双月の使い魔   作:日卯

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第16話・最強

 

「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」

 

 風系統のスクウェア教師の登場に、教室はしんと静まりかえっていた。

 痩身に黒の長髪と同じく黒のマント。冷たく不気味な空気を放つ彼は少々激しやすいところがあり、生徒に人気がない。その上見た目とは裏腹に彼は軍務経験を持ち、教え方は体に憶えさせる形式のスパルタである。

 ゆえに教室を睥睨する彼の目に、ほとんどの生徒は萎縮してしまっていた。萎縮していないのはごく一部の生徒だけだ。

 

 その萎縮しない組にはルイズやタバサにキュルケとギーシュ、そして生徒ではないがヒラガ兄弟の姿などがあった。

 その中からギトーは一人の生徒を指名する。

 

「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」

「『虚無』じゃないんですか?」

「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いているんだ」

 

 そのギトーの問いに、キュルケは指先で巻いていた髪を解き、くるりと回して元に戻すと口を開いた。

 

「どのような回答をお望みですか、ミスタ・ギトー。環境を複数用意して全てを同クラスとした場合の、個人戦で最強? 集団戦で最強? 抜き打ちで相手の系統を知らないまま戦ったら最強?」

 

 ほう、とギトーが刮目する。

 

「ではその全て答えてもらおうか」

「はい。では、一対一の個人戦では風系統が最も勝率が高く、小隊編成以上での集団戦では全系統を混ぜた混成部隊が最も勝率が高く、抜き打ちで戦ったら――」

 

 ちらりとキュルケの視線が近くに座るルイズを捉えた。

 

「ルイズの爆発が最強ですわ」

 

 ざわりと教室が喧噪に包まれた。

 ぎょっとするルイズをおいてキュルケは席に着き、ギトーはくつくつと笑う。と、途端、

 

「静かに!」

 

 と魔法で拡声した渇を入れられて教室はまた静まりかえった。

 

「中々面白い回答だ。では答え合わせをしよう。まず集団戦だが、集団戦とは即ち戦争だと言える。その場合、堅固な土で防ぎ隠れ、目に見える脅威の火であぶり出し、生命の源となる水で仲間を癒して、縦横無尽な風で追い詰め、決する。これが軍人の戦い方だ。そうだな? ミスタ・グラモン」

「はい。ミスタ・ギトー。戦術に関してはその都度最良を求める必要がありますが、そのためにはどの系統も欠かせません」

 

 陸軍元帥の父を持つギーシュが答える。

 

「うむ。故にこの場合どの系統が最強か? とは無意味な質問となる。答えは、どの系統も『必要』だ」

 

 元軍人としての教えなのだろう。いつもより上機嫌に彼は語る。

 

「では次に個人戦での最強と、抜き打ちでの最強だ。これは今この場で試してみようじゃないか。ミス・ヴァリエール」

 

 ギトーが腰の杖を引き抜いた。その途端に彼の威圧感は増し、表情には怒りが混ざる。ざあっと生徒達の列は割れ、ギトーとルイズの間にいた者達は一斉に後退した。

 

「この私にきみの『爆発』をぶつけてきたまえ。最近広場の方で粋がっているらしいが、『失敗』は『失敗』であると教えてあげよう」

 

 ぴくりと、数人の生徒の表情が変わった。

 主に彼の視線に萎縮していなかった者達だ。

 そこにあるのもまた怒りである。

 

「ミスタ・ギトー、それでは前提が変わってしまいますわ。ミスタはすでにルイズの爆発を知ってますし、ルイズもミスタの風を知ってます。抜き打ちにはなりませんわ」

 

 展開に着いていけずに狼狽するルイズを置いて、表情が変わった一人、キュルケが話を進めた。

 ただ一言、言い出す前にルイズに小さく「あたしのせいでごめんなさい」と謝りを入れて。

 彼女としては最初にルイズの爆発最強説を唱えたのは、純粋に訊かれたからだ。ただそれだけのつもりであったのに、このような事態に発展してしまった。

 

「私がミス・ヴァリエールの爆発を受けるのが初めてでは、ダメだろうか」

「条件がまるで違いますわ。ただ、」

 

 なにやら微笑むトールをキュルケが見る。実は先ほどの前提云々のキュルケのセリフを用意したのは彼であった。タバサの風を使って耳元へ声を届けているのだ。

 

「ただ?」

「ミスタがわたし達にまだ見せたことがない最高の風魔法を使い、ルイズの爆発をその場で動かず受けきっていただけるのでしたら、条件が適うかと思いますわ」

 

