするみたいに、わたしは大切にされたことなんかないわ」

 

 シエスタは終始マイナスな思考のルイズの様子に、こっそりと溜め息をついた。すでに彼女にとってこのようなルイズの姿は珍しいものではなくなっていたからだ。

 シエスタから見て、ルイズの使い魔で護衛のサイトはそこいらの貴族よりもずっと紳士的で、優しくて、強い。使用人宿舎がある広場の隅で度々行われるギーシュやタバサ、学院の衛兵達との手合わせは、メイド達の間ではよく知られていることだ。もちろん向こうで女生徒に囲まれているギーシュが平民のトールを守るためメイドからすこぶる嫌われているヴィリエを打ち破ったことも知られており、だからそんなギーシュよりも強くて弟のトールを大切にしているサイトであれば同じように救っていたであろうと、使用人のみんなが噂している。

 それだけではない。彼は言葉遣いがなっていないのだが、それがまたいい。彼の場合はそれが良い意味で作用している。自然体で誰に対しても偉ぶらないのだ。普通であれば自分の強さや特技、なんらかの手柄を自慢するものだ。だがシエスタが話したサイトは自分から語ることはなく、褒められると恥ずかしそうに頬を染める。平民なのにすごいといえば、まだまだ大したことはないと謙遜する。乾いた洗濯物を持っていくとありがとうと笑ってくれる。料理をおいしいおいしいと言って食べてくれる。その洗濯物や食後の食器洗いを手伝ってくれる。

 ちゃんと目の前に立つ人物を見ている感じがするのだ。

 ルイズの側にはそんなステキな男性がいて、しかも端から見ているととても大切にされている。

 それなのにルイズは度々このような愚痴を語るときがあるのだ。聞いているシエスタはなんだか惚気られているみたいで、溜め息もつきたくなるというものである。

 

 それに確かにタバサとトールのような感じではないが、シエスタの目にはタバサとトールのそれよりもルイズとサイトの二人の方がなんだか近しい気がしていたし、好ましい関係に映っていた。なぜだかはわからない。ただなんとなく、シエスタはいいなあと思っていた。思いながら気付くとサイトの姿を追うようになっていた。ただ今はここにその姿がないので、脳裏に想い描くだけであったが。

 

(まあ、きっとわたしがよくミス・ヴァリエールにお呼ばれしているからね。サイトさんとお話する機会は多いから、どうしたって一緒にいる時間の多い方との方が、馴染むのが早いはずだもの)

 

 サイトとトールが学院に来た翌日。さっそくルイズがサイト達を帰すための手掛かりを探していて、彼らと同じ珍しい黒髪黒目のシエスタに興味を持ったのが彼女達の親交のきっかけだ。初めて呼びたてられたその日はギーシュの浮気制裁事件で白紙になってしまっていたが、それからルイズとタバサにヒラガ兄弟、そしてシエスタの五人で彼女の容姿に関してや出身地、親族に関する質問がされていた。

 それからというもの、初期に厨房で彼ら兄弟に食事の用意をしていたことや、ルイズが名前を憶えたことで話しかけやすく思ったのか彼女によく用事を頼まれるようになり、深夜の晩酌に付きあわされるなどして今に至っていた。

 

 なんとかシエスタがルイズの愚痴とタバサの胃をなだめすかしていると、ギーシュとキュルケの二人が揃ってやってきた。二人とも踊りの相手を終えてきたのか、取り巻きの数は先ほどまでよりは少なくなっていた。

 

「君たちは踊らないのかい?」

 

 ヴィリエの件に加え昨夜のことがどうやら湾曲してどこからか漏れたらしく、フーケだとは知られていないが賊退治をしたと話題になり、去年よりも明らかに多くの女性に囲まれたギーシュが不用意な発言をする。

 学院長に一応であるが止められていて詳細を説明できないため、尾びれ背びれがついたままで肯定も否定もしていないがゆえのギーシュの現状であった。

 

 このギーシュだが、魔法修行時にトールやサイトから女性にかける言葉の語彙が貧弱とからかわれており、それをきっかけにメイドから借りた恋愛小説をこっそり読んで勉強をするようになっていた。そして早くもそのことが功を奏し始めている。以前であれば声かけと同時に毎度お馴染み薔薇がうんたらかんたらしか言わなかったところを、女性にあわせてちゃんと褒めることが出来るようになったのである。そのため初見で終わってばかりいた関係が少々長続きするようになっていた。現在引きと溜めを無自覚習得中である。後ろのモンモランシーやケティにとってはたまったものではなかったが。

 

「……踊らないわ」

 

 先ほどまでシエスタに延々と愚痴っていたルイズが、一言でギーシュに返答した。そうしてグラスの中身を一息に煽る。

 今度はキュルケが黙々と料理と格闘するタバサを見る。

 

「踊らないの?」

 

 青髪の少女は親友を見ることもなく、こくりと頷くだけだ。

 返答をもらった二人が周囲を見回し、終わりに側に控えていたシエスタに視線をやる。

 困惑した黒髪のメイドは首を横に振った。

 ルイズにもタバサにも、この席についてからキュルケやギーシュ以外の誰一人として声をかける者はいなかった。二人とも相当な綺麗どころであるにも関わらずだ。

 