 そしてトールは風の声をルイズにも届ける。

 ルイズはまた驚かされて彼に振り向き、ギトーはちらりとルイズを見て、ふむ、と頷いた。

 

「それでいいだろう。では諸君、まず先に教えておこう。個人戦において『風』が最強だ。理由は簡単だ。『風』は一つで全てをなぎ払う。『土』も、『火』も、『水』も、『風』の前では立つこともすらできない。故に土は固い塹壕を築いて潜り、水は水底に潜んでやり過ごし、火はその陽炎の先に姿を隠すしかなくなる。残念ながら試したことはないが、『虚無』さえも吹き飛ばすだろう。それが『風』だ」

 

 ここの教師は自身の系統に少々傾倒しすぎるきらいがある。とくにスクウェアにまでなったギトーは風に強い思い入れを持っているようで、少々以上に風の評価が高いのだ。その敬愛する風系統は不可視であることと自由度の高さに大きな利点を持つため、抜き打ちではルイズの『失敗』に劣ると言われたことを腹立たしく思ったのであった。

 そのうえ戦闘魔法に傾倒しているため政治面に明るくなく、色々考えが足りないところがあるというおまけが付く。このギトーも見た目に反して脳味噌まで筋肉のような風系統で埋まっており、ここは軍務学校ではないのに平気で上位貴族にも魔法を撃ってくるのだ。だから挑発すれば簡単に乗ってきてくれる。

 

「目に見えぬ『風』は、見えずとも諸君らを守る盾となり、必要とあらば敵を吹き飛ばす矛となるだろう。そしてもう一つ、『風』が最強たる所以は……――」

 

 ギトーは杖を立て、精神を集中して、低く呪文を詠唱する。

 

「――ユビキタス・デル・ウィンデ」

 

 すると、ギトーの姿がぶれた。

 一部生徒が目を擦りしっかりとその姿を見ようとしたが、ギトーが真ん中に立ったままさらに左右に一人ずつ分かれてしまったので、また擦っていた。

 擦っても変わらないその状況に、「おお~」と生徒達からは感嘆の声が湧き上がる。

 

 ギトーが三人、教卓の前に立っていた。

 

「「「『偏在』。風のスクウェアスペルだ。このようにまったく同じ自分を作り出すことができる。もちろん、この状態でそれぞれが魔法を使うこともできる。単純に偏在の数だけ戦力が増すというわけだ」」」

 

 そして三人のギトーは改めて杖を構えた。

 

「「「私はこの場に立ち防御だけをしよう。三重の防御だ。伝説の風、『烈風』カリンでもなければ、抜くことはできん。ミス・ヴァリエールは遠慮無く『失敗』をぶつけてきたまえ」」」

 

 ギトーは知らない。その伝説の風の使い手、カリンことカリーヌがルイズの実母であることなど。ルイズが彼女譲りの瞬発力と負けん気、そして集中力でこの短期間で得た力の正体を。

 

 ルイズは困惑しながらもトールを見て頷かれ、サイトを見て苦笑いで「許す」と言われると、おっかなびっくりといった様子で腰から杖を抜いた。

 

「ほ、ほほほ、ほんとに、だだ、大丈夫、か、かしら?」

 

 ガチガチである。

 彼女のこれまでの爆発をよく知るクラスメイト達はタバサ達を除いてすでに教室後方に陣取り、バリケードと防御魔法の準備に取りかかっている。

 

「大丈夫だって。いつもワルキューレにやる調子でいけば問題ない。あのときとはもう違うんだ。手加減の仕方も完璧だろ? それにタバサも補助してくれるんだよな?」

 

 サイトの声に、タバサはただコクリとだけ頷く。

 

「「「どうした? やってこないのかね?」」」

「ほら、お待ちかねだぞ。ルイズ。お前の魔法のお披露目だ。あ、ギトー先生! 早撃ちでもいいですか?」

 

 早撃ちとは、決闘の形式の一つだ。お互いに杖から手を離し、何かの合図にあわせて杖を抜くところから勝負を始める形式である。

 

「「「なんでも構わん。風の速さには追い付かないのだからな」」」

「じゃあこのコインが合図でお願いします。いいってよルイズ。ほらほら一度杖仕舞って」

 

 固まったままのルイズからサイトは杖を取り上げ、腰のホルダーに戻す。

 それからその手をふにふにと揉んで緊張がとれるようにくすぐってやると、もうっ、といってルイズはサイトの手を振り解き前を向いた。

 そんなルイズの様子に満足したサイトはすぐにいつも通りの立ち位置である彼女の後ろに控えてしまったので見ていなかったが、ルイズの顔は真っ赤であった。

 