 理由は複数ある。

 まず二人共に体型が細く、キュルケのような女性的な肉感に欠けていた。特に一四二サントしかない体を黒のパーティードレスで包んだタバサはその点において四つも五つも下の子どもに見えてしまっていて、どうしても同年代の男子には誘いがたいものがあった。そのうえ気を許した者以外にはとことん無反応。親友であるキュルケに対してですら先ほどの見向きもしないまま頷いただけという結果だったのだ。そのような相手に声をかけられる酔狂な男子はいなかったということだ。

 ルイズの方は胸元の開いた白のパーティードレスがよく似合っていて、飾りバレッタでアップにした髪も目を引いた。いつもは制服のせいで目立たないが、着飾ったときにわかる小柄なりのスタイルの良さは本物であった。だがほとんどの者にとっては『ゼロ』は普段からバカにしていた相手であったので、今更声をかけられるかというとそうはいかない。最初こそ声をかける猛者もいたがルイズはその最初から不機嫌を丸出しの様子であった。そのため近づいても声をかける前に退散。もしくはかけて玉砕。テーブルについてグラスを握ってから増したあからさまな近寄るなオーラに、免疫がある者かそれに付属してきた者ぐらいしか寄ることができないほどであった。

 

 二人を見て、キュルケがはっはーんと訳知り顔で近くにあったグラスを手にとって一口含む。口内で転がして香りを楽しんでから飲み込み、小さく呟いた。こんなんじゃ燃えないわ、と。

 

「ねえギーシュ。最近一番かっこいい男の子っていったら、誰かしら」

「それはもちろん、今その娘の心の中にいる男子さ」

「あら。てっきり貴方だったら、もちろんそれはぼくさ、って言うと思ってたのに。多少は言えるようになったじゃない」

「教えてもらえって言ったのは君だろう?」

「へえ? じゃあ今のはどっちから教えてもらったセリフ?」

「ぼくのオリジナルさ」

「本当に言うようになったのね。――あの娘達のパートナー探し、手伝っていただけるかしら?」

「是非もなく。見つけたら、引きずってでも連れてこようじゃないか」

 

 取り巻きを残して、語り合いながら二人は会場を後にする。

 シエスタは二人が何をするつもりなのか、どうするつもりなのかを悟って、わあっ、かっこいいなあ、と思っていた。

 なぜかちょっともやっとする気がしたが、彼女は素直に感激していた。

 

 そんな風に一頻り感動していた彼女の目は、しばらくしてから正面のバルコニーで動く物体を捉えた。あれ? と思っている内に灰色のそれは一気に大きくなって、シエスタ達のテーブルに近づいてきた。

 

「――わっ!」

 

 シエスタは驚いて片付けようとしてたグラスを落としかけるも、なんとか持ちこたえる。

 灰色のそれは一羽の伝書フクロウであった。それがタバサの肩に留まり、青髪の少女はその足から書簡を取り上げるとささっと読んで、フクロウが入って来たバルコニーへ向かう。その視線は先ほどまでとは違う固さを宿していた。

 そんなタバサが口笛を吹こうとするより早く、大きな羽音をたてて風竜がやってきた。

 

 その風竜の背から影が一つバルコニーへ飛び降りると、今度は風竜に乗っていたもう一つの影から手が差し伸べられた。タバサはその手の主と数言言葉を交わし頷くと、手を掴んで飛び乗る。そして風竜の上でタバサと影がしっかり手を繋ぎ直すと、大きな風竜の影は夜の闇へと消えていった。

 

 降りて見送った方の影が、バルコニーの闇からホールの光の中へと入ってくる。その黒髪黒目の青年の動きをシエスタは視線で追った。

 彼は笑いかけ、ルイズの前で立ち止まった。

 

「あなた、仕事は」

 

 サイトはルイズに誘われて断る際、学園外周の見回りをすると言っていた。まだフーケが近くにいるかもしれず、宴席などの酒精が入る席は隙になるから狙われやすいから、と。

 

「終わった。あとの見回りは衛兵の人とか、ギーシュがやってくれるってさ。……お前は、踊らないのか?」

 

 問われたルイズが視線を逸らす。

 

「相手がいないのよ」

 

 言いながら、ルイズはすっと肘まで白い手袋に覆われた手を差し伸べた。

 

「踊ってあげても、よくってよ」

 

 違うだろう、とサイトが腰に手をやって呆れた表情をする。

 ルイズはバツが悪そうな顔をして、ドレスの裾を両手で軽く持ち上げると、膝を曲げて一礼をした。

 

「わたくしと一曲踊ってくださいませんこと。ジェントルマン」

 

 だがサイトは首を振り、ルイズの手を取らなかった。

 代わりに自身の腰を折り、当てていた手を後ろ手にして、恭しくもう片方の手を差し伸べた。

 

「わたしと一曲踊っていただけませんか。レディ」

 

 サイトからのお誘い。理解して酒精のせいだけではない赤を表情に浮かべたルイズはその手を取り、二人並んでホール中央へ向かっていった。サイトの顔も赤かった。

 

 ゆっくりと、ぎこちないながらも何事かを語り合いながら踊り始める二人。

 

 シエスタはそんな二人の様子を、両手を自身の胸を抑えるように添え、見詰めていた。

 

 

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