 ただその表情はどこか泣き出しそうなものであったので、横から見ていたキュルケなどは心配したのだが、ルイズはすぐに顔色も表情も改めると、「始めます」とだけ言ってマントを大きくばっと広げた。

 

 どこかゆっくりとはためき落ちてくるマント。

 ルイズが言うと同時にサイトが弾いたコインが、両者の中央付近へと落下していく。

 

 カツッ

 

 とコインが床を叩く音が聞こえるか聞こえないかの刹那の後には、ルイズは杖を抜いてギトー達へと杖先を向けていた。

 

 だがそれはギトーも同じ事である。彼もほぼ同時に杖を抜き、構える動作と共にスペルを詠唱し始めていた。

 

 しかし唱え終わるより早く、偏在の一体が消える。

 

 終盤まで唱えたところで、二体目が消える。

 

 ぽんぽんとなにか軽い音が彼の耳に届いたときにやっと唱え終えた防御用のエア・シールドはしかし、発動しているのにも関わらず、ギトー本体は正体不明の小爆発に襲われて吹き飛ばされた。

 

 ルイズの爆発は任意の場所に起こせる。故にシールド系を張ったところで意味は無く、しかも詠唱もロックやライトなどの簡易なもので足りるため、速さにおいても敵うわけが無い。

 そして今のルイズは爆発の指向性すらも多少操ることが出来るようになっていたため、ギトー以外に爆発の衝撃がいくことはなかった。

 吹き飛ばされたギトーを襲った衝撃も前回のミセス・シュヴルーズのときと比べて非常に優しいものであり、どんと強めに押されたぐらいなものであった。

 しかもそのギトーの後方へ向けてタバサが弱めのウィンドを予め放っており、それをクッションにしたギトーは倒れることもなくその場に留まった。

 

 ただ衝撃とウィンドの風向きの関係でくるりと半回転してしまい、半回転した先で突然教室へ駆け込んできた珍妙な格好のミスタ・コルベールとご対面を果たすこととなったうえ、バランスを崩したため――

 

 ちゅっ

 

 教室中に響いたかのように思われたその音は幻聴かそれも現実だったのか。

 

 あまりの衝撃的出来事にミスタ・ギトーはその場で失神し、ミスタ・コルベールも何故か被っていた金髪ロールのカツラごと残り少ない頭髪を床に撒き散らして、その日の授業は終了となった。

 

 これによりルイズの爆発は新たな歴史を刻むこととなり、学院中でより恐れられるようになるのは余談である。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 魔法学院の正門をくぐり現れた一団を視界に入れると、整列した生徒達は一斉に杖を掲げた。

 

 一団の中央に位置する馬車は金銀プラチナでかたどられたレリーフで着飾り、聖獣ユニコーンと水晶の杖が組み合わさる紋章が彫られていた。これはトリステイン王国の王女がその馬車の主あるという意味であった。馬車を引く馬も紋章通りに四頭のユニコーンだ。

 

 そう、トリステイン魔法学院に、突如王女が訪問に訪れたのだ。

 授業中に乱入してきたミスタ・コルベールはこのことを知らせようとして駆け込んできたのだ。

 ただしめかし込んだ後で。

 もしくは変装しようとした後で。

 金のロールカツラに派手な刺繍入りローブやマントなど、あれはもうすでにおめかしの範疇ではなかった。

 

 ともあれ不慮の事故により連絡が行き渡るまでに少々時間がかかったものの、無事学院側の歓待の用意は終わり、王女一行も到着したわけである。

 

 呼び出しの衛士が、声を張る。

 

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおな――――り――――――ッ!」

 

 しかしがちゃりと馬車の扉が開いて現れたのは御年十七歳だという王女ではなく、坊主が被るような丸い帽子に灰色ローブの痩せぎすの老人であった。現在王が不在となっているトリステイン王国を事実上切り盛りしている、枢機卿のマザリーニである。

 彼はロマリアから来たという過去やその血に平民が混じっているという噂から、貴族からは嫌われ、嫉妬ややっかみもあって平民からもあまり好かれていなかった。

 

 ゆえに王女を期待した貴族生徒らから一斉に鼻を鳴らされる。

 だが彼はそんなことは露ほども気にせず馬車の横に立つと、続いて降りてくる王女の手を取った。

 

 途端生徒達から歓声があがる。

 わずかに栗色セミロングの髪と、薄いブルーの瞳。すらりと鼻筋の通った美貌や優雅に手を振る仕草などには、たしかに気品らしきものが窺えた。

 

「あれがトリステインの王女? ふうん、あたしの方が美人じゃないの」

 

 キュルケがつまらなさそうに呟く。

 

「ねえ、お二人はどっちが綺麗だと思う?」

 

 尋ねられたのはヒラガ兄弟だ。

 二人は真剣な表情でうぅんと唸る。

 

 サイトはそれぞれ甲乙付け難いという意味と顔立ちの美人度ならルイズの方が、愛嬌ならシエスタの方が、などと考えていたため。

 

 トールは王女というわりに品があるだけでイザベラやタバサのような意志力が感じられないな、などと考えていたため。

 

 答えに詰まっていた。

 

 サイトのは完全に好みの問題であったし、トールのはもうすでにキュルケの話を聞いていないうえ王家別で比べていて問題外であった。

 それにトールにはどうしても気になることがあったのだ。

 

(王女の馬車から枢機卿が出て来るとか、問題すぎる。こっちじゃこれくらい普通なのかな? 嫁入り前の王女の馬車に、老いているとはいえ男性の枢機卿が二人っきりで一緒とか。大問題でしょう。……なんにせよ、トリステイン王家が政治的な権力(つえ)を持っていないのは噂通りということか)

 

 先王が崩御して早数年。トリステインの王座は空のまま埃を被っている。

 それというのも、王妃が夫であった先王の喪に伏したまま継承を拒み、王女も当時まだ幼かったため王妃を差し置いて女王とするのも憚られ、それがずるずると長引いて現在までそのままとなっているからであった。

 そしてその間の政を取り仕切っているのが鳥の骨と揶揄される、実はまだ四十代の見た目老人、枢機卿のマザリーニである。

 聞けば彼があそこまで老いたのは政務を仕切るようになってからだという。トールも現在のトリステインの腐敗度は理解しつつあったので、それを保たせている彼の苦労は如何ほどのものかともあの姿を見て考えたが、それでも先の一緒の馬車という点が気になっていた。

 

(完全に示威行為だ。貴族学校まで来てそれをやるってことは、どれほど現王家がお飾りであるかを知らしめようとしているということ。表向き貴族受けが悪い彼がこれまで王宮で生き抜いたどころか政務を仕切れた(杖をふれた)のは、やはりなにか裏がありそうかな。……まさか王家の弱体を広めてクーデターでも起こさせたいとか? でも現在の彼の人気ではその対象は彼自身になりかねないし、彼の政策を聞くに王権の失墜が目的とは思えない。……彼に成り代わろうとするものを捜している? ……いや、もしや彼の国で起こっているというあれを考えると、やはり……――)

 

 完璧に思考に没頭している様子のトールを放って、キュルケはサイトに詰め寄る。

 

「サイト、ねえ、どっち?」

 

 だがサイトもそのときにはすでに別のものを見ていた。

 王女でもキュルケでもない、どこか呆けたような表情をしたルイズの視線の先にいた男である。

 見事な羽帽子を被った凛々しい貴族騎士であった。グリフォンに跨るその姿は非常に様になっている。

 ルイズが見ていたので気になって視線を追ったのだが、サイトが彼を見た瞬間に目が合い、怖気が走ったのだ。

 サイトは強者を知っている。彼を鍛え上げた師匠や兄弟子達は本当に化け物のように強かった。だがそんな中でもあんな目をする人物は一人しか知らない。あれは、一度だけ師匠が見せた眼光だ。彼の師は八十を過ぎた枯れ枝のような老人であったが、戦争に参加し、人を殺した経験があった。そんな師匠がサイトが力の使い方を間違えたときに見せた眼光にとてもよく似ていた。

 だが……

 

(……違う。師匠のあれとは違う。殺気とかじゃない。あれじゃ、いつでも殺せる目だ。そこらじゅうの誰であろうと、殺せる目だ……)

 

 纏う空気が冷たく変わったサイトを見て、キュルケは自分がなにか失敗したのではないかと一瞬焦ったが、ルイズも同じ方向を見ていることから彼女の思考は別方向への理解を示し、訳知り顔になる。

 

 それから今日も今日とてトールと手を繋ぎ、やることがないのか彼の顔を見上げているタバサに言った。

 

「あなたたちは相変わらずね」

 

 だがタバサはキュルケを見上げ、しばし考えた後、首を横に振り呟いた。

 

「変わらないものなんてない」

 

 

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